Archive for the ‘体験談’ Category

母親が膠原病(こうげんびょう)に罹(かか)ったことを機に、冷え切っていた両親との関係を見直していったSさん。病気平癒(びょうきへいゆ)までの、心の軌跡をたどります。
Y・Sさん(神奈川県・30代・男性)
月刊「幸福の科学」376号より転載・編集

体験談原因不明の病・膠原病に侵され、絶望する母。しかし、息子の愛が奇跡を呼んだ—。

母からの突然の電話

2016年の3月。仕事中に突然、疎遠になっていた郷里の母から電話がかかってきました。母はしくしくと泣いていました。
「あのね、膠原病という病気になって…」

「膠原病?…今、仕事中だから」

母の話が要領を得ず、仕事中で忙しかったこともあり、私はすぐに電話を切ってしまいました。その後、山口の実家の近くに住む姉に電話をすると、看護師である姉は、膠原病は自分の免疫(めんえき)を攻撃する病気で、治る見込みがほとんどないことを説明してくれました。

「これから、長い闘(たたか)いになるだろうね。覚悟しないといけないかもね」

母は医師から「この病気は治ることはない」と言われ、絶望しながら関節の痛みに耐えているとのこと。

(きっと薬じゃ治らないだろうな…)

私は幸福の科学で「病気の原因は心にある」と学んでいたため、病気を根本的に治すには、母がこの教えを学んで心のあり方を変える必要があると思いました。

しかし、母に教えを伝えるのは気が重いことでした。なぜなら母は、私が信仰を持つことに猛反対していたからです。

私は大学時代に大川隆法総裁の書籍を読み、感動して信者になりました。教えを学ぶにつれ、自己中心的だった自分が謙虚になり、怒らなくなりましたし、探し求めていた生き方が見つかり、確かな幸福をつかんだのです。

そこで両親に、幸福の科学の話をすると…。

「そんなもん信じたって意味がない!」
「洗脳されてるんだ!」

父も母も激しく罵(ののし)り、聞く耳を持ってくれません。その後、同じ信仰を持つMとの結婚を決めたときにも反対されました。

(もういいや。どうせ分からんだろ)

私は両親との関係に疲れて、実家と距離を置くようになっていったのです。

「愛」を学んでいるのに…

しかし病気になったと聞いた以上、もう一度伝えてみようかと思い、電話をかけました。

「おかん、病気は治るんよ。心の力で…」
「そんなことないでしょ。あり得ない」

母は、相変わらず話を聞いてくれず、病気のつらさを訴えて泣いていました。

(だったら、話を聞いてくれればいいのに)

そんな母に、妻は見舞いの手紙を書いたり、大川総裁の書籍や幸福の科学の映画のチケットを送ったりしていました。

「お義母(かあ)さんの病気が、治るきっかけになるかもしれないから」

あれほど否定されながらも、母のためを思ってくれる妻の姿を見て、私はなんだか恥ずかしくなりました。
幸福の科学で「愛」の大切さを学んでいるのに、私は自分の親に
対して、「愛」どころか、興味も関心も薄かったのです

(そういえば俺は、昔から親と関わるのを避けてきたし、実家のことに無関心だった。お互いの仲も冷え切ってたな…)

私にとって、実家の思い出は幸福なものではありませんでした。私が幼いころから、父は、お酒が入ると母に暴言を吐き、灰皿や茶碗を投げつけていました。
母は父に反発して、2人で毎週のように大ゲンカ。さらに、家計は厳しく、両親は「お金がない」が口癖でした。

私は(なんでこんなくさった家にいなきゃいけないんだ)と怒りを感じていたのです。

(でも、Mが頑張ってくれているんだから、俺もあきらめずに伝えていかなきゃ)

