Archive for the ‘Q&A’ Category

Q.神がいるのならなぜ悪があるのですか?

A.悪は時間の流れのなかで善となることができるため、神にその存在を許されているのです。

「神の絶対性」と「悪の存在」は、ほんとうに矛盾するか?

善と悪については、古来、宗教家や哲学者が、いろいろと議論をしてきました。「神が善一元の存在であるならば、悪があることはおかしいし、悪霊、悪魔が存在することもおかしい。そういうものが存在するということは、神の属性のなかに、そういうものがあるということだろうか。また、神の属性のなかに、そういう性格がないとすれば、この宇宙を神がすべて支配しているとは言えない。神の支配の及ばない世界があることになる。そこには、ほかなる存在があることになる。そうすると、神は唯一の絶対者ではありえなくなる」こういう矛盾したテーマがあり、善悪については、古くから、なかなか結論が出なかった面があります。

悪の発生原因は「自由」そのもの

神がいるのならなぜ悪があるのですか?

確かに、人類の歴史を見ると、常に、善なるものと悪なるものがあって、闘争し続け、決着がつかずにいるようにも見えます。ただ、真実の神仏の世界からの結論を語るならば、やはり、「善悪の二元を超越した、一元的なる、大いなる善があり、地上の人間の目に善悪と見えるものは、自由そのものに付随する属性が、違ったように見えているだけである」と考えてよいでしょう。自由は、その出発点において制限がないことをもって自由とされます。制限がないことによって、衝突が起きることもあれば、繁栄がもたらされることもあります。すなわち、自由は、繁栄の側面を取ると善に見え、衝突、あるいは相克の面を取ると悪に見えることになります。この悪の面は、普通、反省や改心、懺悔などの過程を経て、許しを得、善なるものに転化することが、当然のこととされています。こういう心理が前提とされているということは、一定の時間を超えたときに善一元の思想になりうるということです。

「許し」によって悪は善へと転化する

「人生の数十年を見たときに、善悪は明らかに分かれるとしても、長い長い時間の流れにおいては、悪なるものは、すべて、善なるものへと教導され、導かれているのだ」という考え方は一つの一元論です。「人間にとっては無限に近い時間も、仏の目から見れば、ほんの一瞬である」という思想をもってするならば、「善しかない世界が展開されているのだ」と言えます。悪の存在、悪の行為について、「許しがたい。この世に仏はおられないのか。仏や菩薩の力と悪魔の力は互角なのか」などと、さまざまな疑問を持っている人もいるでしょう。 しかし、そう見えることがあるとしても、時間の流れのなかで、「許し」という宗教的行為があり、許しがあることによって、すべては、善なるものへと転化していく過程として捉えることができるのです。

参考文献:『霊的世界のほんとうの話。』Part4 Chapter1神がいるのなら、なぜ世の中に悪があるのですか?

Q.神は本当にいるのですか?

A.神は本当にいます。すべてのものを「創った」存在です。

「第一原因」としての神

神に関しては、昔から、さまざまな研究、探究がなされてきました。例えば、神を「第一原因」として論ずる人もいました。つまり、物事には原因がある。「自分が、今、生きている」ということは、「自分に両親があった」ということである。そういう原因があって自分がある。そして、その両親も、元を探れば、その両親がいた。その両親にもまた両親がいた。こうして探っていくと、必ず前者というものがいる。結果に対しては原因がある。そうであるならば、どんどん、どんどんと探っていけば、どこかに第一原因というものがあるはずである。この第一原因こそが神であるということを証明した哲学者、あるいは神学者もいました。

「偶然に」人間ができることはあり得ない

神は本当にいるのですか?

