Archive for the ‘信仰との出会い’ Category

やり直せない人生などない

209

バブル崩壊後の不況のさなかに職を失って人生が暗転し、一度は自殺を試みたAさん。その後、幸福の科学との出会いをきっかけに立ち直り、現在は「恩返し」の人生を歩んでいます。人生の逆境から立ち直れた要因は何だったのか。その足取りをたどります。
(Y.Aさん/東京都/男性/「ザ・伝道」第209号より転載・編集)
※こちらの記事は、映画「心に寄り添う。」に関連する体験談です。

体験談どん底で出会った「人生の師」

暗い海に向かって

CL[209]01_入水

ある1月の夕暮れ。私は、熱海の海岸に座り込み、缶ビールを片手に、一人、沈みゆく太陽を眺めていました。夜になり、周囲に人気がなくなると、暗い海に向かってゆっくりと歩みを進めていきました。
(もう、いいや。少し疲れた……)
冬の海の冷たさが身体を刺すように感じられましたが、歩みは止まらず、いつしか海水は膝の高さに達していました。

転落の始まり

「君なら独身だし、まだ若いし、どこに行っても大丈夫だから」
勤続11年目の夏、勤めていた鉄道用計器メーカーの上司が、突然そう切り出してきました。私は、即座にはその意味を理解できず、何度か真意を問いただすと、上司は「リストラの対象になったんだよ」と告げました。原因は、仕事への姿勢にあったようでした。私は自分の仕事を急いで終わらせては、幼少期から入れあげていた地域のお祭りの運営のため、会社をたびたび休んでいました。「自分の仕事はやっているから、文句はないはずだ」と思っていましたが、そんな姿勢は、バブル崩壊後に業績が低迷していた会社からは、苦々しく思われていたようでした。また、就職後に覚えたパチンコにのめり込んで借金を重ね、月末になると金策で頭が一杯になっていたことも、仕事への集中力を削いでいたのかもしれません。いずれにせよ、ショックのあまり、家族にはしばらく切り出すことができませんでした。

日々すり減る自分の「価値」

リストラの件はやがて家族の知るところとなり、私も次の職を探し始めました。とはいえ不況の折、仕事は見つかりません。見かねた父が自分の勤める工務店に口を利いてくれ、私はそこで働くことになりました。しかし約3年後、作業中の事故でヘルニアを患い、その職場からも離れることに。再び職安通いの日々が始まり、そのうちに中学校時代の先輩が経営する警備会社に転がり込みました。しかし、仕事は少なく、ほどなくして給料が遅配気味になりました。ときおり配置される工事現場の警備では、歩行者や工事関係者から罵声を浴びせかけられたり、タバコや空き缶を投げつけられたりします。やすりにかけられているかのように、自分の「価値」がすり減っていく毎日。みじめな気持ちを紛らわすかのように、パチンコ通いの頻度が増え、借金も500万円近くまで膨らんでいました。その年の暮れ、人手不足だった同業他社への転職話が来たことと、給料の支払いが完全に止まってアパートから追い出され、実家に戻ったことを契機に、逃げるようにその会社を辞めました。

「このまま行けば、楽になれる」

戻った実家で目にしたのは、共にガンを患って入退院を繰り返して衰弱し、経済的にも困窮する両親の姿でした。次第に私は、「自分がいなくなれば、せめて親の家計だけでも楽になるかもしれない」という考えに心をとらわれるようになりました。そして、1月。私は、誰にも告げずに家を抜け出してフラリと電車に乗り込み、熱海の海に歩みを進めたのです。
(このまま行けば、楽になれる……)
しかし、不意に、生まれたばかりの甥や姪の顔が浮かんだことで我に返り、とたんに震えが来た身体をさすりながら海岸まで戻りました。岸に上がると、目の前に旅館の公用車が止まっていました。鍵は付いたままで、施錠もされていません。
(温まるために、ちょっと失敬しよう)
ドアを開けてエンジンをかけてエアコンをつけ、あてどなく東に向かって走り出しました。しかし、ガソリンはすぐに底をつき、立ち往生。車を捨てて歩き、東京の町田という街の駅前に着いたときでした。海水に浸かった状態から数日を経て異臭を放ち、服装もボロボロだった私に、あわれみの視線が注がれます。
(お願いだから、そんな目で見ないでくれ……。もう無理だ!)
私は、近くにある交番に飛び込んで自首。窃盗の罪で逮捕され、留置所に入ることになったのです。

どん底で芽生えた決意

CL[209]02_留置所

(なぜ俺は、石ころみたいな扱いを受けなきゃいけなくなった? 一体どこで道を間違えた? そもそも、あのリストラさえなければ……)
暗く冷たい留置所で、私は自問しました。当時の私にとって、世間とはあまりに冷たく無慈悲なもののように感じられていました。「どうせ仕事もクビに決まっているし、親からも勘当されるに違いない」と捨て鉢な気持ちを抱えながら、2カ月後の昼下がり、私は刑期を終え、「塀の外」に出てきました。すると――。春の日差しの下、病気で弱っているはずの両親が立っていたのです。
「ま、レンタカー代だ」
父が口にしたのは、たった一言のみ。母も、「お前の会社の社長さん、『行くあてがなければ、続けて働いてくれればありがたいです』っておっしゃってるよ」とだけ言いました。
(父も母も、言いたいことはたくさんあるだろうに。社長にしたって、勝手に仕事に穴を開けたので、普通なら解雇が当然なのに。みんな、こんな俺を待っててくれた!)
私は、思わずその場で崩れ落ちました。人生、やり直してみせる――! 熱いものが、腹の奥底から込み上げてくるのを感じていました。