私は妻と一緒に、幸福の科学の支部で、母の病気平癒を願って祈願を受けました。支部の法友(※1)の皆さんも、私の母のためにお祈りをしてくださいました。

すると、ある日思いがけないことに、母が幸福の科学の映画「天使に”アイム・ファイン”」を観たと言って電話をくれたのです。

「映画のなかで、女の人が当り散らすシーンがあったけど、私も職場で同じことをしてたよ。私も周りに感謝してなかった…」

今までの母からは、予想できない言葉でした。母が少し心を開いてくれたようで、希望が持てました。

しかし、その後も母の病状は思わしくなく、関節の痛みで歩行困難になる日もあり、薬の副作用で髪が抜け落ちていったのです。

※1:同じ法を学び、学びについて語り合える仲間のこと。

15年ウツだった僕が銀座で英語講師をするまでの話【体験談】

15年ウツだった僕が銀座で英語講師をするまでの話【体験談】

映画「天使に”アイム・ファイン”」より

膠原病を克服した二人の女性

母が膠原病になって半年が経(た)った16年の夏。私は、幸福の科学の布教誌に載っていた「信仰の力で膠原病が治った」という体験を持つお二人の方に連絡を取り、会いに行きました。20代と、50代の女性です。そして、治った経緯を伺いました。

20代の方は、暴力をふるう父を憎んでいたのですが、教えを学んで父への感謝を深めていくと、症状が快方に向かったそうです。

50代の方は、過保護な母に息苦しさを感じていましたが、研修を通して母への葛藤が解けたら、病気が治ったと話してくれました。

お二人の共通点は、病気の原因が「家族との葛藤」にあったことと、葛藤を克服できたら回復していったということでした。
それを聞いて、考えさせられました。
(家族の葛藤が原因なら、俺にも責任がある。俺が親に無関心なことが、家族の歪みになっているのかもしれない—)
私は今まで、”母を変えよう”としていましたが、まずは自分が変わらなければいけないと思い、精舎(※2)の研修で自分の心を見つめるようになりました。

※2:幸福の科学の礼拝施設。さまざまな研修や祈願を開催している。「精舎へ行こう」サイトはこちらから

研修で思い出した「母の愛」

季節が秋に変わったある日のこと。
精舎の「心の指針」研修(※3)に参加して瞑想していたとき、ふいに、子供のころの思い出がよみがえってきたのです。

保育園時代。母が毎朝、私を自転車に乗せて、急な坂道を登って送ってくれていたこと。母に料理をリクエストすると、必ず作ってくれて、それがとても美味しかったこと。

夏の夜、私が「花火をやりたい」と言うと、「お金がないけど」と言いながらも線香花火を買ってきてくれたこと。

私が中高生のころは、母は毎日5時に起きて、お弁当を作ってくれていたこと。

また、私が大学に入って一人暮らしを始めてからは、3カ月に一度、お米と手紙を送ってくれたことも思い出しました。

「元気にしていますか?ちゃんと野菜を食べてね。お金に困ったらいつでも言ってね」。

そう書かれた母の手紙が当時は煩(わずら)しく、感謝するどころか、読み捨てていたのです。

(おかん、ごめんな……)

私は、両親の不和や、家計が苦しいことだけを見て不満を抱き、母が注いでくれた愛情は当然と思って見過ごしていました。

(これからは、恩返ししていこう……)

心を改めた私は、電話やメールで母に頻繁に連絡を取り、体の具合を聞きながら、感謝の思いを伝えるように心がけました。
すると、母は次第に信仰の話にも耳を傾けてくれるようになり、送った書籍も捨てずに読んでくれるようになったのです。

「もらった本を読んだよ。病気のアドバイスが書いてあって、感謝が湧いてきたよ」

そんなふうに感想を言ってくれました。

メールのやり取りで、「私も、与える愛(※4)を実践しなければと思いました」など、教えを学んだ気づきを伝えてくれることも。

数カ月のうちに母は、泣いてばかりいたのが嘘のように明るくなっていきました。そして病気で休職中にも関わらず、「人のためになることがしたい」と、ケアマネージャーの資格を取る勉強を始めたのです。
(おかんはやっぱり「愛の人」なんだ—)

※3:本誌・月刊「幸福の科学」に掲載されている大川総裁の「心の指針」を深く学ぶ研修。
※4:見返りを求めずに心から他の人を思いやる、幸福の科学の「愛」の教えのこと。
15年ウツだった僕が銀座で英語講師をするまでの話【体験談】

膠原病が快方に!

