Archive for the ‘信仰との出会い’ Category

父さんのように、愛に生きるよ【体験談】
人生の試練が訪れたときに、ハッピー・サイエンス(幸福の科学)の教えに出合った、ブラジル在住のJ・Sさん。真実の人生観に目覚め、幸福な人生を歩み始めたSさんにお話を伺いました。
J・Sさん(ブラジル)
月刊「幸福の科学」361号より転載・編集

体験談突然の父の死―。 ウツ状態になった青年が信仰に導かれて

突然の別れ

今から3年前。私は、突然父を失った悲しみに打ちひしがれていました。

当時、私と父は2人で暮らしていましたが、ある朝目覚めると、父が家に戻っていないことに気づいたのです。

携帯にかけてもつながらず、父の会社に連絡しても、出勤していないと告げられました。
知り合いに聞いてまわっても、誰も父の居所を知りません。

警察に捜索願いを出し、祈るような気持ちで連絡を待ちました。そして20日以上経ったころ、警察から、父が事件に巻き込まれ、帰らぬ人となっていたことを告げられたのです。

(どうしてこんなことに……)

父と最後に言葉を交わした日のことが悔やまれました。父が私に「出かけてくるよ」と言ったとき、なぜか無性に父とハグをしたくなったのに、私は「うん」と答えただけで父を見送ってしまったのです。

(父さんは、もう帰って来ないんだ)
いつもそこにいた父の姿は見えず、他愛のない話で笑い合うこともできません。私は寂しさに押し潰(つぶ)されそうになりましたが、父がまだどこかにいるような気がしてなりませんでした。

真実への目覚め

父さんのように、愛に生きるよ【体験談】

父を亡くしてから、すっかり口数が減り、ウツ状態になっていた私に、ある日、仲の良い職場の同僚が声をかけてくれました。

「今度スピリチュアルセミナーがあるんだけど、一緒に行ってみないか?」
彼は、そのセミナーに参加すれば、私の心が癒されるかもしれないと思ったのでしょう。
私は、スピリチュアルな分野には、あまり関心がありませんでしたが、気分転換に参加してみることにしたのです。

同僚に連れられて訪れた先は、幸福の科学のブラジル正心館でした。セミナーには、20人以上の青年が参加しており、霊界の様子が描かれている映画「永遠の法」※が上映されました。

(あの世はこんな世界なのか……)
初めて知る世界観に興味が湧きました。

さらに、講師が説明した幸福の科学の「愛の教え」を聴いたとき、心が大きく動かされたのです。

今まで私がカトリックの教会で聴いていた愛の教えは、抽象的な「神への愛」が中心でした。しかし幸福の科学では、神から受けている愛を、周りの人々への優しい行為として具体的に実践する「与える愛」の大切さを伝えていました。この教えは、私にとって、とても新鮮に感じられたのです。

(幸福の科学に入ったら、何かすごく大切なことに気づけるかもしれない)
私はその日、幸福の科学に入信しました。

父さんの魂は生きてる!

それからというもの、私は大川隆法総裁の書籍を読んだり、支部のセミナーに参加したりして、教えを学んでいきました。

私が非常に感銘を受けたのは、幸福の科学の「霊的人生観」です。幸福の科学では、人間は皆、神仏に創られた仏の子で、永遠の生命を持った存在であると説かれています。

人間は、数十年の人生が終われば消えて無くなるようなはかない存在ではなく、自分と縁のあるソウルメイトと一緒に何度も地上に生まれ変わって、さまざまな人生経験を通して魂を磨いている。

また、人生の試練は自分を成長させるための機会であり、人生を終えて地上を去った後は、自分の心境に応じた霊界に還っていく。

そして霊界でも、神仏を目指して心の修行を続けていく―。

学べば学ぶほど、納得がいきます。
(やっぱり父さんの魂は無くなってない。あの世で生き続けているんだ!)

キリスト教では、詳細な霊界の様子や、転生輪廻の思想は説かれていないため、私は「人間は死後どうなるのか」が分かりませんでした。しかし、この教えに出合ってはじめて、「この世とあの世を貫く真実の人生観」をつかむことができたのです。

私は、父が不幸な最期を遂げたことに苦痛を感じていましたが、こうしたつらい経験も、すべて人生の糧に変えていこうと、前向きな気持ちに変わっていきました。

また、幸福の科学で学んだ「感謝」の教えが私の心を癒してくれたのです。

支部の瞑想セミナーで、父が私に与えてくれた愛を一つひとつ思い出していきました。

私と姉がまだ幼いころ、母が病気で亡くなりました。それ以来、父は働きながら、慣れない家事を一生懸命にこなし、私たち姉弟を育ててくれたのです。また、父は困っている人を見ると放っておけず、助けに行く優しい人でした。父はいつも、与える愛に生きていたのです。

