霊体質で悩んだ私がトップ営業マンに!【体験談】
建設会社のベテラン営業マンとして活躍するOさんは、青年時代、繰り返し起きる霊現象に悩んでいました。そんなとき、大川隆法総裁の教えに出合い、人生が大きく変わっていきました―。
(Oさん/男性/月刊「幸福の科学」第361号より転載・編集)
私は、都内の大手建設グループ会社で住宅リフォームの営業を担当しています。日々、大川隆法総裁の「心の教え」や「経営論」「仕事術」「政治提言」などを学び、仕事の指針としています。
おかげさまで、多くのお得意様や仕事仲間に恵まれ、年間ノルマを超える営業成績を上げ続けることができています。しかし、大川総裁の教えに出合う前は、他人には相談できない、大きな悩みを抱えておりました。
不可解な現象に悩む日々
事の発端は高校3年生のころ。私は大学受験で志望していたすべての大学に落ち、落胆していました。
「一生懸命勉強したのに、なんで……」
中学・高校と、生徒会長や剣道部の主将などを務め、“順風満帆”に過ごしてきた私にとって、受験の失敗は人生初の大きな挫折として心に重くのしかかりました。
(ともかく、来年の受験に備えるしかない)
浪人することを決め、予備校に通い始めましたが、うまく気持ちを切り替えられず、なかなか勉強に身が入りません。
そのころから、私の周りに不可解な現象が起き始めたのです。例えば“幻聴”です。
ある日、家にいると「小野さーん、集金です」という声が聞こえました。ところが、玄関には誰も来ていません。
(あれ? 声がしたんだけどな……)
しかし、その数分後、実際に新聞の集金係が訪れたのです。
「小野さーん、集金です」
(さっき聞いたのと全く同じ声だ!)
こうした、“未来予知”とでも言うべき現象が頻発するようになりました。
さらには「花瓶の水が、突然天井まで吹き上がる」「仏壇のろうそくの炎がいきなり火柱になり、数秒で燃え尽きる」といった“ポルターガイスト現象”が、次々と起きるように。
(一体俺はどうなってしまったんだ)
自分の意思とは関係なく、理解を超えた現象が繰り返される毎日。気持ちが滅(め)入って、寝込んでしまう日も多くなりました。
いつも鬱々(うつうつ)として引きこもっている私を、母はとても心配し、仏教系の新宗教に連れて行きました。しかし、そこでは皆、私を奇異の目で見るだけで、何の解決にもならなかったのです。
その後、知人の勧めで、天台宗系の教団で祈祷してもらい、こうした現象は少し治まったものの、“完治”には至らず、なぜこうした現象が起きるのか、どうすれば治るのか、明確な答えは得られないままでした。
そんな体験から宗教に興味を持つようになった私は、暇さえあれば書店を巡り、さまざまな宗教書を読みました。そのうち“一つの疑問”が湧いてきたのです。
(世界にはたくさんの宗教があって、どこもいいことを言ってるのに、何で互いに争い合っているんだろう?)
お世話になったお坊さんに聞いてみましたが、明確な答えは返ってきませんでした。
数々の霊現象のせいで、受験どころではなくなった私は、大学進学を諦め、大工をしていた父の仕事を手伝いながら建築の専門学校に通学。建築士の資格を取得し、23歳の4月から、都内の建設会社で働き始めました。
「やっと分かった!」
霊現象の悩みが相変わらず続いていた、社会人6年目の夏。いつものように書店の宗教書コーナーに立ち寄ると、平積みされていた『太陽の法』という書籍に目が止まり、開いてみました。
「『仏法真理(ぶっぽうしんり)』という言葉があります。仏法真理とは、仏の心、仏の掟(おきて)、仏の生命の流転する姿です」
「この『仏法真理』という名の黄金の糸は、人類史のなかで、さまざまの織物を織って、人々の心を寒さからまもってくれました。あるときは、その織物が、インドに生まれた釈迦の教えであったり、中国に生まれた孔子を中心とする儒教であったりもしました。また別の時には、イスラエルに生まれたイエス・キリストの愛の教えであったりしました」
(あ! これは―)
冒頭を読んでピンときた私は、早速購入して帰りました。
2日ほどで読み切ったとき、仏教やキリスト教、イスラム教などの開祖は、地球の至高神(しこうしん)によって遣(つか)わされた偉大な指導霊であったということや、当時の文化や環境に合わせて教えが説かれているため、その違いが、現代における宗教間の不理解や争いを生んでいることが、初めて理解できたのです。
(なるほど。こういうことだったのか)
10年近く求め続けた答えがようやく見つかり、目の前の霧が晴れるようでした。
(もっと、教えを学んでみたい!)
