Archive for the ‘死後・あの世への旅立ち’ Category

人間の悪夢の数だけ地獄がある

「地獄」というと昔話のように聞こえますが、実際には、現代人が行くのは現代的な地獄で、「人間が考えつくかぎりの、悪夢の数ぐらいの地獄が現実にはあります」(『地獄の方程式』より)。
一人分だけの地獄もつくれれば、数が集まれば大勢でその地獄をつくっていくのだそうです。

この記事では、『地獄の方程式』を参考に、どのような考え方を持ち続けたら地獄に行くのか、その一部をご紹介します。あなたにも、こんな気持ちは隠れていないでしょうか?

地獄チェック

□ 「あの人がこんなことを言った」など、同じことをいつまでも言い続けてしまう
□ 人の失敗を見るとほっとする
□ 社会も、家族も、すべてが自分に対して不利に見える
□ 思わず「死にたい」と言ってしまう
□ 首や肩が凝る、背中や腰が重い
□ きつい言葉や誰かを中傷する言葉が次から次に出てくる
□ 人から傷つけられそうで怖い
□ 自分が今うまくいかないのは、過去にあった嫌な出来事のせい
□ 食欲をコントロールできない
□ いつも欲しいものがたくさんあって我慢できない
□ カッとなると自分でも統制できない怒りで疲れる
□ 努力しても報われない
□ 能力や才能は遺伝子や生まれで決まっている
□ がんばらずにお金がたくさん欲しい
□ 自分はもう十分にがんばったから、もう努力しなくていい
□ 気づくと異性のことを考えている
□ モテたい、ちやほやされていたい
□ 死んだら何もなくなるから、生きている間にうまいことやればそれでいい

◆参考◆

『地獄の方程式』(大川隆法著)


地獄に堕ちるのは悪人だけではない。あなたを”悪霊”に変身させる六大煩悩とは何か
幸福の科学出版で購入する
Amazonで購入する(Kindle版電子書籍もあります)

なぜ地獄に行くのか

心のなかで思ったことまで、人生のすべてが上映される

人は死ぬと身体がなくなり、「心のなかで考えていたこと」そのものになります。あなたの心をそのまま取り出したときに、それは天国にいる心でしょうか。それとも―?
あの世の世界は、自分の心に嘘のつけない世界です。その人の容貌も、その人を取り巻く環境も、その人の心の真実の姿を正確に反映してしまうのです。

人は死ぬと、数十年生きた自分の人生をスクリーンで見せられます。先に亡くなった人々や陪審員のような人たちなど、多くの霊人たちが見ている前で、本人が忘れていることや、心のなかで思ったことまで、洗いざらい映されます。
「私はどんな人生を送ったのか。自分は何者であるのか」を徹底的に見せられ、あの世での行き先を決定するのです。

地獄とは、犯罪者だけが行く、というような場所ではありません。その人の生き様と行ったこと、心のあり方を総合的に評価され、まるで水より比重の重い物体が沈んでいくように、魂の比重が重い人が「堕ちて」いくのです。

地獄の種類

病気のときに高熱に浮かされて見る夢のなかでは、命を狙われて追いかけられたり、穴に落ちたり、事故に遭ったりすることがありますが、そうしたとき、実は地獄の世界を垣間見ているといいます。

南極や北極のように寒くて暗い寒冷地獄や、昔話に出てくるような、木の葉っぱが全部カミソリになっていて体がズタズタに切り裂かれる刀葉林(とうようりん)の地獄だけでなく、現代人が赴く地獄は現代的な姿をしています。
病院のベッドで点滴につながれ、何度も手術を繰り返され体を刻まれていく地獄や、学校の先生の姿をした鬼に何度も試験に落とされ、延々としごかれる地獄も存在します。

ご紹介する地獄一覧

等活地獄とうかつじごく
・自殺者が行く地獄
無頼漢地獄ぶらいかんじごく
餓鬼地獄がきじごく(餓鬼道)
・色情地獄(血の池地獄)
阿修羅地獄あしゅらじごく(阿修羅道、阿修羅界)
火焔地獄かえんじごく

無間地獄むけんじごく(孤独地獄、無意識界)
土中地獄どちゅうじごく
・すり鉢地獄ばちじごく
焦熱地獄しょうねつじごく炎熱地獄えんねつじごく
畜生道ちくしょうどう(畜生地獄)
黒縄地獄こくじょうじごく
阿鼻叫喚地獄あびきょうかんじごく、大阿鼻叫喚地獄

等活地獄(とうかつ・じごく)

地獄のいちばん浅いところにある、殺し合って体をバラバラにしたり、粉々にしたりする地獄です。
等活地獄に堕ちた人は、赤鬼や青鬼のような獄卒に追いかけられて、頭を鉄杖(てつじょう)や鉄棒で叩きつぶされたり、刀で体を斬られたりして、地獄のなかで「死ぬ」のですが、どこからともなく涼風がふーっと吹いてくると、死んだ人がみんな、ふわっと生き返ります。

「等活」とは文字どおり、「等しく活(生)きる」ということです。みんな等しく活(生)き返って、また殺し合いがはじまります。
等活地獄は「殺生の罪」(命を奪う罪)によって行く地獄です。人を殺めたりすることがどれほどの罪かということを教えるために、殺されては生き返るということをいつまでも繰り返します。
参考:『他力信仰について考える』『悟りに到る道』

自殺者が行く地獄

等活地獄によく似ているのが、自殺者が行く地獄です。自殺者のなかには、自分が死んだことも分からない人が大勢います。ビルから飛び降り自殺をした人であれば、死んでからもビルの屋上に上っては、何回も何回も飛び降りをしています。「自分はぐちゃぐちゃになって死んだ」と思ったのに、しばらくすると生き返るため、また屋上から飛び降りるのです。
首吊り自殺をした人であれば、死んでからも、何度も何度も首を吊っています。それでも死ねないので、今度は地上に生きている人に取り憑いて、他人に首を吊らせるようなことをします。自殺者が行く地獄では、何度も何度も、死ぬ瞬間を繰り返し体験します。
参考:『他力信仰について考える』