(父さん、これからは僕が、父さんのように他の人に愛を与えて生きるよ―)

神仏の光を感じてほしい

父さんのように、愛に生きるよ【体験談】

大川総裁の教えが、私の心に真理の光を投げかけ、不幸の底から救い出してくれました。

私と同じように、人生の問題に悩んでいる人にこの教えを伝えたくて、いつも幸福の科学の布教誌や書籍を持ち歩き、出会った人にお渡ししています。助けを必要としている方がいたら、お話に耳を傾け、ポジティブな言葉で励まします。

「私は幸福の科学で、人生の悩みや問題を解決して、成長する方法を学んだんだ。あなたの悩みも、きっと解決できるよ」

そうお話しすると、多くの人が教えに関心を持ってくれます。家族問題で悩んでいた友人は、支部のセミナーに参加し、学んだ教えを実践するうちに家族の関係が改善。それを機に幸福の科学のメンバーになり、家族のためにも本格的に教えを学び始めています。

この教えによって人生が照らされ、どんどん幸せになっている周りの方々の姿を見るのが、私の一番の喜びです。

今、大川総裁は数多くの教えを説かれ、その教えが世界各地に広がり、多くの人の心を救っています。私は、大川総裁が現代の救世主であると信じています。

この時代に主と共に生まれている多くの人々が、主への信仰に目覚め、主の光が臨んでいることに気づけるよう、これからも教えを弘めていきます。

※『永遠の法』(大川隆法 著/幸福の科学出版刊)を原作とする、 大川隆法製作総指揮のアニメ映画(2006年公開)。

書籍で学ぶ真実の人生とは

『愛、無限』(大川隆法 著/幸福の科学出版)1 霊的人生観の必要性より抜粋したメッセージ

唯物論から愛は生まれない

愛が生まれてくる原点には、生きているものの尊さに対する無限の信頼があります。「生きているもののすべてが尊い」と思わずに、どうして愛の気持ちが湧き起こってくるでしょうか。地球や、そこに生きている人間が、宇宙の塵にも等しい、つまらない存在であるならば、どうして愛が生まれてくるでしょうか。

人間が、そうしたつまらない存在であるならば、この二、三千年、あるいは、それ以上の長きにわたる、文明・文化という名の営み自体が、わずか数十年だけ地上に生きる人間の慰み事にしかすぎないことになってしまいます。すべての宗教や道徳は、また、おそらくは哲学も、虚妄、世迷い言となってしまうでしょう。

みなさんは、自分自身や他人を、そして、生きているものすべてを卑しめる、そのような思想に、心の底から共鳴できるのでしょうか。私は、それを問いたいのです。

「いや、そうではありません。私は、人間の尊さ、生き物の尊さを信じます。その生命が無限なるものから分かれてきていることを信じます。

人間は、一時の仮の世である、この世だけの存在ではなく、はるかなる世界に永遠のすみかを持つ存在であり、この地上に幾度も生まれ変わってきては、また去っていき、また来たる存在なのです」

このように考えることができる人にとっては、他の人には苦悩に満ちた地上界が、きっとユートピアのごとく見え、まったく違った世界が展開していくでしょう。そのときに初めて、人生というものは、虚しいものではなく、積極的なる意味を持ったものになると思うのです。

したがって、真実の人生を生きるためには、その出発点として、「霊的なる人生観」を打ち立てる必要があります。これなくしては、いくら議論を積み重ねたとしても、すべてが虚しくなるのです。

それは、ちょうど、砂浜で子供が砂の城をつくるようなものです。子供の目には、その砂の城は堅固な要塞のように見えるかもしれません。しかし、やがて沖から波が寄せてきて、その上を通り過ぎたとき、砂の城は、はかなくも消え去ってしまうのです。

同様に、根本に霊的人生観を持たなければ、そのあと、高度な議論をいくら積み上げたとしても、あるいは、いくら知識を学び続けたとしても、残念ながら、それは砂の城にすぎません。やがて人生の荒波をかぶったとき、もろくも崩れ去っていくことでしょう。

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経営難、障害、すべての苦難が光に変わった!【体験談】
アメリカで、ハッピー・サイエンス(幸福の科学)の教えを弘めている、D.Eさん。その情熱の奥には、つらい過去を乗り越えて、真理をつかんだ経験がありました。
D.Eさん(アメリカ)
月刊「幸福の科学」359号より転載・編集