私は、大川総裁の書籍を次々と読み進め、半年後に入信させていただきました。
心から幸福を感じる場所
入信後、近くに住む法友(※)たちと喫茶店で会ったとき、私が霊現象に悩んでいることを打ち明けてみました。すると……。
「そういう現象が起きることはあると思う。別に、おかしいとは思わないよ」
皆、大川総裁の教えを学び、霊的存在の働きや霊現象について理解していたため、私の話を真面目に聞き、受け入れてくれたのです。
(やっと、分かってもらえた)
私はようやく「居場所」を見つけた気がして、心から安らぎを感じました。
また、大川総裁の講演会にも参加するようになりました。初めて参加したのは、1990年の3月。千葉県・幕張メッセで開催された「信仰と愛」という講演会です。
仕事を終えて駆けつけた私は、聴衆で埋め尽くされた会場の一番後ろに立ち、大川総裁の登壇を待ちました。そして……。
「信仰というものが、神へと向かう道であるならば、その信仰が本物であればあるほど、あなた方の愛は深まり、あなた方の愛は本物となってゆくはずです―」
大川総裁の力強い言魂(ことだま)に心を揺さぶられ、今まで感じたことがないほどの感動に包まれました。そして講演が終わったとき、私の体は湯気が出てくるくらいポッポッと熱くなり、幸福感に満たされていたのです。その感覚は、講演後1カ月以上も続きました。
その後も講演会には必ず参加。大川総裁の言魂を拝聴するうち、悲観的だった私が、徐々に明るく前向きな性格に変わっていきました。すると次第に“怪奇現象”も治まり、長年の悩みが解消されていったのです。
トラブルの原因に気づいて
大川総裁の教えを学び始めたころ、私は仕事の悩みも抱えていました。
当時、私の担当は、新築住宅の営業・販売。入社して間もないころは、実家が大工で建築の知識を持っていたことから、他の人より多くの受注を取り付けて最優秀新人賞を受賞するなど、仕事は順調に進んでいました。
ところが何年か経つうち、「建築確認申請がうまく進まない」「現場の職人が思うように動いてくれない」など、予想外のトラブルが続くようになったのです。納期が遅れてお客様にご迷惑をかけたり、上司から責任を問われたりすることもあり、悩みは深刻でした。
(一生懸命やっているのに……)
そんなとき、自宅の書棚にあった大川総裁の書籍『幸福への道標』を開きました。
「スランプに陥っている人間は、その特徴として、決して他人のことに力を注ごうとはしていないのです。スランプ中の人間は常に自分中心です。自己本位です。(中略)いつのまにか自己保存のままに生きている、こういう現状があるということに、まず気付かねばなりません」
(自己本位? 俺はどうだろう……)
そこで、今までの思いや行いを一つひとつ振り返ってみました。
(そういえば、先日も上司から「口調が偉そうだ」と叱られたな。ひょっとしたら、ここに俺の心境が表れているのかもしれない)
心を深く見つめるうち、入社してすぐに成功したことで有頂天になり、「もっと他人から称賛を受けたい」という自己本位の気持ちのままに、同僚や職人さんたちへの配慮を忘れていたことに気がついたのです。
(住宅の建設は、多くの人の協力があって初めてできるものだ。それなのに俺は、「自分一人が頑張ってる」と思い上がって、周りの評価ばかりを求めていた……)
考えてみれば、こうした傾向は中学・高校時代から少なからずあったと思います。
(きっと、この思いが言葉や行動に表れて、トラブルの原因を作っていたんだな。皆さんに申し訳なかった……)
心の中で、深く謝罪しました。
(よし、これからは謙虚な心で、周りの人への思いやりを持って仕事に取り組むぞ!)