「結果に対しては原因がある」ということを考えれば、やはり、「この世界を創ったものがある」と考えることは、常識的に考えても筋が通っています。この世界を偶然にできたものと考えることは、最近の流行ではありますが、これは、ある意味で、長い目、あるいは広い目で見るならば、異常な思考と言わざるをえません。偶然に人間ができるでしょうか。人間がアメーバから偶然に進化してくるでしょうか。人間というものは、言ってみれば、超高層建築のようなものです。四十階建て、五十階建ての高層建築のような、目的性を持った仕組みを持っているのです。ところが、現在の進化論の主流は、「偶然の連鎖によって、現時点の肉体と精神を持った人間ができている」と主張しています。これは、「砂や砂利、あるいはブロックや鉄筋など、こういうものが転がっていて、偶然に風が吹き、偶然に雨が降って、コンクリートがこね上げられ、いつの間にか鉄筋が組み上がって、つまり、偶然に地震か何かで鉄筋が組み上がって、超高層ビルができた」と言っているのと同じなのです。

「創られたものとしての痕跡がある

人間の仕組みの複雑さを知れば知るほど、それが、そういう材料の寄せ集めで偶然にできたものではないことは明らかです。それは目的性を持っているのです。この世のものはすべて、創られたるものとしての痕跡があるのです。それは、生きているものもそうですし、鉱物もそうです。あるいは、いろいろな建造物にしても、原因者としての創った者がいます。それならば、「第一原因者としての神」というものを考えるのは当然ではないでしょうか。

参考文献:『霊的世界のほんとうの話。』

Q.「憑依(ひょうい)」とは何ですか?

A.憑依とは、「霊が地上の人に影響を及ぼしている状態」のことです。

霊が人間に影響を及ぼす霊現象

熱帯や亜熱帯のほうのジャングルでは、シャーマンという、神降ろしをする祈祷師たちが、恍惚状態になり、別人格のようになって、踊ったり、歌ったり、突如、語りはじめたりして、一時間、二時間と、延々と神降ろしをやっていることがあります。そのうちに、先祖の霊が入ったり、神が降りたりして、まったく異常な状態になります。それは周りから見ていても分かります。一般的には、このように、霊現象を起こすスタイルのもの、すなわち、多くの人の目で見て、「これは、何かが降りてきて、動いているな」と感じるものを、憑依状態とすることが多いと思います。

日常生活でも憑依現象は起きている

ただ、幸福の科学では、もう少し広い意味で憑依を捉えています。誰の目で見ても分かるような憑依状態でなくても、「霊界の、ある存在が、ある人に、コンスタントに(ときには一時期のみのこともあるが)憑いて、影響を及ぼしているような状態」のことを、憑依と呼んでいます。憑依という言葉自体は、「悪い霊が憑く。悪霊、悪霊が憑く」というイメージが強いのですが、憑依そのもののなかには、もちろん、「神降ろし」「神がかり」というものがあるので、憑依は、霊の善悪に関係なく、「霊が憑く」という状態ではあります。霊能者が起こす憑霊状態ではなくても、日常において正常に活動している人に、特定の霊などがコンスタントに影響を与えているような状況のときには、憑依現象は起きているのだと言えます。

「取り憑かれるもの」と「取り憑くもの」とは思いが通じている

憑依とはなんですか+

霊界には「波長同通の法則」というものがあって、「取り憑かれるもの」と「取り憑くもの」とは思いが通じているのです。例えば、この世に生きている人が、誰かを強く恨んだり憎んだりする気持ちを持っているとします。その場合、あの世の地獄界に堕ち、人を恨んだり憎んだり怒ったりしている霊と、心が通じてしまいます。すると、その思いを持ち続けるかぎり、霊は、いつまででも憑依することができ、憑依された人の運命を悪くしていきます。その人を病気にしたり、事業を成功させなかったり、間違った判断をさせたりできるのです。