無頼漢地獄(ぶらいかん・じごく)

ここはまだ浅い地獄で、日没後のような薄暗い世界です。無頼漢という字のごとく、やさぐれ者たちがいます。アル中、人間として無軌道な生活や破綻状態の生活をするような人など、家庭を省みない人たちです。この地獄は、肉体的なことに関する恐怖心―いつ自分の生命が奪われるかが分からないという恐怖が支配しており、「他人はみんな自分を害そうと思っている」「自分は死ぬんじゃないか。迫害されるんじゃないか」という恐怖心を持っていた人は、この世界で、怒りに燃えた人に殺される恐怖体験を繰り返します。

『大川隆法霊言全集』第26巻(非売品)では、室町時代に生きた女性・小桜姫の言葉で、この地獄の様子が語られています。

近くには川が流れています。ちょっと悪臭のある川で、あまりいい気持ちはしません。
それもそのはず、浅瀬には人間の死体が何体も沈んでおり、なかには片手だけ虚空に伸ばしている死体もあります。

しかし、近付いてみると、この「死体だ」と思っていたものが、実はまだ水のなかでうごめいていることが分かりました。彼らはまだ生きているのです。

そうこうしているうちに、川の上流のほうから、ワーッという声が上がりました。見ると、20人ぐらいの人々が、2人の男女を追い掛けて、こちらに来ます。どうやら、橋のたもとの所で2人とも捕まり、荒縄で橋のたもとに縛り付けられてしまったようです。男も女も2人とも、擦り切れて泥まみれになった着物を一枚着たきりです。男の額の傷からは血が滴(したた)り落ちています。

と、そのとき、雷音のような声がとどろきました。追っ手のなかで、いちばん大きな男です。身長は、優に3メートルはあります。また、その腕の太いこと、小桜の太腿を2本合わせたぐらいあります。

かがり火に照らし出された男のその顔は、話に聞く赤鬼そっくりです。ないのは角ぐらいで、口からは確かに牙(きば)とおぼしきものが生えております。

この大男の号令で、川岸で5人の男どもが刀を研ぎはじめました。大きな青竜刀(せいりゅうとう)のような刀です。川でジャブジャブと刀を洗いながら、砥石で刀を研ぐのです。シャリン、シャリンという、とても嫌な金属音が、冷え冷えとした空気を通して伝わってきます。
そのかわいそうな男女は、赤鬼の奴隷のように、こき使われていたのですが、とうとう2人で逃げ出して、追い掛けてきた彼らに捕まってしまったのです。

それから、2人が青竜刀で切り刻まれて、川のなかに、死体のごとく投げ込まれたシーンは、ご想像に任せるとしましょう。

この男女は、江戸時代のころ、村の掟(おきて)に背(そむ)いて駆け落ちし、結局は心中してしまった男女だったそうです。
彼ら自身は、実際は、村人に追われて殺されたわけではありませんが、「追い掛けられて、村人に殺されるのではないか」という恐怖心でいっぱいだったために、その恐怖心が死後の世界でも続いており、こうしてまた、人殺しの好きな連中に捕まっているということでした。
参考:『悟りに到る道』『大川隆法霊言全集』第26巻(会内経典・非売品)

餓鬼地獄(がき・じごく)(餓鬼道)

現代人が非常に行きやすい地獄の一つに、「餓鬼地獄」があります。
骸骨のように手や足、顔が痩せ細り、おなかだけがポコッと出ている姿の人が大勢いるところです。

この地獄の人たちは、とにかく欲しくて欲しくてしかたがない気持ちでいっぱいです。「何かを自分に与えてほしい」という気持ちの表れで食べ物を欲しがりますが、いつまでも満たされることはありません。

おなかを空かせて岩山を這い上がり、やっと見つけたおいしそうな食べ物をいざ口に入れようとした瞬間にガスになってボッと燃え上がってしまったり、喉の渇きを我慢しながら砂漠を這い回り、やっとオアシスにたどり着いて水をガバガバッと飲もうとすると、その水が蒸発してなくなってしまったりします。

さらに、もっと気性が荒くなってくると、同じ餓鬼地獄に堕ちた他の地獄霊を食べてしまう人もいます。しかし、あの世では、実際には肉体はないので、「食べた」と思った相手がまたポコッと現れてきます。逃げられたと思って、もう一回、食べにかかっても同じで、いつまでたってもおなかは満腹になりません。

「他人からもらいたい」「人のものをパッと取っていきたい。奪いたい」という気持ちのつよかった人は、死後、このようになります。
「甘い汁を吸えるような話があったら、ガボッと噛みついて、自分のものにする」というような気持ちがあるかどうか。いつも満たされない気持ちで心が占められていないかどうか。そのような思いでいるならば、死後、餓鬼地獄に行くことになります。
参考:『発展思考』

色情地獄(しきじょう・じごく)(血の池地獄)

阿修羅地獄の近くにある「色情地獄」は、男女関係において著しく間違った生き方をした人が行くところです。
ここは有名な「血の池地獄」というところでもあり、男女の絡みを”永遠”に行っているのですが、その姿は非常に見苦しく、ぬかるんだ田んぼの泥沼のなかで、ミミズがたくさんかたまって戯れている姿に似ています。そこを「最高の世界だ」と思って生きている人たちが大勢いるのです。

浮気、不倫、三角関係や不特定多数との肉体関係などの複雑な関係をつくると、お互いに嫉妬心にあおられて心は地獄になります。ここも現代人が行きやすい地獄の一つで、男女の関係で道を踏み外す傾向が非常に強かった人が赴く世界です。