人生の真実を求めて

人生の希望を見つけた!【体験談】

1996年8月、私はアメリカ合衆国のウィスコンシン州に生まれました。私が6歳になるころ、両親は離婚し、母は女手一つで、兄と弟、私の3人の子供を育ててくれました。

父とは離れて暮らしていましたが、週末だけは一緒に過ごすことができ、私はその時間を、いつも楽しみにしていました。

私が16歳のときのこと。ある朝、母のもとに1本の電話がかかってきました。そして母は、父が自ら命を絶ったと私に伝えたのです。私はひどくショックを受け、父を失った孤独感と絶望感に襲われました。

(父さん、どうして……)
人は死後、どうなるのか。天国、地獄はあるのか―。その疑問に答えてくれる人は、誰一人としていませんでした。

(僕は、何のために生きているんだろう)
悶々とした日々を過ごすうち、私の口数は減り、家族や友人との関係もぎくしゃくしていきました。ネガティブなことばかり考えるようになった私は、親友にさえ、否定的な言葉を投げかけ、気付けば多くの友人を失っていたのです。そんな自分がつくづく嫌になり、自己嫌悪に陥りました。

(何を支えに生きていけばいいんだろう)
このつらい状況から救ってくれる「何か」を求めて、宗教やスピリチュアル関係の書籍をひもといたり、インターネットで情報を探したりするようになりました。

運命の映画

ある日、インターネットの動画サイトで、ふと目に入った映像が気になり、クリックしました。それは、天地創造や仏陀の悟りが描かれたアニメ映画「太陽の法」でした。

私は、そのストーリーにどんどん引き込まれていきました。2600年前のインドの地で、仏陀が弟子たちに教えを説くシーンでは、不思議と熱いものが込み上げてきて、観ていられなくなるほど……。心の内に、光が差し込んでくるような感覚を覚えたのです。まるで、暗い洞窟の中から、一気に太陽の下に引っ張り出されたようでした。

(この映画のことを、もっと知りたい!)

『太陽の法』

私は映画の原作本である『太陽の法』を購入し、じっくりと読み進めていきました。そこには、人間は魂を磨くためにこの世に生まれてくることや、肉体は死んでも魂は永遠に生き続けることなど、他の宗教では得られなかった答えが、明確に説かれていたのです。

(人は魂修行のために、何度も生まれ変わる……。じゃあ、父さんもあの世で生き続けてるんだ! もっと教えを学んでみたい)

しかし、自宅のあるウィスコンシン州にはハッピー・サイエンスの支部がなく、私は1人で書籍を読み続けていました。気付けば1年間で、50冊以上も読破していたのです。

そして2016年3月、フロリダを旅行した際に、ようやくハッピー・サイエンスのフロリダ支部を訪ねることができました。緊張しながらも支部に足を踏み入れると、信者の皆さんが温かく迎えてくれ、とても親切に私の話を聞いてくれました。私はともに教えを学べる仲間がいる幸福感の中で、三帰誓願をすることができたのです。

未来への希望が見えた!

その後、私は支部のセミナーなどに参加し、自分の心を深く見つめるようになりました。

ハッピー・サイエンスでは、自分から他の人に優しくしたり、思いやりを持って接したりする「与える愛」の大切さを教えています。

私は今まで、家族や友人に「ああしてほしい」「こうしてほしい」と、自分の要求を押し付けるばかりでしたが、それが実は「奪う愛」の心であり、自分や周りの人々を不幸にする原因だったと気付いたのです。

(僕は今まで、周りの人を大切にしていなかった。自分から愛を与えることなんて、考えたこともなかったな……)

私は、これまでの自分の生き方を反省し、家族や友人と言い争うことをやめました。そしてできる限り、思いやりを持って接するようにしていくと、周囲の人々との関係が好転していったのです。

また私は、「お金は悪だ」「豊かな人は貪欲な人だ」と思っているところがありました。しかし、大川総裁の「富」や「繁栄」の教えを学ぶうち、一生懸命に働いて、世の中のために富を還元していくことは素晴らしいことだと分かったのです。

仕事の基本は「愛」であり、仕事を通して、人々を幸福にしていくことができると学びました。すると、大学でも、アルバイト先でも、心を込めて学業や仕事に打ち込めるようになったのです。

これは私にとって、とても大きな変化でした。私は未来に希望が持てるようになり、自分自身を肯定できるようになったのです。
(この教えを学べば、みんなが幸せになれる。多くの人に真実を伝えていきたい!)