生涯の師を探し求めて

出所以降、私は、図書館に通って本を読みあさり、生涯を通して教えを請うべき人、「貴人(きじん)」を探し求めていきました。自己啓発、お金の知識、いろいろ手を伸ばしましたが、どこか軽薄な感じや利己的な感じがして、なかなかしっくりきません。そんな折、職場の同僚から幸福の科学の行事に誘われました。
(自分を変えたいとは思っているし、入る、入らないは別にして、一度話を聞いてみよう)
近くで開催された大川総裁の法話の上映会に参加したのです。終了後、信者の人たちとお茶をしていたとき、「あなたの人生のヒントになるかもしれない映画があるので、私たちの支部まで来られませんか?」と言われました。興味をそそられ、向かった幸福の科学の支部で観たのは、映画「太陽の法」※でした。2時間後、私は号泣していました。
「神は、あの太陽のように、決して休むことなく愛を与え続け、何も見返りを求めることがない。神の子である人間もまた、あの太陽のように愛を与え続けて生きていくことだ」
映画のなかで語られていた、「見返りを求めずに与え続ける、無償の愛」という考え。それは、「真人間」に変わろうともがいていた自分にとっての、人生の道標のように感じられました。必ず会えると信じてきた「貴人」の教えが、もしかしたら、ここにあるのかもしれない、そんな思いで、約1カ月後、私は三帰誓願※しました。

※映画「太陽の法」:大川隆法総裁の書籍『太陽の法』を原作とする、幸福の科学のアニメーション映画。2000年に全国で公開された。
※三帰誓願:仏・法・僧の「三宝」に帰依して、修行を続けることを誓うこと。

過去の自分との対決

(でも、知り合いに「自分が幸福の科学の信者だ」と知られるのも嫌だし、できる範囲で、「愛」を与えていけばいいだろう)
そう思った私は、誰に会わずともできる布教誌配布のボランティアや、大川総裁の書籍を刑務所に郵送で献本する活動を始めました。しかし、長年染み付いた自分の悪癖は、一朝一夕に断つことができませんでした。父が亡くなって精神的な後ろ盾がなくなると、「自分を守ってくれる人がもういない」と、パチンコ店に駆け込む日が増え、借金額も徐々に大きくなってきました。
(なぜ俺は、まっとうに生きられないんだろう。このままでは、また元に戻ってしまう)
自分を過去に引き戻す、重力のような力を感じていました。
「どうしても弱い心が治りません。でも、本気で変わりたいんです!」
恥をしのんで、私は幸福の科学の講師に打ち明けました。すると、大川総裁の書籍『不動心』を勧められました。
「今までおつらかったでしょうね。でも、幸福の科学の教えには、人生の逆境に立ち向かう心構えも説かれているんですよ」
「これが最後のチャンスかもしれない」と感じた私は、時間を見つけては、その本を何度も読み返しました。30回目を読み終えたときだったでしょうか。ある一節が、急に、自分の心に迫ってきました。
「『立ち向かう人の心は鏡なり』という言葉があるように、自分の心が変わっていけば、相手も自然に変わっていくのです」
(自分の心に、すべての原因があるということか? とすれば、自分のなかにある「原因」とは、何だったんだろう)
その答えを求め、私は、パチンコ店のある場所をできるだけ迂回するなどして賭けごとを控え、お金を貯めては精舎に行き、研修への参加を重ねていきました。

思い浮かんだ「愛」と「恩」

CL[209]03_泣く男性

転機は、「八正道」をテーマにした研修を受けたときに訪れました。1泊2日の日程で、自分の歩みを静かに振り返っていくうちに、不意に、いくつかの場面が胸に浮かんできました。それは、高校卒業後に勤めた鉄道関係の会社での記憶の断片でした。
「君は字がキレイだから、今回はリストラの対象から外そう。これからは、心を入れ替えてやってほしい。期待してるよ」
思い返せば、リストラの1年ほど前にも、私は人員整理の候補になっていたところを、社長から直々に救われていました。「お前はもっと、人の話を聞く耳を持たないと、伸びんぞ」と、会社の同僚たちも、仕事より地域のお祭りの運営を優先する私を心配し、部署の垣根を越えて、忠告してくれていました。私に解雇を通知した上司も、「彼がクビになるのは、おかしい!」と、裏では抗議を続けてくれていました。考えてみれば、リストラを回避するのに、字のきれいさなど何の理由にもなりません。それでも社長は、自分にチャンスをくれました。同僚たちも、自分自身がリストラ対象者になるかもしれない不安のなか、私にロープを投げてくれていました。また、上司も、上にたてつけば、自らの身にも危険が及ぶ可能性があったにも関わらず、それでも私を守ってくれようとしていました。そんな人たちの恩を、私はこれまで忘れ、逆に恨んですらいたのです。
(これだけの人から私はこれまで救いの手を差し伸べられていて、それを自分で振りほどいたのに。本当に俺は、バカ野郎だ……!)
「恩知らず」の一語が胸に迫り、両手が自然と胸の前で合わさります。頬を伝った涙は、止まることがありませんでした。
主エル・カンターレ※、恩知らずだった私に、「愛」を思い出させてくれて、本当にありがとうございました! そして、本当に申し訳ありませんでした)
研修の帰り道に見上げた青空は、ひどく鮮やかに見えました。