阿修羅地獄(あしゅら・じごく)(阿修羅道、阿修羅界)

人を責めさいなんだり、人の悪口ばかりを言ったりしている人が行く地獄です。

自分が不満であるために、「とにかく、悪口を言ったり、人を傷つけたりすると、スッキリする」という気持ちで悪口を言い続けているタイプの人、また、世間の悪口、政府の悪口、人の悪口を並べたて、不幸を自分以外のもののせいにして自らを正当化するような人や、言葉で人をずいぶん傷つけているようなマスコミやジャーナリズムの人もこの阿修羅地獄に行きます。

この地獄には、昔の兵士や、過去の戦争などで殺し合った人たちもたくさんいます。
ただ、現代では戦争が少なくなってきていることもあり、この地獄に堕ちた人たちは、お互いに非難合戦をしたりしています。
やがて、あの世で弓矢の使い方を覚えたりして、お互いに殺し合うようになったりしますが、ここでも、殺しても殺しても相手が死なないため、”永遠”に相手を傷つけることを繰り返しています。これを、ほとほと嫌気がさすまで続けるのです。

さらに、この地獄の現代的な変形として病院が出てくることもあります。
昔は、鬼が出てきて、地獄の釜でグツグツ煮たり、鉄棒で叩き潰したり、釘を打ち込んだりすることが多かったのですが、現代では地獄も少し変わってきていて、阿修羅界のなかに病院のようなところがあるのです。そこに運び込まれて、集中治療室のようなところへ行くと、医者や看護師が出てきます。

医者はマスクをかけていますが、口が耳まで裂けています。患者は、「やめてくれ」と言って暴れますが、ベッドに縛りつけられ、解剖されて、殺されてしまいます。
阿修羅地獄では、残忍な殺され方を繰り返し何度も体験するようになります。なぜなら、その人の心の映像において、恐怖体験のみが展開しているからです。自分が恐れるものを引き寄せて、その映像ばかりを見るのです。
参考:『発展思考』『復活の法』

火焔地獄(かえん・じごく)

阿修羅地獄で止まらず、「火焔地獄」というところまで堕ちて、毎日、炎に焼かれて、阿鼻叫喚の生活を送る人々もいます。煩悩に身を焦がした人や、怒りの炎や嫉妬の炎で、人を焼き焦がした人が行く地獄です。

短気で、すぐにカッとくる人―何かを聞くと、すぐにカッときて、逆上し、見境がつかなくなる。そして、あとで我に返ったら、いったい自分は何をしていたのか、何のために怒っていたのかがわからない―このような人が大勢います。

「自分は短気だからだ」と説明をつけているかもしれませんが、それは必ず反作用を受けるのです。怒りの炎が、その心が、他の人を傷つけ、また、自分自身の仏の子としての本質をも傷つけているのです。
参考:『宗教選択の時代』

無間地獄(むけん・じごく)(孤独地獄、無意識界)

人の悪口を言う人たちのなかでも、極端に指導力のある人が行く地獄です。
言論人や思想家、先生、教祖など、大きな力を持って人々に影響を与えているような人、思想的に、あるいは宗教的に人々を間違わせ、狂わせた人々は、阿修羅地獄では止まらず、もっと下に行きます。地下一階ではなく、地下二階、地下三階と、もっと深いところに行くのです。そこは、「無間地獄」と言われる、非常に深い地獄です。独りきりになって、他の人と全然会わないようなところに隔離されるのです。

霊の世界は、殺人などの肉体的な間違いや物質関係での間違いよりも、「人の心を狂わせる」という罪を最大の罪としています。なぜなら、こういう人は、あまりに危険すぎるからです。

人々を扇動し始めるようになると、周りへの悪影響が大きいので、そういう人は、もっと深い地獄にストーンと堕ちていくのです。それだけ魂の比重が重いとも言えます。
さらに、主として無間地獄を中心に発生した、魔界というものがあります。これは、地獄の魔王たち、サタンたちが住んでいる世界です。地獄霊のなかで親分格の霊たちであり、地上で言えば、やくざの親分のような存在です。
参考:『発展思考』『幸福の科学とは何か』

土中地獄(どちゅう・じごく)

「土中地獄」は、その名のとおり、土のなかの真っ暗闇のなかに閉じ込められたまま、息も絶え絶えで窒息しかかった人が苦しんでいる地獄です。
モグラと同じように一人ひとりが自分の穴を持っており、互いの姿を見ることができません。目の前の、わずか1メートルぐらいの空間のなかで、息をしたり、手で土を掘ったりしていますが、穴が狭いため、向きを変えることもできず、足も膝を突いたままです。

土中地獄には現代のサラリーマンが多く、ネクタイ姿で白いワイシャツを着た人が真っ暗な穴蔵(あなぐら)で悶(もだ)え苦しんでいますが、それは「独りっきりにしてほしい」と心から願っているからです。
「職場では、面従腹背のイエスマン。残業や、度重なる出張、単身赴任などで、家庭は、まるで氷のようで、妻や子とも口もきかない」という長年の生活に疲れ果て、「嫌な上役や部下から逃れたい」「誰とも口をききたくない」「誰もいない暗闇でじっとしていたい」という気持ちでいっぱいの人々なのです。
自分の心が、本当は自由自在であることに気づき、独りで悩んでいることのばかばかしさに気づくまで、ここを出ることはありません。
参考:『大川隆法霊言全集』第26巻(非売品)

すり鉢地獄(すりばち・じごく)

直径100メートルはあろうかという阿蘇山の火口のような、大きなすり鉢状の穴がある地獄です。
すり鉢の底では熱湯が煮えたぎっており、ときおり、硫黄臭い煙が中央から立ち昇ってきます。溶岩がふつふつと湧いているようにも見えます。