アメリカに幸福を広げたい

人生の希望を見つけた!【体験談】

数カ月後の16年10月、私にとって、さらにうれしい出来事がありました。大川総裁のニューヨーク講演会が開催されたのです。

説法の間、私はまるで天国にいるような気持ちでした。大川総裁は、次期大統領にはドナルド・トランプ氏がふさわしいと述べられ、アメリカが世界のリーダーとして繁栄していく道を示されました。

そのひと月後の大統領選では、大川総裁が説かれた通り、大方の予想を覆してトランプ氏が当選。この結果によって、世界が良い方向に向かっていくと確信しています。

私は現在、大学で、大川総裁の書籍学習会や映画の上映会を開催しており、参加者のなかから、教えに感動してメンバーになる方も誕生しています。

大川総裁が説かれる、どんな人の悩みも解決する心の教えと、世界を平和に繁栄させる政治・経済の教えを伝えることが、私の使命だと思っています。アメリカ中に伝道し、本当に幸福な人を増やしていくために、これからも行動していきます。

書籍で学ぶ幸福の科学入門

『幸福の法』(大川隆法 著/幸福の科学出版)3 愛の原理より抜粋したメッセージ

「奪う愛」ではなく「与える愛」の実践を

みなさんは、「愛」と言うと、ほとんどは、好きな男性から愛されること、好きな女性から愛されること、親から愛されること、子供から愛されることなど、愛を貰うことばかりを考えるでしょう。そして、充分に愛を貰えないので悩むのでしょう。これを解決しなければいけません。 

みんな、愛が欲しい人ばかりで、与える人がいなかったならば、この世には愛が不足してしまいます。したがって、まず愛の供給をしなくてはいけないのです。それぞれの人が愛の供給をすれば、世の中は愛に満ちてきます。奪うことばかりを考えてはいけないのです。

愛不足の社会、奪う愛の社会は、たとえて言えば、ほとんどの人が、病人のように、病院のベッドで治療を受けていて、「あそこが痛い。ここが痛い。もっとよい薬をくれ。もっと楽にしてくれ」と言っているような状態なのです。みんながそのように言っているのでは困ります。もっと医者や看護師を増やさなくてはいけませんし、薬ももっと出さなくてはいけません。

したがって、自分のできるところから愛を与えていきましょう。人のためになることをしましょう。自分が幸福になりたいと言う前に、人を幸福にしようとしてごらんなさい。そういう人が増えたら、悩みは自動的に解決していくのです。

みなさんの苦しみのほとんどは執着であるはずです。それは、「人からこうしてほしいのに、してもらえない」という苦しみであるはずです。仏教では、これを「求不得苦」といいます。「求めても得られない苦しみ」という意味です。これは、釈尊の説いた、苦しみについての教えであり、「この世では、求めても得られないものがある」ということです。

いつまでも、「こうしてほしいのに、してもらえない」というようなことばかり言っていたら、幸福な人は一人も出てきません。まず、できることからやりなさい。人に対して、与える愛を実践することです。そこから道が開けるでしょう。

与える愛を実践している人は、すでに幸福への第一歩に入っています。まず、毎日が楽しいでしょう。それから、人が喜ぶ姿を見て、自分もうれしいでしょう。人が喜ぶ姿、人が幸福になる姿を見て、自分も幸福になれるようになったら、すでに天国への第一歩に入っているのと同じです。そういう人が死後に天国へ行くのです。

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この記事は、隔月発刊の機関誌「ザ・伝道」第122号より転載し、編集を加えたものです。

私は、自分が小さい頃に養女に出されたことを、不幸だと思っていました。しかし、幸福の科学との出会いを通して、自分自身の境遇に対する見方が全く変わり、心から感謝できるようになりました。
きょうは、私のたどった心の軌跡をお話しします。Hさん(40代・女性)

夫の浮気、離婚・・・

いまから十数年前、私は離婚しました。長年、前夫の浪費癖や夜遊びなどに悩まされてきましたが、3人の子供のためを思って、ひたすら耐えていました。

しかし、そのなかで夫の浮気が発覚。さらに長男が成長するにつれて、「おまえなんか!」と父親に反抗するようになったのを見て、「もう限界だ」と別れる覚悟を決めたのです。

私は子供たちを連れて実家に戻りました。長男は中学に入ったばかり、下の娘はまだ幼稚園でした。

愛を裏切られて・・・

前夫と出会ったのは20歳の頃。彼は遊び仲間のグループの一人でした。彼はとてもマメな人で、「体調が悪い」と言えば薬を買って車で届けてくれるし、よく高価な宝石を私にプレゼントしてくれました。スキーで捻挫したときは、毎日、会社まで車で迎えにきてくれました。