※エル・カンターレ:幸福の科学の信仰の対象であり、イエスが父と呼び、ムハンマドがアッラーと呼んだ存在。

恩返しがしたい

それ以降、人生のやり直しを期した、私の毎日がスタートしました。
「私は、かつて、自分で死のうとした経験がありますので、お気持ちは分かるつもりです。もし、あなたが苦しく、つらい思いを抱えているなら、ぜひ、私にお気持ちを聞かせてください」
かつては、「宗教に入ったことがばれてしまう」と避けていた「自殺を減らそうキャンペーン」。今では、その活動に努めて参加し、地元の街頭で啓発活動を続けています。その途中、ふとした折に道行く人からいただく「ありがとう」の一言が、私の背中を後押ししてくれます。大川総裁の書籍を刑務所に郵送する際に添える、自分の体験を明かした手紙を書く際にも、自然と熱がこもります。
(世間、そして神仏からいただいたものを、少しずつでも世の中に恩返しする。これが、自分の生きる道だ!)
こういった決意が、少々のことで動じない、自分の「重し」になっていったのでしょうか。かつてはストレスを感じるとすぐにパチンコに走っていましたが、今は一切やらず、膨らんだ借金もなくなりました。最近では職場でも、「警備員という今の自分の立場で、何が改善できるか」を考えられる強さが生まれ、「警備員として誇りを持てる仕事をしよう」という気概が芽生えています。気づけば、今年で勤続15年目。これまでの職歴のなかで、最も長く勤めていることになります。

「やり直せない人生など、絶対にない!」

リストラ、借金、自殺未遂と、かつて私は、ある意味でのどん底を経験しました。ですがそんな私でも、今は、自分を信じ、他人に感謝し、神仏を信じて、心穏やかに生きています。自分の半生からお伝えできるものがあるとすれば、「やり直せない人生など、絶対にない」ということです。生きていれば、つらいこと、苦しいこと、みじめになるようなことは、たくさんあります。その一方で、私たちに愛を与えてくれる人、心配してくれる人、寄り添ってくれる人も、必ずいるはずです。過去の苦しみを握りしめて生きるか。それとも、人さまからの恩を見つけ、感謝を捧げられるか。どちらを選ぶかで、人生の幸・不幸も変わってくるのでしょう。それを教えてくれたのは、幸福の科学、主エル・カンターレでした。
(大川隆法総裁こそ、自分にとっての「貴人」だったんだ)
信者になって以来、そう確信する日々です。立ち直らせてもらった人生。人にはない体験をしたからこそ、分かる気持ちもあると思います。一人でも多くの方の心に刺さるトゲや傷を癒してさしあげたい。今後はそんな生涯を歩み、恩返しとさせていただければと思っています。

書籍で学ぶ与えられているもののなかで最善の生き方をしよう

『アイム・ファイン』(大川隆法 著/幸福の科学出版)より抜粋したメッセージ

「そのあなた」を、仏は肯定している

『アイム・ファイン』(大川隆法著/幸福の科学出版)

男女の性別、年齢、頭のよし悪し、体の大小など、他人との違いは、いろいろあるでしょう。性格にも、外向的な性格と内気な性格がありますし、仕事でも、向き不向きなど、いろいろあるでしょう。しかし、それであってこその個性です。
他の人々の存在を肯定するなら、自分自身の存在をも肯定しなさい。「そのあなたでよいのですよ」と言って、仏は許しているのです。「そのあなたでよいのです。他の人でなくてよいのです。その名前を持ったあなたでよいのです」と、今世の魂修行を許可されたのですから、あなたは、あなたの生き方をしていけばよいのです。
いま与えられているもののなかで、自分として最善の生き方をしていくことです。

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「伝道」とは、仏法真理を学んで幸せになった方が、自らも教えを弘(ひろ)め、幸福な人を増やそうとする愛の行為です。今回は、ご近所づきあいを通して伝道された女性の体験を紹介します。
H・Hさん(兵庫県)
月刊「幸福の科学」374号より転載・編集)

体験談人生変わった!私が伝道された理由(わけ)

今から15年前、私はうつ病を患(わず)らい、肉親を頼って兵庫県に越してきました。そこで、ご近所に挨拶に伺った際にKさんご夫妻と知り合い、言葉を交わすうち、お2人が幸福の科学の信者で、教えを勉強していると聞いたのです。

しかし、「私には関係ない」と思いました。というのも、私は他宗の信者の家に生まれ、うつ病になるまで数十年間、そこの信者としてバリバリ活動していたからです。

「私は、他の宗教を信じとるから」
そう告げた後も、お2人は私の病気を気遣(づか)って、毎週、わが家を訪ねてくれました。他愛のない世間話をするだけでしたが、兵庫県にあまり知り合いのいない私にとって、それはとても楽しく、元気をもらえるひとときでした。