すり鉢地獄では、何千人もの人が、まるで蟻のように群れを成して、この巨大なすり鉢から逃げ出そうとして崖をよじ登っているのですが、「われ先に」と思っている人ばかりで、自分の上をよじ登っている人の足首を握っては、引きずり下ろしています。

永遠にそれを繰り返しているので、いつまでたっても、一人もそこから抜け出すことができず、岩肌を石と共に、ごろごろと転落していきます。崖の傾斜そのものは、それほど急でもなく、みなで助け合えば、次々とこのすり鉢から逃れることができるのに、その「助け合う」ということが、何十年、何百年たっても分からないのです。

この地獄にいるのは、生きていたときに、愛もなく他人を蹴落としてきたエゴイストたちです。大会社の重役風の人や、学者風のインテリ顔をした人たちなど、受験戦争や出世競争で他人を情け容赦なく蹴落としてきた人たちが、そのツケをここで払っているのです。
参考:『大川隆法霊言全集』第26巻(非売品)

焦熱地獄、炎熱地獄(しょうねつ・じごく、えんねつ・じごく)

読んで字のごとく、この地獄では、大変な高熱で人々の肉体(と思われているもの)が焼けただれています。
火山の火口のようなところから硫黄の熱風が吹き上げ、とにかく熱くて熱くて、じりじりと焼き殺されるような地獄です。さらにすごい「大焦熱地獄」もあります。ゆらゆらと陽炎(かげろう)の立ち昇る砂漠を、腰に布一枚を巻いただけで、やせて骨ばかりのようになった男女が、水を求めてさまよっています。

この地獄を特色づけているものは、「渇望」という言葉です。人々に与えることを忘れて、「あれが欲しい」「これを手に入れたい」と、山のような欲望に振り回されて、求めることばかり考えて人生を送ってきた人々が行く世界です。物欲が強く、常に不足と不満ばかりを心に思って生きてきた人々の心が、「熱風の吹き付ける灼熱の砂漠」という心的風景をつくり出しているのです。
『大川隆法霊言全集』第26巻

畜生道(ちくしょう・どう)(畜生地獄)

ここにいる人たちは、もはや人間の姿をしていません。顔だけは人間で、体は、馬であったり、牛であったり、鳥であったり、蛇であったり、豚であったりと、さまざまです。

それぞれ自分の心性に合った動物の姿をしています。なかには、空を飛ぶコウモリのようになって、洞穴に逆さにぶら下がっている人もいます。猜疑心の強い人は蛇のような姿、欲望を抑えきれない人は犬のような姿、人を騙しつづけてきた人は狐のような姿になって、畜生地獄をつくっているのです。

ここにいるのは、「心のなかは外からは見えないから、どのような思いを持っていてもかまわない」と思って生きていた人々です。肉体を持っていたとき、その心が透き通しで、何もかも見通されてしまったならば、恥ずかしくて、とても人前には出られないような生き方をしていた人たちは、あの世の世界に還ると、心のなかをすべて見られてしまい、また、自分の心のままの姿になるということを知って、がく然とするのです。

そして、彼らの大部分は、何百年もこの地獄にいるうちに、自分をその動物そのものだと思い込んでしまいます。これが、実は、「動物霊の憑依」と言われている事実の真相なのです。
自分を蛇だと思い込んでいる地獄霊、自分を狐だと思い込んでいる地獄霊が、生きている人間に憑依しては、人間を苦しめているのです。霊能者が「現象」を行うときに、蛇のように身をくねらせる霊や、狐のまねをする霊が人間の言葉でしゃべったりするのは、それが、ほとんど、畜生地獄に堕ちた人間霊だからです。
参考:『永遠の法』『大川隆法霊言全集』第26巻(非売品)

黒縄地獄(こくじょう・じごく)

深いところにある地獄に、「黒縄地獄」というところがあります。
ここでは、焼けた鉄板のようなところに寝かされて、焼けた鉄のような黒い縄で印をつけられるのです。四方に刻みをつけられて、そしてそのとおりに、焼けるなかで体を切られていくのです。

黒い縄を使うのが昔からの伝統的なやり方だったのですが、最近は近代的になってきていて、外科医の病院の手術台のようなものが、かなり出てきはじめています。そして、天井からもまた熱い鉄のロープのようなものがぶら下がっていて、熱風が吹くたびに体のいろいろなところに焼きつける、そのような地獄です。

阿鼻叫喚地獄、大阿鼻共感地獄(あびきょうかん・じごく)

さらに深いところにある地獄として、「阿鼻叫喚地獄」があります。阿鼻叫喚、つまり泣き叫ぶような非常に苦しい地獄です。
この阿鼻叫喚にも程度があって、「阿鼻叫喚地獄」と「大阿鼻叫喚地獄」というところがあります。

大阿鼻叫喚地獄に堕ちる人で典型的なのは「五逆の罪」を犯した人です。「五逆」とは次の五つです。
一、父殺し。
二、母殺し。
三、阿羅漢以上の資格を持ったお坊さん、キリスト教的にはシスターや神父など、仏神に近いところをめざして修行している僧侶を殺すこと。
四、仏陀を傷つけること。
五、仏陀のつくった教団を混乱に陥れること(これを犯した場合を「和合僧破壊の罪」と言います)。
この五つの罪のどれかを犯した者は、大阿鼻叫喚地獄に堕ちるのです。

これ以外にも、修行者でありながら盗みをしたり、修行者でありながら強盗や強姦のようなことをしたり、修行者でありながら、自分が悟っていないのに悟ったと称して人びとを惑わしたような者もここに入ります。
こうした非常に深い罪を犯した者が、大阿鼻叫喚地獄というところに入ります。ここに入った人は千年以上は絶対に出てこられません。