そんな彼の強烈なアプローチに押されたカタチで結婚。

ところが、塗装工をしていた夫はバブル崩壊のあおりで仕事が激減しました。極端に少ない額のお給料では足りず、私たち家族は一日1000円に満たない倹約生活でした。

彼はアルバイトもしましたが、そのお金を生活費に回してくれず、ブランド物を身につけ、夜も遊び回って帰ってこなくなりました。そして浮気—。

「こんなはずじゃなかった・・・」

幼い頃から人一倍、愛を求めていた私。実は生後すぐに養女に出されてしまい、心に寂しさを抱えていたのです。「こんなに強く私を愛してくれる人なら大丈夫だろう」という夫への期待は、見事に裏切られました。

養女と知った日

私が初めて、自分が養女だと知ったのは、小学校3、4年生ぐらいの夏だったと思います。東京の下町で育った私は、毎年夏になると、栃木にある母の田舎に遊びにいきました。

一人娘の私にとって、大勢のいとこたちと一緒に自然豊かな山や川で遊び回る日々は、とても楽しみでした。

ある日、一緒に遊んでいた3歳年下のいとこが、思い出したように言いました。

「ねぇ・・・ほんとうは、Hちゃんってさ、私のお姉ちゃんなんだって」

突然の言葉にびっくりしましたが、幼いなりにも、それがどういうことか、なんとなくのみこめました。

「いとこが私の妹・・・じゃあ、田舎のおばさんが私のお母さんってこと?」

口数の少ないおばさん。私から話しかけたりすることもあまりなく、なんだか自分の母親という実感がわきません。おじさんはすでに亡くなっていました。

私はいらない子

「私はお母さんのほんとの子供じゃないんだ。もらいっ子なんだ」

頭のなかで「もらいっ子、もらいっ子」という言葉がぐるぐる回り、ほんとうにショックでした。

ちょうどテレビでは、山口百恵が養女役のつらい境遇を演じる連続ドラマを放映していました。養女というイメージは私の心に暗い影を落としました。

「田舎は4人もきょうだいがいるのに、なんで私だけ養女に出されたの?私はいらない子だったの?」

「私はいらない子」という独り言を、何度つぶやいてきたことでしょう。

養女の事実に気づいて以来、心の底に「私は親から必要とされていなかった存在」という孤独感がありました。そんな私の心を満たしてくれるような、ほんとうに愛してくれる人を求めて、前夫と結婚したのです。

結婚前、私を追いかけ回していた彼。それを私は、自分だけに対する特別な愛情の証と信じ込んでしまったのでした。

「いらっしゃいませ」

離婚後、子供を連れて戻った私を、養父母は黙って迎えてくれました。何のあてがあるわけでもありません。

ただ、失意のなかにも、一条の希望のようなものが胸の内に宿っていました。その一条の希望—私の心の拠りどころとの出会いは、離婚の2年前、偶然とも言えるきっかけからでした。

ある日、いきつけの美容室に行ったところ、お店が閉まっていました。

「あー休業日かあ。どうしよう。また出直すのも大変だな。うちの子が待ってるし、次いつ来られるかわからないし・・・」

CLOSEDの札を眺めながら、しばらく店の前で思案していると、前に見かけた美容室をふと思い出し、そのお店に行ってみることにしました。

「—いらっしゃいませ。こちらは初めてですか?」

雰囲気のよい店内。店長さんらしき男性が迎えてくれました。初めての店だと、なかなか思うような髪型にしてもらえないことも多いので、ちょっと不安でしたが、私の要望をよく聞いてくれ、素敵にカットしてもらえました。思いきって来てみて正解です。

すっかり気に入った私はリピーターになり、店長さんとも顔なじみになりました。

けれども、これがのちのち私の人生を大きく変えていく出会いであったとは、この時点ではまだわかりませんでした。

運命のトビラを開いて

ある日、店長さんに髪を切ってもらいながら世間話をしているうちに、いつのまにか家庭の悩みを口にしていました。

「実は夫とうまくいかなくて・・・」
「そうなんですか。それは大変ですね」

店長さんは鏡ごしに心配そうな表情を向けました。

「—あ、そうだ。そういうことなら、いい本がありますよ。よかったら読んでみますか?きっと何かしら参考になることがあると思いますよ」
「えっ、本ですか?私はちょっと・・・」

子供の世話で、毎日てんてこ舞い。ぜんぜん本を読む余裕などなさそうでした。でも、美容室から出たあとも、店長さんの言葉が気になってしかたありません。

結局、それから何日かたって、やっぱり貸してもらうことにしました。本を適当にパラパラと開いてみるうち、いつのまにかひきこまれていきました。

「夫の愛情不足を嘆く人は、あちらにもこちらにもいます。・・・女性はどうやら愛情に飢えている動物であり、愛情が与えられないと、“飢え死に”をしてしまうもののようです」『「幸福になれない」症候群』第3章