そうして1年が経ったころ。ある日、ご主人のKさんが、「幸福の科学の支部に行ってみないか」と誘ってきたのです。

間違いを指摘するつもりが…

私は気が進まなかったのですが、実は内心、「いつか幸福の科学の教えの間違いを見つけて『ここがおかしい!』と指摘し、Kさんに”ギャフン”と言わせたい」と思っていたのです。

そこで、Kさんと一緒に支部に行き、『仏陀再誕』という本を入手。自宅に帰って読んでみました。すると……。

「諸々(もろもろ)の比丘(びく)、比丘尼(びくに)たちよ。私の声を憶(おぼ)えているか―」

読み始めると、思いがけず涙があふれてきたのです。間違いを指摘するつもりだった私は、逆に心を惹(ひ)きつけられてしまい、他の本も読んでみることにしました。また、時々、支部に顔を出すようになりました。

「反省」の教えで自己変革

大川隆法総裁の本で、私は「反省」の教えを知りました。反省とは、自分の思いや行いを振り返って、間違っていたら素直に改めていくことです。

私が信仰していた宗教には反省の教えがなく、私は人の欠点をズバズバと指摘する癖があったのです。相手と口論になることもしばしばでした。

(私は言葉で人を傷つけてきたんだ。申し訳なかった……)

それに気づいてから、毎晩、その日自分が発した言葉を点検して、「言い過ぎたな」と思ったら、その人に電話をかけて謝るようにしました。また、悩みが解けないときは、いつもKさんご夫妻が相談に乗ってくれて、私を励(はげ)ましてくれました。

そうするうちに、私は気持ちが安らいでくるのを感じました。キツイ言葉が減り、周囲の方から「優しくなった」と褒(ほ)められることも。そして、気がつくと、うつ病の症状もすっかり治っていたのです。

私を幸福の科学に導いてくれたKさんご夫妻に、心から感謝しています。

Hさんが笑顔になって、ホッとしています

お会いした当初、Hさんは他宗の信仰を持っておられたので、いきなり幸福の科学の教えを伝えるよりも、「まずは、信頼関係を深めよう」と思いました。そして、Hさんが幸福の科学に少し興味を持たれたころに、教えを伝えていったんです。今、Hさんはすっかり元気になり、支部で皆を迎えてくれる”お母ちゃん”的存在です。
(伝道した人、Kさん)

書籍で学ぶ信じられる世界へ

『伝道の法』(大川隆法 著/幸福の科学出版)第6章 信じられる世界へ/4「信じ切る」という最終点を目指せ

最も尊い愛は「真理を伝える」という愛

確かに、世界には飢えている人がいるでしょう。病気で苦しんでいる人もいれば、さまざまな苦労のなかにいる人もいるわけです。

しかしながら、そうした苦労や苦難、逆境があるから、神がいないということではありません。そのような苦難のなかを、多くの人々が生きているからこそ、神は必要なのです。

そして、神は実在します。どうか、もう一度、初心に戻って、信じるところから始めてください。スタート点は、「信じる」ことです。そして、最終点は、「信じ切る」ことです。信じるところから始まって、信じ切るところが、あなたがたの最終点になります。

あなたがた一人びとりに、光が与えられています。私から受けた光は、あなたがたに必ず点火されているのです。その松明を頼りに、闇夜のなかを、ただひたすらに行進してください。全世界の闇夜を照らし切るまで、あなたがたの仕事に終わりは来ないのです。

この日、このとき、この夜に聴いた言葉を、どうか忘れないでください。私は、今しばらく、あなたがたと共に、この地上にあり、この地上を照らし、法輪を転ぜんとする者でありますが、わが説く法は、五百年たっても、千年たっても、二千年たっても、三千年たっても、滅びてはならない「永遠の法」であるのです。

どうか、この「永遠の法」を聴いた者として、その誇りを胸に刻み、日々の生活を切り拓いていってほしいと思います。そして、みなさんが理解した真理を、どうか周りにいる人たちへ、手の届く人たちへ、声の届く人たちへ伝えてください。伝え切ってください。それが、「愛」なのです。

人々に対する愛として、いちばん尊いものは、「真理を伝える」という愛です。真理を伝えることが、最も尊い愛であるのです。

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長年唯物論者だったという、アメリカ在住のA・Mさん。初めての子供が生まれ、喜びでいっぱいだった彼の家庭に、突然悲劇が襲います。その悲しみを克服し、幸福な人生を歩み始めるまでの心の軌跡を聞きました。
A・Mさん(アメリカ)
月刊「幸福の科学」371号より転載・編集)

体験談唯物論者だった男性がたどり着いた真実の世界観とは―

1985年、私はアメリカ・ロサンゼルスに、5人兄弟の末っ子として生まれました。幼いころは、両親に連れられて教会に行くこともありましたが、牧師の説教中に居眠りをしているような子供でした。

その後、コロンビア大学院に進学。理系の学問を学ぶうち、「神」や「死後の世界」といった〝非科学的なこと〞は信じず、唯物論的な考えを持つようになっていったのです。

卒業後は、医薬品の物流会社に就職し、管理職を任されるように。そして26歳のときに、大学時代に知り合ったSと結婚。6年後の2017年4月には、待望の息子・Tが誕生しました。

