本当の供養とは?【Q&A】
毎年、お彼岸やお盆の時期になると、故人を偲ぶ方の姿が見られます。
亡くなった方に、よりよく思いを手向けるには、どうすればいいのか――。葬儀や供養を数多く執り行ってきた、
幸福の科学の桜田大佑講師に聞きました。
Q.最近はやりの0葬や散骨で、きちんと供養できる?
A.あまりお勧めはできません。
お墓を設けない0葬や散骨では、この世から供養の光を届けるきっかけをなくしてしまいかねません。
お墓というものは、“アンテナ”のような役割を持っています。お墓があることによって、遺族は亡くなった方に思いを手向ける縁を得られ、この世から供養の思いや感謝の心を届けることができます。これがないと、この世の人とあの世の霊人の心が通じる“交差点”の部分が失われることになります。
ご遺族の負担を考えて、近年そうした葬法を選ぶ方が増えているのでしょうが、亡くなったご本人のあの世の幸福のことを考えると、あまりお勧めできません。
※0葬(ぜろそう)とは、遺族が遺骨を引き取らなくてもよいスタイルの葬儀。
※散骨(さんこつ)とは、遺骨を細かく砕いたりして、海や山へ撒く葬送の方法。
Q.お坊さんの読経は、供養にどんな効果があるの?
A.「お坊さんの悟り次第」でしょうか。
供養を辞書で調べると、「故人の霊にお供えをするなどして、冥福を祈ること」などとあります。つまり供養とは、本来あの世を前提にしたものなのです。
しかし最近、知り合いのお寺の関係者から話を聞くと、「お坊さんが寄り合いで集まって、『あの世はあるか』と議論したが、結論は『死んでみないと分からない』となった」というのです。
そんなお坊さんがいくら読経しても、故人は救われません。
故人の「冥福」を祈るなら、あの世について悟ったお坊さんでないと、“形ばかり”になってしまいます。
Q.戒名にはどんな効果があるの?
A.故人には、その意味が分からないでしょう。
仮に、あなたが今死んで、葬儀の席でお坊さんに戒名で呼びかけられたとしたら、「それが自分のことである」と分かるでしょうか。そもそも生きているときに馴染みがないため、戒名を読みあげられても、「自分のことだ」とは気づかないでしょうね。
つまり、亡くなった方にいくら立派な戒名をつけても、死後の幸福に関しては、何の意味もないことになります。
それより、「死んだあと、いかにしてあの世に還るか」ということを故人にお伝えできる供養のほうが、故人にとって意味ある供養なのではないでしょうか。
Q.いい供養のために大切なことは?
A.仏神への感謝と故人への愛、正しいあの世の知識です。
葬儀や供養とは、故人の魂があの世にスムーズに還る支援をすることです。そのためには、仏神への感謝と故人への愛に加え、「人間の本質は霊であり、『智慧』を得るために、あの世からこの世に転生輪廻をくり返している」というあの世の知識を持つことが不可欠です。
それがないと、亡くなった方のなかには、自分の死が認識できず、縁ある方に憑依して、障りを起こす場合もあります。
幸福の科学では、大川隆法総裁先生の説く世界観を背景に、故人が安らかにあの世に旅立つお手伝いと、来世の幸福を願い、葬儀や供養を執り行っています。
Q.幸福の科学の供養は、なぜいいの?
A.主エル・カンターレの光が降り注ぐからです。
幸福の科学では、「主エル・カンターレ」という、すべての宗教を束ねる根本仏を信じています。
徳島県や栃木県にある幸福の科学の霊園「来世幸福園」は、主エル・カンターレの慈悲の光が降り注ぐ、一大霊場です。
来世幸福園への納骨やお墓参り、供養や法要は仏の光が注ぐ機会となり、最高の先祖孝行になります。霊界で幸福に生きる上で大きな力になるからです。
また、霊界との交流が盛んになるお彼岸やお盆の時期、幸福の科学の供養大祭に参加されると、ご先祖への愛の思いが伝わる尊い機会となるのです。
教えてくれたのは……
幸福の科学 講師
桜田 大佑(さくらだ・だいすけ)さん
1962年生まれ。宗教法人 幸福の科学「総本山・那須精舎」部長、「来世幸福プラン」部長。
※役職等は2015年3月現在のものです
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※本内容は、隔月「ザ・伝道」第208号より転載し、編集を加えたものです。