そこでは、ありとあらゆる地獄の苦しみがあります。そこに入った人というのは、生皮を剥がされ、その後、焼けた土の上に寝かされて、燃えるような、銅や鉄を熔かしたようなものを体の上にかけられているのです。

その後、金鋏(かなばさみ)のようなもので口を開けられ、そのなかに、またドロドロに熔けた銅のようなものを流し込まれ、それが肛門のほうから出てくるという、こんな恐ろしい苦しみを味わっている人もいます。
過去、宗教を迫害してめちゃめちゃにしたような人たちが、そのような罪のなかに置かれています。こういう地獄が、深いところにあるのです。
参考:『悟りに到る道』

地獄に堕ちないために今からできること

死んだら終わりだ、死んだら無になる、などと言うのは簡単ですが、果たしてそれは本当でしょうか?
実は、地獄にいる多くの人は、自分が地獄にいるとは思っていません。

現代は、死後の世界を信じていない人や、死んだらどうなるか知らない人がほとんどなので、「自分には意識があるから、まだ生きている。ちょっと変な場所に来てしまっただけだ」と、死んでいることにすら気づいていないのです。

『あなたの知らない地獄の話』(大川隆法著)では、「もしも」死後の世界があったときに「知らなかった」では済まされない、驚きの事実が書かれています。
この世で役に立つ知識はいろいろありますが、「死んでから」役に立つ知識を、あなたはどれだけ知っていますか?

「死後の世界はないと思う」と考えている方でも、「もしも」死後の世界があった場合に後悔することがないように。どうか死後の世界と、地獄に落ちない生き方について知っていただきたいと思います。

“本書は、できるだけ各人に一冊は自分の繰り返し読むべき本として、身近に備えておいてほしい”(まえがきより)

『あなたの知らない地獄の話。』(大川隆法 著)


9つの地獄界―その最新事情&脱出法を解説
▽孤独なサラリーマンが行く「土中地獄」
▽現代にできた「テロ地獄」
▽子供たちの「受験・餓鬼地獄」
▽欲望のままに生きた人の「畜生地獄」

死んでから後悔しますか?
生きているうちに対処しますか?

幸福の科学出版で購入する
Amazonで購入するKindle版電子書籍もあります)

関連記事

人は死んだらどうなる?驚きの真実 【霊的世界のほんとうの話】《動画あり》

Q.人は死ぬとどこに行くのですか?A. 四十九日ぐらいであの世に行き、生前の反省をします。死者の霊は、四十九日ぐらいまでに…
> 続きを読む

地獄に堕ちる人の特徴【霊的世界のほんとうの話】

Q. どんな人が地獄に堕ちるのですか? A.地獄に堕ちる原因のほとんどは、「貪・瞋・癡(とん・じん・ち)」という「心の三毒」です。「貪」とは…
> 続きを読む

天国に還るための条件【霊的世界のほんとうの話】

Q.どうしたら天国に還れますか? A.天国に住む人たちの特徴を一言で言えば、天真爛漫だということです。人に優しく、自分をよくしていこうと…
> 続きを読む

なぜ地獄は存在するのか【霊的世界のほんとうの話】

Q. なぜ地獄があるのですか? A.その人の「心の波長」が地獄に合っているからです。罰のためだけに地獄があるわけでは…
> 続きを読む

誰にも必ずこの世を去る瞬間が訪れます。その時、私たちは、どんな体験をするのでしょう?突然の心臓発作で亡くなってしまった方のケースから、「人は、死んだらどうなるのか」を学んでみましょう。

1 肉体から魂が抜け出す

心臓が停止して亡くなった後に、肉体に宿っていた魂が抜け出します。魂(霊)になると、周りの人に話しかけても通じません。初七日(しょなのか)のころまでは、戸惑いながらも、自分の葬儀や家族の様子などを見て過ごします。

【霊子線】

肉体と魂をつなぐもので、心臓停止から一日ほどで切れます。霊子線が切れたときが人間の本当の死。もう肉体には戻れません。

死後一週間以内に、先に亡くなった両親や兄弟など、縁ある方が迎えに来てくれます。

魂やあの世を信じていないと、自分が死んだことに気づかず、この世をさまよい続けることも……。

2 三途の川を渡ってあの世へ

導きの霊に連れられて、あの世の入口に来ます。そこには、昔から言われている、有名な「三途の川」が。川面(かわも)を飛んで渡る人、舟で渡る人、泳いで渡る人など、その人の心境に応じてさまざまなスタイルで渡ります。三途の川の渡り方でその後のコースのよしあしが予想できるのです。

正しい心で生きていた人は、川の上をスーッと渡ったり、橋が架(か)かってその上を渡ったりできます。

お金や地位などに執着がある人は、溺(おぼ)れながら渡ります。そのとき、”執着の象徴”である、お札や名刺などを落としていかなければいけません。

3 自分の人生を見せられる

三途の川を渡ってしばらく行くと“映画館”があり、ここではなんと”自分の一生”が上映されます。生前の行いだけでなく、思ったことまで全部公開され、その内容に応じて天国行きか地獄行きかが判定されることに。観客席にはイクゾーさんとご縁のある霊人が集まっています。

生前、清らかな心を保ち、人のために生きた人は、多くの人に祝福され、天国に還(かえ)れます。

身勝手に生きたり、他人を苦しめたりした人は、地獄に赴(おもむ)き、反省が終わるまで天国に還れません。

書籍で学ぶ人は死んだらどうなるのか

『信仰の法』(大川隆法 著/幸福の科学出版)「第3章 未来への扉 4 あなたの未来、死んだあとはどうなるのか?」より抜粋したメッセージ

天国・地獄を知れば、ライフスタイルが変わる

もし、あの世があるならば、この世でどのように生きなければならないかをあらかじめ決められることになるし、その”予習”もできることになります。

また、「死ぬまでの間、後悔しない生き方とは何か」という問いに対し、自分で答えが出せるということでもあるのです。
                   (大川隆法 著『信仰の法』より)