私たちは、子育ての準備をしっかり整えていたので、すべてが順調でした。そのときはまだ、この幸せがずっと続いていくものと思っていたのです。

突然の異変

Tが生後1カ月になったある日。
「うぅ……、うぅ……」

お昼寝から目覚めたTが、突然うめき声を上げ始めたのです。
「T! どうしたんだ!」

異変を感じ、私と妻は、息子を連れて救急病院へと急ぎました。

さまざまな検査を受けた結果、告げられた病名は「腸回転異常症」。人の腸は、母親の胎内で育っていく間に、回転しながら固定されるそうですが、その成長過程で異常が発生する病気だということでした。

さらに、腸捻転(ちょうねんてん)という腸がねじれる症状も併発していたため、緊急手術を行うことに……。

(どうか手術が成功しますように……)

私たちは祈るような気持ちで、手術が終わるのを待ちました。しかし―。

「腸の大部分が壊死(えし)しているので、生命維持装置がなければ生存できない状態です。今後、息子さんが回復する見込みはありません。もし望まれるなら、生命維持装置を外(はず)すこともできますが……」

「そんな! 昨日まであんなに元気だったのに……」

私と妻は、長い時間をかけて話し合いました。しかしこれ以上、Tの苦痛を長引かせることはできない―。

苦しみ抜いた末、私たちは、最愛の息子の体から生命維持装置を外すという苦渋の決断をしたのです。

Tは、たった1カ月の短い人生を終え、息を引き取りました。

(これは正しい選択だったんだろうか……。どうしてこんな目に遭わなきゃならないんだ―)

これから家族3人で、たくさんの思い出をつくり、幸せな家庭を築いていくはずでした。

後から後から、涙があふれてきます。私たちは悲しみに暮れ、やり切れない思いが、心のなかで渦巻きました。

医師から手渡された書籍

息子を亡くして数日後、私と妻は、自宅近くのかかりつけ医師の診療所を訪ねました。

息子の死を伝えると、彼はとても驚いていましたが、すぐに一冊の書籍を取り出し、私たちに手渡したのです。その表紙には『永遠の法』(※1)と書かれていました。

(永遠の法……? 何の本だろう?)
(※1)英語版『永遠の法』(The Nine Dimensions) 大川隆法 著 幸福の科学出版刊

「息子さんを亡くされて、おつらいでしょう。でも、人生は霊的な視点で見なければ分からないことがあります。人がこの世に生まれてくるのは、さまざまな経験を通して、魂を磨くためなんですよ。人生の苦難が、実は成長の機会でもあるんです」

(魂……?)

私はなぜか、医師が語ったその話を、以前にも聞いたことがあるような気がしました。そして帰宅するとすぐに、その書籍を読み始めたのです。

「人間のほんとうの生命体というものは、何万年、何十万年、何百万年、何千万年、さらには何億年にもわたって、生き通しの生命なのです。(中略)魂というものは、あるいは人間の本質というものは、永遠の旅人なのです。それが実態であると言えます」

そこには、人間の本質が魂であることや、人はなぜ生まれてくるのか、死後どのような世界に還(かえ)るのかなど、人生の疑問に対する答えが、明確に書かれていました。

(肉体が亡くなっても、Tは魂として生き続けてるってことか……)

神や霊を信じていなかった私の胸の内から、なぜだか、温かいものが込み上げてくるのを感じました。妻もその書籍を読み、内容に驚きつつも感動しているようでした。

(死ねばすべて終わりだと思っていた。でもそれは、間違ってたのかもしれない……)

数週間後、私たちは書籍の巻末を見て、ハッピー・サイエンス(幸福の科学)のロサンゼルス支部を訪ねてみました。

出迎えてくれた支部長に、『永遠の法』を読んだことを伝えると、支部長はハッピー・サイエンスの教えについて、いろいろと説明してくれました。そして息子を亡くしたことを打ち明けると、親身になって私たちの悲しみを受け止め、励ましてくれたのです。

「もっとこの教えを学んでみようか」

私たち2人は、その日、ハッピー・サイエンスのメンバーになりました。

最高のギフトを届けたい

↑ ロサンゼルス支部で、仲間と学びを深めるM夫妻

それからというもの、私たちは大川総裁の書籍を次々と学び、週末は支部での礼拝や行事に参加するように。そうして仏法真理(※2)を学ぶうち、私は次第に性格が穏やかになり、心の平和を感じることが増えていきました。

以前は、職場などで理不尽なことがあると、納得できずに白黒つける性格でしたが、「多様な価値観を受け入れ、他の人を理解することが大切」という教えを学んだことで、周りの人々に自然と寛容な心を持てるように変わったのです。

また、入信したときにいただいた経文を、夫婦で朝晩読むことが習慣になりました。長い間、霊的なことを信じずに生きてきた私ですが、お祈りをすると、天上界の光に包まれているような感覚になるのです。

とても心が安らぎ、今では欠かすことのできない、大切な時間になっています。

そうした信仰生活を送るうち、いつも胸の中にあった息子を失った悲しみが、次第に和らぎ、癒やされていったのです。

(Tの魂にとっても、今世は短い人生を送ることに、大切な意味があったのかもしれない。僕たちもつらかったけど、人間として成長することができた。人生の出来事は、すべて意味があるんだ。この教えを皆に伝えたい―)

今までの私は、他の人に関心を持たず、コミュニケーションを取るのも苦手でした。しかし、息子の死を経験したことで、周りの人の苦しみにも気づくようになり、悩みを抱えている人がいたら自分から声をかけたり、相談に乗ったりできるようになったのです。