自分に語りかけてこられるような感じがして、不思議なくらい早く読み終えることができました。店長さんにお礼をいって、本を返しました。

「おもしろかったですか?まだほかにもいろいろ本があるから、貸しましょうか」

こうして私は大川隆法総裁の本を読むようになったのです。

大川総裁の話のなかには、愛についての話がたくさんあり、気になります。「与える愛」とか「奪う愛」とか、まだよくわからないながらも、ここに自分の求めているものがあるような気がします。

私は未来への期待感を抱いて、幸福の科学に入信しました。

その後、離婚など、つらい出来事もありましたが、幸福の科学と出会っていたことが、そうした日々のなかで私の心の支えとなったのです。

心のなかの変化

ある日、玄関チャイムの音がしました。

「こんにちは。私、幸福の科学の者ですが・・・」

幸福の科学に入ってしばらくして、近所の信者さんが訪ねてきてくださいました。近くで集いを開いているそうです。新たな人たちとのご縁は、私にとって、とても新鮮でした。

幸福の科学の人と出会って、私のこれまでのお付き合いとは違うと思ったのは、心を開いて何でも話し合える雰囲気があることでした。

私もみなさんと一緒に集いに参加したり、支部の活動に出たりしているうちに、だんだん新しい生活のリズムができ、気持ちにも余裕が出てきました。

ある日、支部で、ある方から、「一度、これまでの人生で、自分が人に与えた愛と、人から与えられた愛を、全部書き出して比べてみるといいですよ」とすすめられました。

私は、そのやり方をヒントに、心に引っかかっていた前夫について考えてみることにしました。彼と出会った頃からの出来事をいろいろと思い出していくうち、(彼にはけっこうお世話になってたなあ)と、あらためて思いました。

そのわりには、「してもらって当然」という思いで、ぜんぜん感謝してなかった私がいました。なぜそんな態度になってしまったのかを、さらに考えていくうち、恐ろしいことに気がつきました。

「あなたが追いかけまわしたから、私は結婚してあげたのよ」

心の底に、常にそんな思いが潜んでいたことに気づき、ゾッとしました。自分が夫に愛されることばかり考え、思い通りにならなくて苦しんでいましたが、自分から夫に何かしてあげようとは思っていませんでした。

こういうのが「愛を奪っている」ということなんだと気づき、このままではいけないと思いました。

私はさらに反省していきました。もしかしたら、前夫だけではなく、他の人にも知らないうちに「奪う愛」になっていたかもしれない—。

これからは、私も愛を与えられるような人になりたいと思いました。

新しい生活のなかで

その日以来、私は他の人の幸せを意識するようになりました。でも、思いを切り替えるというのは難しいものです。

泉からあふれ出る水のように、愛を与えられる人—そんな理想のイメージにはほど遠く、「私のことをわかってほしい」という思いが先に立ってしまいます。つい人の目を気にする自分がいました。

私は幸福の科学の活動をしたり、仲間にアドバイスをもらったりしながら、少しずつ自分を変えようと努力しました。

仲間のなかでも特にお世話になっていたのが、私に幸福の科学のことを教えてくれた美容室の店長、Sさんでした。

Sさんは私に困ったことがあると、よく相談に乗ってくれました。何より、同じ信仰を持っていることで、互いに気持ちが通じ合えるのです。子供たちもSさんと親しくなりました。

私も彼の誠実な人柄にひかれるようになり、離婚から3年後、再婚することになったのです。

その後は、初めから家族だったように自然で、みんなで車に乗ってスキーに行ったり、テーマパークで楽しんだり、温泉を巡ったり・・・わが家のアルバムに楽しい思い出が追加されるたびに、私は「幸福の科学に出会ってから、ほんとうに幸せなことが増えたなあ」という実感をかみしめました。

また、可能なかぎり幸福の科学の精舎研修にも、主人と2人で参加していきました。

前夫への反省を通してはっきりしてきたのは、私の「愛されたい」欲求は根深く、それはやはり養女という生い立ちからきているということでした。

自分の過去をしっかり見つめたい—。私は、精舎で開催されていた「両親に対する反省と感謝」研修を受けにいくことにしました。

父母の本心

養女と知った当時、私は子供心に「聞いてはいけないんだ」という気持ちがして一人で抱え込んでしまいました。それが自分の正直な気持ちにフタをしてしまった最初だったと思います。

以来、私も親類も正面からその話題を出さないながらも、話の端々にチラチラにおわせることで、いつしか暗黙の了解のようになっていったのです。こうして親類のような親きょうだいのような、微妙な感じが続いていました。