今年の3月の半ば。母が興奮した様子で電話をかけてきました。

「本当に奇跡が起こったんだよ!」

母が検査のために病院に行くと、今まで「絶対に治らない」と言っていた主治医が、血液検査の数値を見てこう言ったそうです。

「治ってますね。もう薬に頼る必要はありません」

母は「奇跡って本当にあるんだねえ」と大喜び。すぐに社会復帰し、仕事を始めました。
うれしいことは、それだけではありません。母の病気を機に、母に厳しかった父も優しくなりました。父も幸福の科学の書籍を読み、「これはとても役に立つよ」と、母に勧めてくれることも。さらに姉も三帰信者(※5)となり、両親を近くで支えてくれています。

私たち家族を導いてくださった主エル・カンターレに、心から感謝しています。力になってくれた法友の皆さんや、支え続けてくれた妻にも感謝でいっぱいです。
私は、主の教えで両親の愛に気づき、母の病気が劇的に良くなるという奇跡もいただきました。今後は両親に恩返ししていくとともに、世界中の方に、この「愛」の教えを伝えていきます。

※5:幸福の科学で、「仏・法・僧(ぶっぽうそう)」の三宝(さんぽう)に帰依(きえ)することを誓った信者。

書籍で学ぶ「信仰パワー」で病気を治そう

『「アイム・ファイン!」になるための7つのヒント』P.92(大川隆法 著/幸福の科学出版)

感謝の言葉を出していると病気も治ってくる

憎しみの念や怒りの念、あるいは人のせいにする念が強いタイプの人は、病気を非常につくりやすいのです。

自分が病気になるか、人を病気にさせるか、どちらかになる傾向が強く、あまり天国的とは言えないのです。

今はそういう攻撃性に満ちあふれた世の中なので、それを中和する意味においても、「ありがとう」という気持ちを持ち、笑顔と感謝の実践をすることが大事です。(中略)

早い話が、感謝の言葉を出していると病気も治ってきます。

たとえば、ある女性が病気だったとしても、自分の子供に「お母さん、ありがとう」と言われたら、治ってくるのです。

「人生の問題集」を見つけ、解決しませんか?

心の力を、あなたも使おう心の力を使おう

あなたも心の力を学び、運命を逆転させてみませんか?

書籍本を読む

法話法話を直接聴く

お近くの幸福の科学の精舎や支部で開示中です。

ラジオラジオを聴く

1991年の放送開始以来、多くのリスナーに愛され続けているラジオ番組「天使のモーニングコール」

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母親が膠原病(こうげんびょう)に罹(かか)ったことを機に、冷え切っていた両親との関係を見直していったSさん。病気平癒(びょうきへいゆ)までの、心の軌跡をたどります。
Y・Sさん(神奈川県・30代・男性)
月刊「幸福の科学」376号より転載・編集

体験談原因不明の病・膠原病に侵され、絶望する母。しかし、息子の愛が奇跡を呼んだ—。

母からの突然の電話

2016年の3月。仕事中に突然、疎遠になっていた郷里の母から電話がかかってきました。母はしくしくと泣いていました。
「あのね、膠原病という病気になって…」

「膠原病?…今、仕事中だから」

母の話が要領を得ず、仕事中で忙しかったこともあり、私はすぐに電話を切ってしまいました。その後、山口の実家の近くに住む姉に電話をすると、看護師である姉は、膠原病は自分の免疫(めんえき)を攻撃する病気で、治る見込みがほとんどないことを説明してくれました。

「これから、長い闘(たたか)いになるだろうね。覚悟しないといけないかもね」

母は医師から「この病気は治ることはない」と言われ、絶望しながら関節の痛みに耐えているとのこと。

(きっと薬じゃ治らないだろうな…)

私は幸福の科学で「病気の原因は心にある」と学んでいたため、病気を根本的に治すには、母がこの教えを学んで心のあり方を変える必要があると思いました。

しかし、母に教えを伝えるのは気が重いことでした。なぜなら母は、私が信仰を持つことに猛反対していたからです。

私は大学時代に大川隆法総裁の書籍を読み、感動して信者になりました。教えを学ぶにつれ、自己中心的だった自分が謙虚になり、怒らなくなりましたし、探し求めていた生き方が見つかり、確かな幸福をつかんだのです。

そこで両親に、幸福の科学の話をすると…。

「そんなもん信じたって意味がない!」
「洗脳されてるんだ!」

父も母も激しく罵(ののし)り、聞く耳を持ってくれません。その後、同じ信仰を持つMとの結婚を決めたときにも反対されました。

(もういいや。どうせ分からんだろ)