人はなぜ生まれてくるのか。人は死んだらどこに行くのか。
こうした根源的な問いに答えることこそ、宗教の大きな使命であると幸福の科学は考えます。
霊的な真実を知ることで、人生は大きく変わります。このサイトでは様々なテーマで霊的真実をお伝えしています。

関連動画

関連記事

人は死んだらどうなる?驚きの真実 【霊的世界のほんとうの話】《動画あり》

Q.人は死んだら、どうなるのですか?A. 自分が死んだことを自覚できない人がほとんどです。私たちは肉体の死によって滅んでしまうわけではありません。肉体には魂が宿っており、死後は、その魂が肉体から離れ、あの世へと旅立っていくわけです。ところが、通常、自分が死んだことがなかなか分からないのです。…
> 続きを読む

【イラスト付】< 3分で分かるあの世ガイド!! >「人は死んだらどうなるの?」

ebookで読む

どんな人でも、死んだら絶対「霊」になる
故人の霊は、「四十九日(しじゅうくにち)」をこう過ごす
「あの世」と言っても、いろんな世界がある
天国に還れるような生き方をしよう

死ぬと人はどこに行くの?【霊的世界のほんとうの話】

Q.人は死ぬとどこに行くのですか?A. 四十九日ぐらいであの世に行き、生前の反省をします。死者の霊は、四十九日ぐらいまでには、この世を去らなければいけません。ほんとうは、死後二十一日ぐらい、三週間ぐらいしたら、もう、この世で、あまりうろうろしていてはいけないことになっています。長く見ても四十九日…
> 続きを読む

自殺した人の魂はどこへ行くのか【霊的世界のほんとうの話】

Q. 自殺した人は、死後、どうなりますか? A.地縛霊になるか、地獄に行くことがほとんどです。答えは、「100パーセント、地獄へ行く」ということはなく、「地獄、もしくは地獄以前の段階にいることが多い」ということです。なかには地獄まで行っている人もいますが、…
> 続きを読む

天国から地獄まで「あの世」を実体験、臨死体験で死ぬのが怖くなくなった【体験談】

瀕死の状態のときに起こった不思議な体験。意識を失くした体から魂が抜け出し、「あの世」の世界を見て、再び「この世」に戻ってくる、「臨死体験」と呼ばれる出来事です。ある男性が実際に経験した…
> 続きを読む

「くも膜下(まくか)出血で倒れ、死後の世界を見てきました」【臨死体験者インタビュー】

「人は死んだらどうなるのか?」という問いは、誰しも抱いたことがあるのではないでしょうか。その問いに答えを与えてくれるのが、「死後の世界を見た」という数多くの臨死体験者たちの証言です。そうした体験者の1人で…
> 続きを読む

人は死んだらどうなるの?~スピリチュアル・ツアー☆霊界編~【天使のモーニングコール】

全ての人にいつか必ず訪れる、「死」の瞬間。「嫌だな。怖いな。」と思っている方も多いと思います。「人は死んだらどうなるの?」という問いは、誰もが抱いたことがあるのではないでしょうか。幸福の科学の仏法真理では、…
> 続きを読む

誰もがいつかは迎える死の瞬間。
そのとき、人はどんな体験をするのでしょうか。


ご臨終を迎えたあるおじいさんを例に、「死んだらどうなるのか?」を一緒にたどってみましょう。

(1)心肺(しんぱい)停止

  (医学的死)

心臓が止まり、肉体が死ぬと、魂は肉体を抜け出し、多くの場合、天井のあたりから自分の肉体を見下ろします。この段階では、魂と肉体をつなぐ「霊子線(れいしせん)」がつながっており、魂は肉体の痛みなどを、まだ感じています。

(2)通夜(つや)

通夜式が、通常、死後一日置いて行われるのは、魂と肉体をつなぐ「霊子線」が切れるのを待つためです。死んですぐ荼毘(だび)に付すと、魂と肉体がまだつながっているため、魂は苦しみ、安らかにあの世に旅立てません。


(3)葬儀

葬儀は単なる儀式ではなく、亡くなった方の魂が自分の死を悟り、この世や家族への執着を断って、あの世への旅立ちの必要性に気づく機会です。僧侶の読経は、本来、亡くなった方にそのことを悟らしめるために行われるべきものです。


(4)初七日~四十九日

魂は、死後、七日間くらいは自宅周辺にとどまっていますが、死後、四十九日ほどたつと、「導きの霊」などに、あの世へ旅立つことを本格的に促されます。魂が安らかにあの世へ旅立てるように、「初七日」や「四十九日」などの節目で法要を行うのです。


(5)埋葬

昨今、「散骨」や「樹木葬」などが流行っていますが、お墓は、死後、自分が死んだと分からずに迷っている魂に、死を悟らしめる縁(よすが)となります。また、遺された人々が、故人に供養の心を手向けるときの、「アンテナ」のような役割もあります。お墓をつくり埋葬することは、大切なことなのです。


(6)お盆、その他の供養

お盆になると、先祖供養が盛んに行われます。お盆の時期には、霊界と地上との交流が盛んになり、「地獄の門が開く」とも言われています。また、新盆(にいぼん。死後、初めてのお盆)を過ぎても、ときどき、先祖を供養することで、天国に還った霊人はもちろん、地獄に墜ちた方にも、光を手向けることができます。

(※ただし、供養する側の悟りが低いと、死後、迷っている霊の悪しき影響を受けることもあります。まず供養する側が、あの世の知識を学び、心の修行を重ねていることが大切です。)