また、妻や支部の仲間とともに布教誌配布をしたり、知人に真理の書籍をプレゼントしたりと、教えを弘める活動も行うようになりました。毎日の生活のなかで、他の人の幸せを願って行動することが増えるにつれて、これまでにない深い幸福感に満たされるようになったのです。

ハッピー・サイエンスとの出合いがなければ、私は未だに、「神などいない」「あの世などない」と、盲目的な人生を送っていたことでしょう。今思えば、とても小さな世界観のなかで生きていたのだと感じます。

しかし真理を知った今は、これまでとは比べ物にならないほど広く豊かな世界に生きている喜びを感じます。

この信仰に出合うきっかけをくれたことが、息子からの何よりのギフトだと思っています。そしてこれからは私が、一人でも多くの方にこのギフトを届け、幸福の輪を広げていきます。

仏法真理をお説きくださる主エル・カンターレ(※3)に心からの感謝を捧げます。

(※2)人間を幸福に導く神仏の教え。人類に共通する普遍的なルール。
(※3)幸福の科学の信仰対象である地球神

書籍で学ぶ伝道は、人々を正しい道に導く愛

『不滅の法』(大川隆法 著/幸福の科学出版)第1章 世界宗教入門/「あの世はない」ことを証明できた人は、過去、一人もいないより抜粋したメッセージ

「あの世はない」ことを証明できた人は、過去、一人もいない

「正しい道に入る」とは、どういうことでしょうか。
「あの世がある」という世界観と、「あの世はない」という世界観とがあり、「この二つの選択肢のうち、どちらを選ぶか」ということには、賭けのような面があるかもしれません。

しかし、私は、2010年には、百数十人の霊人の言葉を公開霊言などで紹介し、霊言集を含む著書を一年間に50冊以上も刊行して、霊界の存在に関する数々の証明を行いました。「死後、霊天上界に還り、生前と同様の個性を持ったまま、この世の人たちを指導しようとしている人たちが、現に存在している」ということを、公開の場で数多く証明してきたのです。

これに対して、「信じるか、信じないか」ということは各人の自由ですが、少なくとも、百数十人の個性と、その教えの違いとを瞬時に使い分けられる人が、この世に存在するとは私には思えません。

「あの世があり、死後の世界がある」ということの証拠は、いくらでも出すことができます。私は、それを今も出し続けていますし、今後も出すことができます。しかし、「あの世はなく、死後の世界はない。人間は魂ではない」ということを証明できた人は、過去、一人もいません。それを私は指摘しておきたいのです。

あの世や魂の存在について、「私は信じない」と述べた人は大勢います。それは、「信仰心を持っていない」という意味での信仰告白を、個人的にしているだけなのですが、その害毒によって数多くの人を迷わせています。

しかし、「あの世の世界の存在を、まじめに真剣に訴えかけている人もいる」ということを、どうか忘れないでいただきたいと思います。その仕事が、みなさんが知っている数千年の歴史の中における、宗教家の尊い仕事だったのです。

「今、宗教家は本来の姿を取り戻さなければならない」と私は思っています。

この世に生きているかぎり、目には見えない霊的世界、あの世の世界を信じるのは難しいことですし、それを人々に信じさせる仕事も難しいことです。その難しい仕事をなしているのが宗教家です。宗教家は、本来、人々から尊敬されるような立場にいなければいけないのです。

日本人が、教育やマスコミ宣伝などによって、宗教を悪しきもののように何十年も教え込まれていたならば、その壁を破るのも、また、私たち幸福の科学の仕事であると思っています。

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この記事は、隔月発刊の機関誌「ザ・伝道」第150号より転載し、編集を加えたものです。

Kさん(40代・女性)

夫の死の悲しみを乗り越えて

「あなたが天国に旅立ってから、もうずいぶん経ちましたね。私も2人の息子たちも元気にすごしています。あなたも天国で、幸せに暮らしていますか?」

私は今、こうして笑顔で、天国にいる夫のことを想うことができます。

最愛の人を失い、一時は何も手につかなくなった私が、どのようにして悲しみを乗り越えていけたのかを、お話しさせていただきたいと思います。

余命宣告

「残念ながらご主人は、肺ガンの末期の状態です」

脇の下の腫(はれ)に気づき、念のために受けた検査。夫も同席するなかでの医師の告知に、私は愕然としました。

(何かの間違いに決まってる。毎年、人間ドックだって受けてるんだから!)

医師の説明では、ちょうど肋骨の陰に病巣があり、健康診断では見落とされていたということでした。さらに、リンパ節に転移したため、短期間で脳にまで遠隔転移。「運が悪かった」と言われました。

夫のいないところでは、「余命3カ月から半年」とも—。

まだ42歳の働き盛り。長男は中学受験を控え、次男は小学3年生です。

(どうしてなの? 私たち、何も悪いことはしてないのに。どうしてパパなの?)