私は両親との関係に疲れて、実家と距離を置くようになっていったのです。

「愛」を学んでいるのに…

しかし病気になったと聞いた以上、もう一度伝えてみようかと思い、電話をかけました。

「おかん、病気は治るんよ。心の力で…」
「そんなことないでしょ。あり得ない」

母は、相変わらず話を聞いてくれず、病気のつらさを訴えて泣いていました。

(だったら、話を聞いてくれればいいのに)

そんな母に、妻は見舞いの手紙を書いたり、大川総裁の書籍や幸福の科学の映画のチケットを送ったりしていました。

「お義母(かあ)さんの病気が、治るきっかけになるかもしれないから」

あれほど否定されながらも、母のためを思ってくれる妻の姿を見て、私はなんだか恥ずかしくなりました。
幸福の科学で「愛」の大切さを学んでいるのに、私は自分の親に
対して、「愛」どころか、興味も関心も薄かったのです。

(そういえば俺は、昔から親と関わるのを避けてきたし、実家のことに無関心だった。お互いの仲も冷え切ってたな…)

私にとって、実家の思い出は幸福なものではありませんでした。私が幼いころから、父は、お酒が入ると母に暴言を吐き、灰皿や茶碗を投げつけていました。
母は父に反発して、2人で毎週のように大ゲンカ。さらに、家計は厳しく、両親は「お金がない」が口癖でした。

私は(なんでこんなくさった家にいなきゃいけないんだ)と怒りを感じていたのです。

(でも、Mが頑張ってくれているんだから、俺もあきらめずに伝えていかなきゃ)

私は妻と一緒に、幸福の科学の支部で、母の病気平癒を願って祈願を受けました。支部の法友(※1)の皆さんも、私の母のためにお祈りをしてくださいました。

すると、ある日思いがけないことに、母が幸福の科学の映画「天使に”アイム・ファイン”」を観たと言って電話をくれたのです。

「映画のなかで、女の人が当り散らすシーンがあったけど、私も職場で同じことをしてたよ。私も周りに感謝してなかった…」

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しかし、その後も母の病状は思わしくなく、関節の痛みで歩行困難になる日もあり、薬の副作用で髪が抜け落ちていったのです。

※1:同じ法を学び、学びについて語り合える仲間のこと。

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膠原病を克服した二人の女性

母が膠原病になって半年が経(た)った16年の夏。私は、幸福の科学の布教誌に載っていた「信仰の力で膠原病が治った」という体験を持つお二人の方に連絡を取り、会いに行きました。20代と、50代の女性です。そして、治った経緯を伺いました。

20代の方は、暴力をふるう父を憎んでいたのですが、教えを学んで父への感謝を深めていくと、症状が快方に向かったそうです。

50代の方は、過保護な母に息苦しさを感じていましたが、研修を通して母への葛藤が解けたら、病気が治ったと話してくれました。

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それを聞いて、考えさせられました。
(家族の葛藤が原因なら、俺にも責任がある。俺が親に無関心なことが、家族の歪みになっているのかもしれない—)
私は今まで、”母を変えよう”としていましたが、まずは自分が変わらなければいけないと思い、精舎(※2)の研修で自分の心を見つめるようになりました。

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研修で思い出した「母の愛」

季節が秋に変わったある日のこと。
精舎の「心の指針」研修(※3)に参加して瞑想していたとき、ふいに、子供のころの思い出がよみがえってきたのです。

保育園時代。母が毎朝、私を自転車に乗せて、急な坂道を登って送ってくれていたこと。母に料理をリクエストすると、必ず作ってくれて、それがとても美味しかったこと。

夏の夜、私が「花火をやりたい」と言うと、「お金がないけど」と言いながらも線香花火を買ってきてくれたこと。

私が中高生のころは、母は毎日5時に起きて、お弁当を作ってくれていたこと。

また、私が大学に入って一人暮らしを始めてからは、3カ月に一度、お米と手紙を送ってくれたことも思い出しました。

「元気にしていますか?ちゃんと野菜を食べてね。お金に困ったらいつでも言ってね」。

そう書かれた母の手紙が当時は煩(わずら)しく、感謝するどころか、読み捨てていたのです。

(おかん、ごめんな……)

私は、両親の不和や、家計が苦しいことだけを見て不満を抱き、母が注いでくれた愛情は当然と思って見過ごしていました。

(これからは、恩返ししていこう……)