書籍で学ぶ人は死んだらどうなるのか

『正しい供養 まちがった供養』(大川隆法 著/幸福の科学出版)「第1章 あの世への旅立ち 3 人は死んだらどうなるのか」より抜粋したメッセージ

魂が肉体から離れるまでの様子

普通の場合、魂が肉体から離れるまでに、だいたい一日から二日近くかかります。通夜という習慣があり、この通夜の期間を過ごしてからでないと、火葬場で肉体を焼かないようになっていますが、なぜかというと、まだ魂が肉体から離れていないからです。

伝統的に、「魂が離れていない間は肉体を焼いてはいけない」ということが知られているのです。やがて、セミが殻を脱ぐようなかたちで、魂は次第しだいに肉体から遊離していきます。

まず、魂の上半身の部分が起きてきます。そのあと、魂全体が体から浮いて出てきて、スーッと空中に浮き上がります。

このときに、魂と肉体は、頭の部分から出た一本の線でつながっています。「霊子線(シルバー・コード)」という線です。これがつながっているうちは、まだ完全な死ではないのです。これが、やがてプチッと切れます。それが切れたときに、「完全に死んだ」というかたちになります。

そのあと、しばらくは、自分の通夜や葬式が営まれているところ、それから、自分が火葬場で焼かれているところを、自分で見ることになります。そして、「葬式で飾られている写真を見たら、なんと、私の写真が飾られている」ということで、「どうやら、私は死んだらしい」と悟るわけです。

また、各人には守護霊というものがいて、そのころに、この守護霊が迎えに来ます。人間が死ぬときには、守護霊が迎えに来て、「あなたは、実際は死んだのだ」ということと、「地上への執着を去らなければいけない」ということを懇々と教えてくれ、それから、その人が行くべき場所に連れていってくれます。そのような導きがあるのです。

人はなぜ生まれてくるのか。人は死んだらどこに行くのか。
こうした根源的な問いに答えることこそ、宗教の大きな使命であると幸福の科学は考えます。
霊的な真実を知ることで、人生は大きく変わります。このサイトでは様々なテーマで霊的真実をお伝えしています。

関連動画

関連記事

人は死んだらどうなる?驚きの真実 【霊的世界のほんとうの話】《動画あり》

Q.人は死んだら、どうなるのですか?A. 自分が死んだことを自覚できない人がほとんどです。私たちは肉体の死によって滅んでしまうわけではありません。肉体には魂が宿っており、死後は、その魂が肉体から離れ、あの世へと旅立っていくわけです。ところが、通常、自分が死んだことがなかなか分からないのです。…
> 続きを読む

【イラスト付】< 3分で分かるあの世ガイド!! >「人は死んだらどうなるの?」

ebookで読む

どんな人でも、死んだら絶対「霊」になる
故人の霊は、「四十九日(しじゅうくにち)」をこう過ごす
「あの世」と言っても、いろんな世界がある
天国に還れるような生き方をしよう

死ぬと人はどこに行くの?【霊的世界のほんとうの話】

Q.人は死ぬとどこに行くのですか?A. 四十九日ぐらいであの世に行き、生前の反省をします。死者の霊は、四十九日ぐらいまでには、この世を去らなければいけません。ほんとうは、死後二十一日ぐらい、三週間ぐらいしたら、もう、この世で、あまりうろうろしていてはいけないことになっています。長く見ても四十九日…
> 続きを読む

自殺した人の魂はどこへ行くのか【霊的世界のほんとうの話】

Q. 自殺した人は、死後、どうなりますか? A.地縛霊になるか、地獄に行くことがほとんどです。答えは、「100パーセント、地獄へ行く」ということはなく、「地獄、もしくは地獄以前の段階にいることが多い」ということです。なかには地獄まで行っている人もいますが、…
> 続きを読む

天国から地獄まで「あの世」を実体験、臨死体験で死ぬのが怖くなくなった【体験談】

瀕死の状態のときに起こった不思議な体験。意識を失くした体から魂が抜け出し、「あの世」の世界を見て、再び「この世」に戻ってくる、「臨死体験」と呼ばれる出来事です。ある男性が実際に経験した…
> 続きを読む

「くも膜下(まくか)出血で倒れ、死後の世界を見てきました」【臨死体験者インタビュー】

「人は死んだらどうなるのか?」という問いは、誰しも抱いたことがあるのではないでしょうか。その問いに答えを与えてくれるのが、「死後の世界を見た」という数多くの臨死体験者たちの証言です。そうした体験者の1人で…
> 続きを読む

人は死んだらどうなるの?~スピリチュアル・ツアー☆霊界編~【天使のモーニングコール】

全ての人にいつか必ず訪れる、「死」の瞬間。「嫌だな。怖いな。」と思っている方も多いと思います。「人は死んだらどうなるの?」という問いは、誰もが抱いたことがあるのではないでしょうか。幸福の科学の仏法真理では、…
> 続きを読む

Q.先祖の「祟(たた)り」や「障(さわ)り」はありますか?

A.先祖の霊による障りは「波長同通(はちょうどうつう)の法則」で起こります。

生きている人に先祖と同じ特徴が出てきたら「先祖の霊が来ている」かも!?

たとえば、「お父さんは、生前、酒乱で、アルコールが入るとおかしくなり、大暴れをして、家のものを壊したり、刃物を持って人を追いかけたりするようなことばかりしていた。

その子供は、そんなことはなかったのに、お父さんが死んで、しばらくすると、まったく同じようなことをし始めた。お酒を飲んでは、お父さんと同じようなことを言ったり、暴れたりするようになった」などということであれば、死んだお父さんが迷って来ているのは、ほぼ間違いないのです。

それから、お父さん、おじいさんあたり、あるいは、お母さん、おばあさんあたりの先祖が、色情面で非常に大きな問題があった場合、すなわち、男女の愛憎劇で、いろいろと地獄をつくり、家族に迷惑をかけたような場合に、その人が亡くなってから、しばらくして、その子供たち、娘や息子たちが、また同じような色情問題をたくさん起こし、家庭を崩壊させ、愛憎劇を繰り返すようなことがあります。

そういう場合は、確かに、よく言われるとおり、「障りがある」ということです。成仏していない先祖の霊が障っているのは間違いないのです。

交通事故で亡くなった父親を連れていた女性の例

先祖の「祟り」や「障り」はありますか?