頭の中が真っ白になりました。

押し寄せる後悔

夫のYとは、お見合い結婚でした。

「親孝行で優しそうな人だな・・・」。彼の誠実な人柄に惹かれました。お見合いの2カ月後には結納を交わし、翌年結婚。2人の男の子にも恵まれ、絵に描いたような幸せな結婚生活を送っていました。

それが一転、結婚13年目にして、突如苦しみのどん底に突き落とされたのです。

確かに、夫には喫煙の習慣がありましたし、発病した頃は仕事でもかなり無理を重ねていたようでした。自動車メーカーの輸出担当で海外出張も多い上、不況による人手不足で、帰宅が深夜1時、2時になることも珍しくなかったのです。

正直、「こんなになるまで、働く必要はあったの?」と会社を恨みました。

しかし何よりも、妻である自分を責めました。「毎日顔を見ていたのに、どうしてもっと早く異変に気づいてあげられなかったんだろう・・・」。悔やんでも悔やみ切れませんでした。

しのび寄る死の影

「絶対に治す方法があるはずだ」。私は連日、「ガン」と名の付く本を読みあさり、民間療法や健康食品も調べ尽くしました。しかし、必死の努力も空しく、病状は日に日に悪化。食欲も落ち、リンパ節が腫れて左腕が不自由になり、かつての元気な姿は見る影もなくなっていきました。

人前では決して不平や不満を口にしなかった夫が、ある時つぶやいた言葉が忘れられません。私に支えられながら病室を移動していた時、ふと鏡に映った自分の姿を見て一言、「みじめな自分・・・」と。

働き盛りで一線を退かなくてはならない悔しさ。幼い子供たちを遺していく不安。どれほど無念であったことでしょう。明らかに「死」に向かっている夫を前に、私はかける言葉を失っていきました。

一条の光

そんな、八方ふさがりの時です。母の友人で幸福の科学会員のTさんが、私たちの状況を聞き、『太陽の法』という幸福の科学の書籍を送ってくださったのです。

何か夫を励ます言葉が見つかるかもしれないと思い、読み始めました。

「人間は、はるかむかしから、永遠の生命をもって生きております」

「人間は、心です。魂です。ですから、死んであの世にもって還れるものは、あなたがた自身の心以外にはないのです」『太陽の法』より)

(永遠の生命? あの世? もしあの世があるとしたら、万が一、パパが亡くなっても、あの世でまた会えるってこと?)

すぐに確信は持てなかったものの、「死は永遠の別れではない」と思うと、絶望していた心が少し和らぎました。

Tさんにお礼の電話をすると、とても優しくお話ししてくださいました。「仏はいつも見守ってくださっているからね。つらいときほど、側で支えてくださっているからね」。その言葉に、どんなに勇気づけられたことでしょう。

この執着がパパを苦しめているの?

ガンの告知を受けてから1年ほど経ったある秋の日、病院へ向かう電車の中で、1枚の広告が目に留まりました。映画「太陽の法」の広告でした。

「これTさんが言ってた映画だ。観てみたいな。でも、病院に通わないといけないし、無理よね・・・」

そう思った2日後、自宅に1通の手紙が届きました。夫の元同僚の方からで、開けると、なんと映画「太陽の法」のチケットが2枚入っていたのです。

これも何かのご縁と思い、次男を連れて観に行きました。

人類の歴史を描いた壮大なストーリーに、はじめから引き込まれました。なかでも、お釈迦様が悟りを開くシーンは、今でもはっきりと心に焼きついています。

「家族を思う人間的な心であったとしても、それが執着となれば苦しみの原因となる。なにものにも執われず、小川の水のようにさらさらと流れていく境地に入っていくことだ・・・」(映画「太陽の法」より)

まるで自分のことを言われているようでした。

(「一日でも長く生きてほしい」という思い、これは私の執着なのかもしれない。この執着が、私だけでなく、パパも苦しめているのかな・・・)。

涙をこらえることができませんでした。

その後も、「もっと生きてほしい」という思いはなくなりませんでしたが、同時に、 「どうか夫の魂を救ってください」と願う気持ちが大きくなっていきました。

同じ境遇の友

幸福の科学に救いがあると感じた私は、Tさんの紹介で、東京の支部を訪ねました。支部長さんとスタッフの女性が、親身になって話を聞いてくださり、病気平癒のお祈りをしてくださいました。

そして帰り際に、「せっかくなので何かお土産を」と、小冊子の「ザ・伝道」をくださったのです。

家に帰って読んでみると、Mさんという方の手記が載っていました。

(Mさんて、あのMさん? 幸福の科学の会員だったんだ)

Mさんは、一緒にPTAの役員をしたこともあるご近所さんです。Mさんも、3人のお子さんを抱えてご主人をガンで亡くされていたのですが、信仰によってその悲しみを乗り越えた体験が紹介されていたのです。

「こんな近くに同じ境遇の知り合いがいたなんて」と、深いご縁を感じました。

ついにその時が

私が希望を取り戻していく様子を見て、夫も幸福の科学の書籍を読み始めました。『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』『仏陀再誕』。筋力が落ちて、本が持てなくなると、御法話のCDを聴きました。

「あの世はある」と信じることだけが、私たち夫婦の唯一の救いだったのです。

その年の12月、自宅で療養していた時、夫がふと言いました。

「ママ、あの世で会おうね」

夫は自分の死期が近いことを悟っていたのでしょう。その2日後に、容態が急変—。

そして、年が明けた1月2日、家族が見守るなか、夫は安らかに息を引き取ったのです。舅が「人に自慢したくなるくらい、きれいな顔だ」と言うほど、美しい死に顔でした。

安らかに旅立ったことはせめてもの救いでしたが、いざ現実に夫の死に直面すると、生身を引き裂かれる思いでした。

「パパ、息して。息してよ!」。私はベッドのかたわらに泣き崩れました。

葬儀の間も泣き通しでしたが、火葬され、炉から出てきた遺骨を見た瞬間、「ああ、これでもう元に戻れない!」と。涙があふれて止まりません。私の足元には、小さな水たまりができました。