心を改めた私は、電話やメールで母に頻繁に連絡を取り、体の具合を聞きながら、感謝の思いを伝えるように心がけました。
すると、母は次第に信仰の話にも耳を傾けてくれるようになり、送った書籍も捨てずに読んでくれるようになったのです。

「もらった本を読んだよ。病気のアドバイスが書いてあって、感謝が湧いてきたよ」

そんなふうに感想を言ってくれました。

メールのやり取りで、「私も、与える愛(※4)を実践しなければと思いました」など、教えを学んだ気づきを伝えてくれることも。

数カ月のうちに母は、泣いてばかりいたのが嘘のように明るくなっていきました。そして病気で休職中にも関わらず、「人のためになることがしたい」と、ケアマネージャーの資格を取る勉強を始めたのです。
(おかんはやっぱり「愛の人」なんだ—)

※3:本誌・月刊「幸福の科学」に掲載されている大川総裁の「心の指針」を深く学ぶ研修。
※4:見返りを求めずに心から他の人を思いやる、幸福の科学の「愛」の教えのこと。
15年ウツだった僕が銀座で英語講師をするまでの話【体験談】

膠原病が快方に!

今年の3月の半ば。母が興奮した様子で電話をかけてきました。

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母が検査のために病院に行くと、今まで「絶対に治らない」と言っていた主治医が、血液検査の数値を見てこう言ったそうです。

「治ってますね。もう薬に頼る必要はありません」

母は「奇跡って本当にあるんだねえ」と大喜び。すぐに社会復帰し、仕事を始めました。
うれしいことは、それだけではありません。母の病気を機に、母に厳しかった父も優しくなりました。父も幸福の科学の書籍を読み、「これはとても役に立つよ」と、母に勧めてくれることも。さらに姉も三帰信者(※5)となり、両親を近くで支えてくれています。

私たち家族を導いてくださった主エル・カンターレに、心から感謝しています。力になってくれた法友の皆さんや、支え続けてくれた妻にも感謝でいっぱいです。
私は、主の教えで両親の愛に気づき、母の病気が劇的に良くなるという奇跡もいただきました。今後は両親に恩返ししていくとともに、世界中の方に、この「愛」の教えを伝えていきます。

※5:幸福の科学で、「仏・法・僧(ぶっぽうそう)」の三宝(さんぽう)に帰依(きえ)することを誓った信者。

書籍で学ぶ「信仰パワー」で病気を治そう

『「アイム・ファイン!」になるための7つのヒント』P.92(大川隆法 著/幸福の科学出版)

感謝の言葉を出していると病気も治ってくる

憎しみの念や怒りの念、あるいは人のせいにする念が強いタイプの人は、病気を非常につくりやすいのです。

自分が病気になるか、人を病気にさせるか、どちらかになる傾向が強く、あまり天国的とは言えないのです。

今はそういう攻撃性に満ちあふれた世の中なので、それを中和する意味においても、「ありがとう」という気持ちを持ち、笑顔と感謝の実践をすることが大事です。(中略)

早い話が、感謝の言葉を出していると病気も治ってきます。

たとえば、ある女性が病気だったとしても、自分の子供に「お母さん、ありがとう」と言われたら、治ってくるのです。

「人生の問題集」を見つけ、解決しませんか?

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書籍本を読む

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1991年の放送開始以来、多くのリスナーに愛され続けているラジオ番組「天使のモーニングコール」

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N・Kさんは、医師である父親の死後、周囲に数々の障(さわ)りが起きたと語ります。信仰の力で、父の霊が成仏できたと実感した体験を伺いました。
N・Kさん(奈良県・60代 女性)
月刊「幸福の科学」373号より転載・編集)

体験談死後迷っていた父の霊が、成仏(じょうぶつ)できた奇跡―

愛する父の死―

私の父が亡くなったのは、今から5年前のことです。80歳を過ぎても現役で開業医を続けていた父の元で、私は診療所の薬剤師として働いていました。しかし2012年の夏、父が仕事中に喀血(かっけつ)し、入院。持病の糖尿病に加え、消化器系の衰弱で、寝たきりに……。

診療所は、医師である私の弟が引き継ぎ、私は地元の調剤薬局に勤めながら父の介護にあたりましたが、翌年の夏、父は静かに息を引き取ったのです。享年84歳でした。

父の家には、訃報(ふほう)を聞いた人たちが駆けつけ、父の友人の僧侶や葬祭業の方々が、葬儀の段取りを進めてくれました。地元の斎場で行われた葬儀には、百数十名もの人々が集い、父との別れを惜(お)しんでくれたのです。
(お父さん、こんなたくさんの方に慕(した)われていたのね)