でも、私の心の影は置き去りにされたまま・・・。

研修中、「大悲(だいひ)父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)」を唱え、心を鎮めて瞑想していると、突然、心のなかにある光景が浮かんできました。田舎の家の広い座敷に寝かされている赤ちゃん—それは私でした。実の両親が私をのぞき込んでいます。

両親は顔を見合わせて、ため息をつきました。しだいに私を渡す日が近づき、どんどん無言になっていく両親。もうしばらくすると娘を手放さなければならない・・・。

寂しく悲しい気持ちになっている2人の心の内が、手にとるように感じられます。

「私のこと、いらなかったんじゃなくて、あげたくなかったんだ」

私は涙があふれ出し、嗚咽が止まらなくなりました。以前、上の姉が何気なく言っていた話の断片を急に思い出しました。

「父ちゃん、Hをあげたあと、心配でそっと東京まで見にいったんだよ。そしたらKおばさんが、Hを背負って鼻歌うたいながらおむつを洗濯していたから、安心したって」
「でもね、Hをあげたあと、父ちゃんと母ちゃんは寂しくて悲しくて、結局もう一人産んだんだよ。生まれた妹を抱いてね、『かわいかんべぇ。東京に行ったHに似てるべ』って、近所を歩いて回ってたんだよ」

早くに亡くなってしまった実父。写真でしか知らない人が、まぎれもなく私の父親であるということが、このとき初めて実感として迫ってきました。

そして実母。4人目の私を妊娠したとき、農家の嫁として朝から晩まで働きづめだっただけに、ずいぶん悩んだようです。

ある日、畑から戻った母は慌てました。高い縁側のふちで、3歳児だった長女が生まれて間もない次女を必死でつかんでいたのです。一人で床を這い出した次女が落ちかかっていたそうです。

「仕事が忙しくて、子供たちの面倒もろくにみてやれない。こんな状態で産んでもかわいそうだ。・・・いっそ子供のいない妹夫婦に預けたほうが、ずっと大切にしてくれるんじゃないか」

私を養女に出したのは、苦悩の末の決断でした。

田舎に行くと、いつも田や畑に出ていた実母。野良仕事から帰ってくると、「来たかぁ。ほら、とうもろこし茹でたぞ。食べろ」とすすめてくれました。

無口で、いつもニコニコ微笑んでいる人。親子の会話は少なかったけれど、やりとりの一つ一つがあたたかい・・・。あの母が苦しんで苦しんで、ほんとうに私のためを思って養女に出した気持ちを思うと、泣けてしかたありませんでした。

そして考えてみると、養父母も優しい人で、私を大切に育ててくれました。小さい頃、私の洋服は全部、養母のお手製でした。大好きだったキリンや馬のぬいぐるみまで作ってくれていたのです。

私は気づきました。「私は恵まれていた! 私には母が2人もいて、他の人より2倍も愛されていた」—そう思ったとき、長年ひきずっていた心のなかの影は消え、あたたかい気持ちで満たされたのです。

研修のなかで、私は実母に手紙を書きました。「お母さん」と呼ぶのは初めてです。

「お母さん、私を宿し、10カ月大切に育て、無事産んでくれてありがとう。私の幸福を願い、信じ、東京に養女に出してくれてありがとう。お母さんが私の幸せを心から願いつづけてくださったお蔭様で、今の私があります。心から感謝しています。ありがとう。—あなたの娘・Hより」

実母は80歳。帰省時には、いとおしむように2人のときを過ごしています。またこの体験を通じて、私を慈しんで育ててくれた養父母への感謝もいっそう深まりました。

魂の絆をかみしめて

再婚後、わが家はもう1人、男の子に恵まれ、4人の子供になりました。その子もいま、小学校2年生。明るく活発で、わが家のアイドル的存在です。

ほかの子供たちも主人とほんとうの親子のように暮らしているのを見ると、血の繋がりを超えた深い絆を感じるのです。

幸福の科学では、親子の魂は天上界で約束して生まれ合わせてくると学んでいます。肉体的な血縁があってもなくても、確かに魂の深い縁で結ばれている人たちがいるのだと実感しています。

最後に、幸福の科学と出会えた幸福に対し、天上界に心から感謝申し上げます。

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月刊「ヘルメス・エンゼルズ」より転載・編集
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姑との確執、夫婦の不和・・・心が通い合うまで【幸福の科学 信仰体験】