私(大川隆法総裁)は、霊的能力に目覚めたあと、二十代後半のころに、ある若い女性と面談をしたことがあります。

その人は、「5年ぐらい前に父親が交通事故で亡くなった」という話をしていたのですが、しばらくすると、私には、その女性の後ろに背後霊となって憑いている、そのお父さんの姿が視(み)えてきました。

そのあと、お父さんの霊が私のほうに来たので、1時間ぐらい話をして、ずいぶん説得をしましたが、その人は、交通事故で死んだときのまま、七転八倒の苦しみの状態にあったのです。

こういう霊が憑いていたら、娘のほうは大変です。まともな人生を生きるのは難しくなるでしょう。

その女性は霊能者ではないので、ストレートには伝わらないからまだいいようなものの、そのように、七転八倒しているお父さんが後頭部にベターッと張りついていて、それを連れて歩いていたのでは、人に対して何となく嫌な感じを与えるでしょうし、インスピレーションも悪いでしょう。そのため、やはり不幸になっていくだろうと思います。

私は、その亡くなったお父さんと話をしたわけですが、交通事故で死ぬときは、一瞬のことなので、心の準備ができていないのです。家族がその後どうするかも、まったく考えていないし、職業も、まだ途中です。そういう、まったく心の準備ができていない状態で、いきなり死んだわけです。そして、頭が割れて出血し、血がたくさん流れていて、「苦しい、苦しい。助けてくれ」という状態のまま、5年もたっているのです。

「真実」を知らないと肉体がなくなっても体の痛みが続く

幸福の科学の真理を学んでいる人は、「死んで霊になったら、そんなに痛いわけもないし、血も出るわけがない」と思うでしょう。

しかし、「この肉体が自分だ」と、百パーセント信じている人の場合は、交通事故でダンプカーにはねられたりしたら、そのときの、体がぐしゃぐしゃになって血が流れている状態を、「自分だ」と、百パーセント思ってしまうのです。 

病気や事故などで死んだ人は、死後も、その状態で止まっていて、まだ重体だったりします。頭が割れている状態や、怪我をして、どくどくと血が出ている状態、あるいは、激しい痛みが襲ってくる状態などが続いているのです。

例えば、胃ガンで亡くなった人は、肉体はもう火葬場で焼かれていて存在しないのですから、胃が痛むはずはありません。ところが、死んで何年もたっているのに、その胃ガンの痛みが、まだ、ずっと続いていたりします。

それから、心臓が苦しくて死んだ人も、もう肉体は火葬場で焼かれていて存在しないのに、まだ、「心臓が苦しい、苦しい」と、ハアハア言っていたりします。こうした人は、心の領域が耕されておらず、医者が言うとおりに、頭脳と神経によって精神が発生するように思っていたのです。

「取り憑かれる者」と「取り憑く者」の思いが通じている

このように、先祖が地獄で迷っている場合もありますし、先祖の霊が子孫に憑依していることもあります。現実に、そういうことを私は数多く見てきました。

しかしながら、霊界には「波長同通の法則」というものがあって、「取り憑かれる者」と「取り憑く者」とは思いが通じているのです。そうでなければ、憑依霊は地上の人に憑いていられません。憑依霊が長く憑いていられるのは、両者の心の思いが似ているからなのです。

たとえば、この世に生きている人が、誰かを強く恨んだり憎んだりする気持ちを持っているとします。その場合、あの世の地獄界に堕ち、人を恨んだり憎んだり怒ったりしている先祖がいれば、両者の波長が通じてしまいます。

そうすると、子孫がその思いを持ち続けるかぎり、先祖は、いつまででも憑依することができ、憑依された人の運命を悪くしていきます。その人を病気にしたり、事業を成功させなかったり、間違った判断をさせたりできるのです。

そういう意味では、「先祖が迷っていて、子孫を苦しませる」という現象が、あることはあります。しかし、その場合であっても、「まず子孫の側が自分自身の心を正すことが大事である」と言っておきたいのです。

併せてこちらも、ご覧下さい。
【霊的世界のほんとうの話】 
 憑依・お祓い
 死後・あの世への旅立ち

入会のご案内

幸福の科学の会員(信者)になりたい方へ、入会方法をご案内いたします。
会員には「入会者」と「三帰誓願者(三帰者)」の2種類がございます。
入会されると、精舎研修への参加をはじめ、会員限定経典が拝受できるほか、さまざまな行事や活動などに参加できます。

三帰誓願をご希望の方は、お近くの幸福の科学までご連絡ください。三帰誓願式をお受けいただけます。

参考文献:『正しい供養 まちがった供養』

人はなぜ生まれてくるのか。人は死んだらどこに行くのか。
こうした根源的な問いに答えることこそ、宗教の大きな使命であると幸福の科学は考えます。
霊的な真実を知ることで、人生は大きく変わります。このサイトでは様々なテーマで霊的真実をお伝えしています。

カテゴリー
QRコード
携帯QRコード
幸福の科学リンクバナー

幸福実現党公式ホームページ

幸福の科学学園

精舎サイト「精舎へ行こう」ポータルサイトへ

幸福の科学出版

幸福の科学のラジオ番組 天使のモーニングコール

WITH YOU