その日から私は、相手の立場に立って物事を考えるように心がけました。また、発言にも気を配り、横柄(おうへい)な口調や態度になっていないかを点検していきました。
すると、私の変化に呼応するかのように、職人さんたちが快(こころよ)く動いてくださるようになり、仕事も順調に回り始めたのです。
(大川総裁の教えのおかげで、逆境を抜けられた。本当にありがたいなぁ……)
神仏の御心に適(かな)った心で仕事にあたることが、本当の幸福と成功につながるのだと実感しました。
神仏の光を届けたい
私のように、人知れず霊現象に悩んでいる方や、仕事や人生の問題に直面している方に、ぜひ幸福の科学の教えを学んでいただきたいと願っています。また、そんな思いで活動していると、不思議なことに、仕事の方も順調に進んでいくのです。本当にありがたい限りです。
今後も、一人でも多くの方に幸福な人生を歩んでいただけるよう、神仏の光を届けていきます。
※同じ教えを学ぶ真理の友。
◆この記事は、月刊「幸福の科学」第361号(2017年3月号)に掲載された体験談をもとに編集しています
憑依の原理
『神秘の法』(大川隆法 著/幸福の科学出版)第2章 憑依の原理/1 憑依現象を解明できていない現代科学より抜粋したメッセージ
西洋医学は憑依を脳の障害として捉えている
医学というものは、肉体としての人間を研究しているので、どうしても根本に唯物論的な考えがあります。それはそれで使命としてはよいのですが、憑依現象についても、「脳に何か関係がなければいけない」と考えて、「脳の作用、あるいは脳の構造上の問題である」と捉えがちです。
憑依現象を精神科の案件とした場合にも、だいたい、「脳における何らかの障害である」と考えるのです。
また、心というものについても、「脳の作用に付随して発生するものだ」と考えます。そして、「心は、脳の一種の機能として、精神作用としてあるのであって、脳のほうが、何か具合が悪くなると、精神作用のほうも歪んでくる。
それによって、『霊が見える』『霊の声が聞こえる』などと言い出したり、『自分は○○の霊だ』などと語りはじめたりする患者が出てくる」というような扱いをしています。
(中略)
昔は、法力のあるお坊さんなどが、けっこう、あちこちにいました。法力とは、いわゆる霊能力のことです。お寺のお坊さん、神社の神主さん、その他、修行を積み、法力、霊能力を持っている修行者などは、全国各地にいました。
したがって、以前であれば、霊現象が起きると、「悪霊に憑かれた」「狐か狸に憑かれた」などという話になって、その人を、そういうお坊さんなどのところへ連れていき、お祓いをしてもらい、霊を取ってもらうというかたちだったのです。
ところが、いまは、学校の教育が、宗教的なものや霊的なものを完全に外してしまっています。外すだけで、あとは何も言っていません。そのように、「取りのける」ということ、「扱わない」ということだけで、事実上、否定する効果があり、要するに、「ない」ということになってしまうのです。
現代人は、霊的なことを知識として学んだことがまったくないので、「何かに憑かれた」という発想も湧かないし、そういうことの判断もできません。そのため、本来ならば霊能者へ行くべき案件が病院に行きます。そして、病院のほうでは、原因が分からないので、「要するに脳の病気である」として、隔離してしまうのです。
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