1人じゃないからね

やがて、冬休みも終わり、子供たちは学校へ、手伝いに来ていた両親も、帰っていきました。日中、家に1人になった私は、「これで思い切り泣ける」と、「わーっ」と声を上げて泣きました。

と、その瞬間、背中から、「ママ、ママ」と呼ぶ声がしたのです。(えっ?)と思ってふり返っても誰もいません。

(今のは確かにパパの声だ。心配して側にきてくれたんだ・・・)

四十九日が過ぎるまでは、故人の魂はこの世に留まるといいます。

「私がいつまでも泣いていたら、パパは安心してあの世に旅立てないかもしれない。パパのためにも、子供たちのためにも、がんばらなくちゃ」。自分で自分を励ましました。

しばらくして、「ザ・伝道」に載っていたMさんから、電話がありました。 葬儀にも参列してくださったMさんは、私の様子を心配して、支部に誘ってくださったのです。「幸福の科学の教えと、Tさんたちの優しさに救われた」と実感していた私は、その時、入会しました。

支部の皆さんはとても温かく、とくにMさんは、「1人じゃないからね。私は100%あなたの味方だからね」と、いつも側で支えてくださいました。

夫の愛に気づいて

多くの人の愛に支えられ、生きる力を取り戻していった私は、3カ月後には仕事を始めることができました。ありがたいことに、夫の上司が私たち家族の生活を案じ、同じ会社の事務の仕事を紹介してくださったのです。

15年間専業主婦だった自分が正社員になれるとは、夢にも思いませんでした。一時は恨んだ会社に、実はずっと支えられていたのだと気づかされました。

また、実際に不況下の中堅男性の仕事ぶりを目の当たりにして、夫がいかに厳しい環境で働いていたのかを知りました。常に120%を求められ、上司から厳しく叱責される。体調が悪くても無理を重ねてしまう。家族のために身を粉にして働いてくれていた夫の愛に気づき、深い感謝と尊敬の思いが湧いてきたのです。

奇跡が起きた日

夫への感謝を形に表したいと思った私は、その年の9月、支部で夫の「永代供養(えいたいくよう)」を申し込みました。そして同月、幸福の科学の総本山・正心館(栃木県宇都宮市)で「総本山・先祖供養大祭」に参加したのです。

今思えば、それが私の人生のターニング・ポイントだったと思います。

正心館に到着して礼拝堂に入ると、運良く前の方に1、2席空席がありました。席に案内されて間もなく、突然、「本日は、大川隆法総裁より御法話を賜ります」と、アナウンスが流れました。私は、仏の説法を直接聴くという奇跡の機会に巡り会えたのです。

大川総裁が登壇されると、一瞬にして、礼拝堂全体がなんともいえない清(さや)かな空気に包まれました。

(悟りたる方というのは、こんなにも清らかで尊いものなんだ・・・)。

初めて見る大川総裁は、とても神々しく光り輝いていました。

法話は、死後の導きのお話でした。

「あの世に還って初めて、生き通しの魂があるということを知った人は、ほんとうにびっくりします」「だから、できれば生きているうちに、知っていただきたいのです。何かこの世で縁を持っていただきたいのです。教えが書かれている本を一回読んだことがある、それだけでも悟りのよすがなのです」(法話「『総本山・先祖供養経』講義」より)

仏の慈悲深さに、私はただただ号泣しました。

「パパの魂も仏が救ってくださる・・・」。夫も隣で、仏と出会えたことを一緒に喜んでいるような気がしてなりませんでした。「パパのことは、もう仏にお任せしよう・・・」。

苦しみを通して得た魂の宝

それから1年経ち、2年経ち、「永遠の生命」の確信が深まるほどに、私の心の傷は癒されていきました。

夫との死別は、本当につらく苦しい体験でしたが、この経験を通して、私はたくさんの魂の宝を得ることができました。

他の人の悲しみや苦しみ、とくに愛する人を失うつらさは、実際に経験しなければ、本当の意味で理解することはできなかったでしょう。

また、私を支えてくださる多くの人の優しさにも、気づくことができました。そして、自分もまた、大切な人たちの力になりたいと思えるようになったのです。

あなたに会えてよかった

ある時、自分の人生をふり返っていて思いました。

「私は夫を亡くしたけど、TさんやMさんをはじめ、支えてくれる人がいる。子供たちもいる。両親もいる。健康で、仕事もある。私に欠けているものを数えたら片手で十分だけど、与えられているものを数えたら、両手両足を使っても足りない。私は本当に幸せ者だ」と。

夫と過ごした日々をふり返って、私は今、心から言うことができるのです。

「あなたと結婚できて、私は本当に幸せでした。私があの世に還ったとき、笑顔で再会できるように、あなたから合格点をいただけるように、私は残された人生を精一杯生きていきます。あなた、本当にありがとう。天国でまた会いましょう」

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