休日の午後、家族4人がそろうひととき—。
3歳になる娘のはしゃぐ姿に、日ごろ多忙な主人も目を細めています。高校生の長男も嬉しそう。
ありふれた家族の光景ですが、わが家にこの幸せがあるのは幸福の科学との出会いがあったからです。Mさん(40代・女性)
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母親から幸福の科学の信仰を受け継いだY.Sさんと、自分から信仰をつかみ青年部リーダーになったN.Kさん。お2人に、幸福の科学について語ってもらいました。(月刊「ヤング・ブッダ」第163号より転載・編集)

お話をうかがったのは……

Y.Sさん(20歳・男性・神奈川県)学生
N.Kさん(35歳・女性・東京都)主婦

どうして信者になったのか

Y.Sさん(以下、Sさん):母が古い会員で、小学校に上がるタイミングで三帰誓願したんです。信仰についてはよく分かっていませんでしたが、母親がめっちゃ楽しそうに活動する姿を見ていたし、信者の方にもすごくよくしてもらっていたので、「素敵なところだな」と思っていました。

N.Kさん(以下、Kさん):思春期のときとか、信仰への反発心が出たことは?

Sさん:おそらくなかったですね。姉が幸福の科学・学生部でリーダーをしていて、その姿にずっと憧がれていたので。Kさんはどうやって信仰に?

Kさん:私は大学生のときに、当時から付き合っていた主人に伝道されまして。特に結婚後から事あるごとに入信を勧められて、それが当時は嫌で嫌で(笑)。

だから最初は根負けして「そこまで言うなら」って、2009年に入会したんですよ。それで、「やれやれ」と思っていたら、次に三帰を勧められて「まだあるの!?」みたいな(笑)。

当時は信仰心もないし、「政治に進出なんて、大川さんは自己顕示欲が強いのかな」って思っていたので「嫌だ」って断ってたんですよ。

でも、同じ年に開催されたインテックス大阪での大講演会に、観光がてら参加して変わったんです。大川総裁が講演で、「幸福の科学が利益を得ようが得まいが、そんなことは、どうでもよいことです」「宗教家が畳(たたみ)の上で死ねるとは思っていません」とおっしゃったときに、「この人、本気なんだ」って思ったんですよ。それで「三帰しよう」って決意しました。

信者になって初めて分かったこと

Sさん:三帰する前は、ネットで教団のことを調べましたか?

Kさん:調べましたし、アンチの人が言っていることのほうを信じていました。でも入会してからはどっちか真実か分らなくなって、三帰して活動するうちに「中にいる人が言っていることが真実だ」って確信しましたね。

支部の皆さんがすごくあったかかったんですよ。それに本気で世のため人のためを思って活動されていて、その姿に感動しました。

Sさん:僕もそれは感じました。初めて学生部の合宿に行ったとき、みんな気さくに話しかけてくれるし、見た目も中身もキラキラしていて、「この人たち、多分すごい人だな」って思って、一瞬で憧れの存在になりました。やっぱり偏見って、持っちゃうものなんですかね。

Kさん:最初はありますね。でも、何の根拠もない偏見。「何となく嫌、怪しい」みたいな。ぼんやりした嫌悪感だけで、理由なんてないんですよ。マスコミが流す悪い印象に触れる機会はあるけど、いい印象に触れる機会はなかったですから。

やっぱり宗教に入ると「考え方が統一される」って思ってたんです。だけど実際は、大川総裁ほど個性を愛している方はいないっていう。

支部に行くと個性的な人で溢(あふ)れているし、大川総裁が説かれる教えも多面的なんですよね。左翼に対しても批判するだけでなくて「弱者に優しいところもある」と認めている部分もあって。教えを学ぶイコール、洗脳とは違うんですよね。

Sさん:そうですね。学生部には 二世会員が多いのですが、みんな自分の意志で「教えを学びたい」と思って来ているし、志も高いんです。

「大川総裁の教えを弘(ひろ)めたら世界平和が訪れる」と本気で思って伝道をしている。そんな、人の幸せを心から願える人たちと活動ができる幸福感は、何ものにも変えられません。

Kさん:人生観が一気に変わりますよね。大川総裁に出会ってなかったら、なんとなく日々が過ぎて人生が終わっていたと思うんです。自己中で、自分や家族が幸せならいいって。

だけど今は、見たこともない地域や国の人を思って、救済活動に参加していますから。教えのなかに「愛は、与えた人のものになる」ってあるように、活動に参加すればするほど幸せになるんですよね。

Sさん:大川総裁って、愛のかたまりのような存在だなと思います。人間の枠を超えた活動を続けているのも、全ては人類への愛ゆえなんですよね。

Kさん:愛と慈悲の神様が人間として生まれたら、こういう活動をされるんだっていうのを見せてくださっていますよね。

Sさん:これからも真実を伝えていきたいです。

Kさん:これからも皆で協力して、幸せな人を増やしましょう。

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