Archive for the ‘Q&A’ Category

Q.神はなぜ地獄を消してしまわないのですか?

A.地獄にいる霊も、もともとは天国に住んでいた健全な人々です。

地獄は、ある意味で病院である

35_神はなぜ地獄を消してしまわないのですか?

地獄というものは、ある意味では罰なのですが、別の意味においては病院なのです。地獄霊は、神仏の心に反する間違った思いと行いで生き、天国に還れなくなってしまった人々であり、まさしく病人と同じです。「地獄をなくせばよい」という考えは、例えば、「病人をなくせばよい」という考えと同じなのです。病人というものは、もともとはいないのです。もともとは健康な人間しかいないのですが、不養生をするなど、何か原因があって病気になっているのです。しかし、「病人であっても、やがて治れば健康人に戻る。本来の実相は健康人である」と神仏は考えているわけです。あなただって病気をするかもしれません。そのときに、すぐ抹殺されたら困るでしょう。本来は健康なのに、病人になったからといって、「おまえは病院行きになった。病院に入った人は、もう役に立たないから、殺してしまう」と言われたら、困るでしょう。誰しも地獄へ行く可能性はありますし、何百年かかろうとも反省すれば本来の姿に戻ることができるのです。「病人」になったときに、その人を消してしまってよいと言えるかどうか、その人は存在が許されないかどうか、それを考えれば、「仏は、そうとう長い間、待っている、慈悲深い方だ」ということが分かるのです。
*この記事は『霊的世界のほんとうの話。』を参考に作成しました。

参考文献: 『霊的世界のほんとうの話。』 Part4 Chapter1神はなぜ地獄を消してしまわないのですか?

Q.「心」とは何ですか?

A.心は、人間の中心にあるものです。

心は存在する

私たちの体には肉体と同じ形をした「魂」が宿っており、「魂」の中心に「心」があります。たとえば、好きな人のことを思うと胸のあたりが熱くなるのは、「心」が心臓の近くにあるためです。

心には引力がある

心とはなんですか?【スピリチュアル】

心には、同質のものを引き寄せる性質があります。明るい人の周りに自然と明るい人が集まるように、他の人への愛や感謝の心を持つことが「幸せ」を引き寄せる鍵と言えます。

あの世に持ち還れるのは心だけ

人間は死後、魂(心)となってあの世に還ります。あの世には、この世の地位や財産は持って行けず、「心」しか持って還れません。だからこそ、生きている間に心を磨くことが大切なのです。

参考文献:『永遠の生命の世界』

Q.神がいるのならなぜ悪があるのですか?

A.悪は時間の流れのなかで善となることができるため、神にその存在を許されているのです。

「神の絶対性」と「悪の存在」は、ほんとうに矛盾するか?

善と悪については、古来、宗教家や哲学者が、いろいろと議論をしてきました。「神が善一元の存在であるならば、悪があることはおかしいし、悪霊、悪魔が存在することもおかしい。そういうものが存在するということは、神の属性のなかに、そういうものがあるということだろうか。また、神の属性のなかに、そういう性格がないとすれば、この宇宙を神がすべて支配しているとは言えない。神の支配の及ばない世界があることになる。そこには、ほかなる存在があることになる。そうすると、神は唯一の絶対者ではありえなくなる」こういう矛盾したテーマがあり、善悪については、古くから、なかなか結論が出なかった面があります。

悪の発生原因は「自由」そのもの

神がいるのならなぜ悪があるのですか?

確かに、人類の歴史を見ると、常に、善なるものと悪なるものがあって、闘争し続け、決着がつかずにいるようにも見えます。ただ、真実の神仏の世界からの結論を語るならば、やはり、「善悪の二元を超越した、一元的なる、大いなる善があり、地上の人間の目に善悪と見えるものは、自由そのものに付随する属性が、違ったように見えているだけである」と考えてよいでしょう。自由は、その出発点において制限がないことをもって自由とされます。制限がないことによって、衝突が起きることもあれば、繁栄がもたらされることもあります。すなわち、自由は、繁栄の側面を取ると善に見え、衝突、あるいは相克の面を取ると悪に見えることになります。この悪の面は、普通、反省や改心、懺悔などの過程を経て、許しを得、善なるものに転化することが、当然のこととされています。こういう心理が前提とされているということは、一定の時間を超えたときに善一元の思想になりうるということです。

「許し」によって悪は善へと転化する

「人生の数十年を見たときに、善悪は明らかに分かれるとしても、長い長い時間の流れにおいては、悪なるものは、すべて、善なるものへと教導され、導かれているのだ」という考え方は一つの一元論です。「人間にとっては無限に近い時間も、仏の目から見れば、ほんの一瞬である」という思想をもってするならば、「善しかない世界が展開されているのだ」と言えます。悪の存在、悪の行為について、「許しがたい。この世に仏はおられないのか。仏や菩薩の力と悪魔の力は互角なのか」などと、さまざまな疑問を持っている人もいるでしょう。 しかし、そう見えることがあるとしても、時間の流れのなかで、「許し」という宗教的行為があり、許しがあることによって、すべては、善なるものへと転化していく過程として捉えることができるのです。

参考文献:『霊的世界のほんとうの話。』Part4 Chapter1神がいるのなら、なぜ世の中に悪があるのですか?

Q.神は本当にいるのですか?

A.神は本当にいます。すべてのものを「創った」存在です。

「第一原因」としての神

神に関しては、昔から、さまざまな研究、探究がなされてきました。例えば、神を「第一原因」として論ずる人もいました。つまり、物事には原因がある。「自分が、今、生きている」ということは、「自分に両親があった」ということである。そういう原因があって自分がある。そして、その両親も、元を探れば、その両親がいた。その両親にもまた両親がいた。こうして探っていくと、必ず前者というものがいる。結果に対しては原因がある。そうであるならば、どんどん、どんどんと探っていけば、どこかに第一原因というものがあるはずである。この第一原因こそが神であるということを証明した哲学者、あるいは神学者もいました。

「偶然に」人間ができることはあり得ない

神は本当にいるのですか?

「結果に対しては原因がある」ということを考えれば、やはり、「この世界を創ったものがある」と考えることは、常識的に考えても筋が通っています。この世界を偶然にできたものと考えることは、最近の流行ではありますが、これは、ある意味で、長い目、あるいは広い目で見るならば、異常な思考と言わざるをえません。偶然に人間ができるでしょうか。人間がアメーバから偶然に進化してくるでしょうか。人間というものは、言ってみれば、超高層建築のようなものです。四十階建て、五十階建ての高層建築のような、目的性を持った仕組みを持っているのです。ところが、現在の進化論の主流は、「偶然の連鎖によって、現時点の肉体と精神を持った人間ができている」と主張しています。これは、「砂や砂利、あるいはブロックや鉄筋など、こういうものが転がっていて、偶然に風が吹き、偶然に雨が降って、コンクリートがこね上げられ、いつの間にか鉄筋が組み上がって、つまり、偶然に地震か何かで鉄筋が組み上がって、超高層ビルができた」と言っているのと同じなのです。

「創られたものとしての痕跡がある

人間の仕組みの複雑さを知れば知るほど、それが、そういう材料の寄せ集めで偶然にできたものではないことは明らかです。それは目的性を持っているのです。この世のものはすべて、創られたるものとしての痕跡があるのです。それは、生きているものもそうですし、鉱物もそうです。あるいは、いろいろな建造物にしても、原因者としての創った者がいます。それならば、「第一原因者としての神」というものを考えるのは当然ではないでしょうか。

参考文献:『霊的世界のほんとうの話。』

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