憑依した霊は生きている人間と同じような気分を味わえる

地獄界にいる悪霊は、「何かを破壊しようとしても破壊することができない。肉体がないために実質的な行動ができない」という状態にあります。しかし、地上界に行って、生きている人間に取り憑くと、その人と同じような気持ちが味わえるのです。あの世の食べ物は、食べても食べても、おなかがいっぱいになりません。しかし、この世に出てきて飲食街などへ行くと、酒を飲んだり食べ物を食べたりしている人がたくさんいます。そのなかで、自分が入れそうな手ごろな人、自分によく似た人を探して、その人に取り憑けば、その人が酒を飲んだり食べ物を食べたりすると、自分も、同じようなことを感じるのです。肉体のなかに入ると、酒や食べ物の感じ、舌触りが分かり、「ああ、感じる。これは、やめられないな」と思うのです。

参考文献:『神秘の法』 『真実への目覚め』 『霊的世界のほんとうの話。』

Q.悪魔は悪霊と違うのですか?

A.悪魔は悪霊よりも影響力があります。

悪魔は、悪霊より影響力や指導力、悪知恵がある

悪霊には、普通の人間でも、心が悪かったり、悪い行いをしたりすれば、なることができます。
犯罪行為をした場合だけではなく、犯罪行為をしない場合でも、悪い想念や暗い想念を持って生きれば悪霊になります。心が悪く腹黒いことを考えていたり、いつもいさかいが絶えなかったり、人をだましたり、怒ってばかりいたり、人を傷つけたり、悪いことを平気でしたり、このように、主として破壊的な想念や感情で生き、周りに迷惑をかけて苦しめた人たちが、死後、天国に還れずに、地獄という所で苦しみつつ暴れている。これが悪霊の正体なのです。悪魔になると、もう少し、影響力があったり、指導力があったり、悪知恵があったりします。


どのような人が、死後、悪魔になるのか

【確定】悪霊・悪魔

悪魔の供給源は、やはり、指導的立場にある人たちです。例えば、間違った政治家や独裁者などは非常に悪魔になりやすいのです。ポル・ポトという、カンボジアの国民を二百万人も殺して骸骨にしてしまった人は、完全に悪魔でしょう。ヒトラーやスターリンもそうですが、政治家の立場で人殺しを中心に行った人は悪魔になっています。残忍な行為、残虐な行為が心の底から好きだったり、自分の権力を実現して人を恐怖で支配することが目的で、大勢の人を殺したりした人は、悪魔になりやすいのです。 それから、政治系や軍事系ではなく、思想系であっても、多くの人を迷わせた人、人々を思想的に洗脳して狂わせた人は、悪魔になります。影響力の大きかった人たちのなかで、結果として大きな悪を遺した人たちは、悪魔になりやすいのです。


人の心を狂わせ、堕落させる思想は危険

また、悪魔にも力の大きさがあります。現代では、マスコミの人やジャーナリストのなかにも、大きな影響力を持っている人がいますが、彼らのなかで、世の中のためや正義の実現のためではなく、自分のため、欲望達成のためだけに仕事をしている人たちは、小悪魔になります。手下が五、六人程度しかいない小さな魔王でしょうが、そのようになる人が多いのです。小説家などでも、悪い小説を書いて大勢の人を洗脳している人、人を迷わす小説をたくさん書くような人は、有名な作家でも悪魔になる人はいます。人間を駄目にし、堕落させていく方向に大きな影響力を発揮した人は、やはり、悪魔になる素質を持っています。
それから、官僚のなかで、権力欲のために生き、慈悲の心がなかった人も、悪魔になります。宗教家も大勢の人に影響を与えるので、邪教の指導者は、悪魔になったりして、めったに成仏することはありません。
間違った教えを説くだけではなく、大勢の人を狂わせています。しかも、この世で狂わせるばかりでなく、あの世の地獄にまで引きずり込み、あの世でも信者と共に根城をつくっています。これも、悪魔、悪鬼そのものです。人の心を狂わせることは大変な罪なのです。

参考文献: 『霊的世界のほんとうの話。』

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