私にとって父は、医療における師匠のような存在でもありました。医療知識だけでなく、患者さんへの対応や経営的観点など、大切なことを教えてくれた父を、私は心から尊敬していました。

(お父さん、天国に還(かえ)れるといいな……)
実は私は、父がすんなり成仏(じょうぶつ)できるとは思えませんでした。なぜなら、父は唯物論者で、いつも「あの世なんてない」と言い張っていたからです。

(もしかしたら、お父さんはまだ、自分が死んだことが分かっていないかも……)
私は30年ほど前から幸福の科学の教えを学び、「死後の世界を知らずに亡くなった人は、自分が死んだことに気づかず、不成仏霊(ふじょうぶつれい)になって周囲に障(さ わ)りを起こすことがある」(※1)と知っていました。しかし父は、あの世の話を受け入れなかったので、葬儀の間も、霊になった父のことが心配だったのです。

(※1)人は死後も魂として生き続けるが、生前、あの世や魂の存在を信じていないと、自分が死んだことにすら気づけないことが多い。そして、この世の家族や友人などに取り憑(つ)き、自分の存在に気づいてもらおうと、事故や病気などの”障り”を起こすようになることも。

火葬後、次々と起きた”障り”

告別式が終わると、私たち親族一同は火葬場へ向かい、父の棺(ひつぎ)は火葬炉のなかに収められました。そして、私たちが控室に移動しようと歩き始めたとき―。

バターン!
私の前を歩いていた弟が、突然、前のめりに倒れたのです。私は弟に駆け寄りました。

「どうしたの、大丈夫?」
「お父さんが……お父さんが……」
 
「え、今なんて?」
「今、お父さんが僕の背中に乗った!」
「え……⁉」

弟は元々霊体質で、人魂(ひとだま)を見たり、霊の声が聞こえたりするタイプです。私は、父の霊が弟にかかってきたのだと思いました。

(お父さん、自分の体が焼かれ始めたから、怖くて”暴れて”いるんだわ)
弟は、廊下に倒れたまま起き上がることができず、周りの人たちに助けられてやっと立ち上がれたような状態でした。 

こうした現象は、他にも続きました。私の叔父も、父の葬儀の帰りに突然息ができなくなり、病院に運ばれたというのです。
ところが、いくら検査しても原因が分からず、手の施(ほど)こしようがないと言われたそうです。

(きっとお父さん、家族に必死で助けを求めているんだ。何とかしてあげなきゃ……)
死後間もない霊は、近親者の周りを徘徊(はいかい)していることが多いと幸福の科学では説かれています。

父の霊は、私のところにも来ているはずなので、帰宅後すぐ、父の位牌(いはい)を置いた仏壇に向けて、大川隆法総裁の法話「天国と地獄」(※2)のCDを繰り返し流し続けました。

「私たちは、肉体の死によって滅んでしまうわけではありません。肉体には魂(たましい)というものが宿っており、死後は、その魂が肉体から離れ、あの世へと旅立ってゆくわけです」

この法話では、人が死んでから霊界に移行するまでの様子が詳しく説かれています。
(お父さん。この御法話を聴けば、あの世のことが分かるから、ちゃんと聴いてね)

そして、父が無事にあの世に還れるよう、心を込めて『正心法語 』(※3)を読みました。それは、般若心経(はんにゃしんぎょう)の一万倍以上の功徳があると言われる幸福の科学の経文です。

主エル・カンターレ(※4)。どうか、父がこの世に執着せず、あの世に旅立てますようお導きください―)

私は翌日も、ご法話CDを流し続け、『正心法語』を読みました。するとその夜、弟に電話をすると、こんな話を伝えられたのです。

「そういえば今日、僕が病院で患者さんを診察しているときに、急にお父さんの声が聞こえてきたんだよ」
「え、本当⁉ なんて言ってたの?」

「うん。『今、三途(さんず)の川を渡ったぞ』って言ってた。あと、『先月亡くなった義弟に会った』とか、『会いたかった人たちにも会えた』って喜んでるみたいだったよ」

 
「そっか……。お父さん、無事にあの世に旅立てたんだね。本当によかった」
私は、ほっと胸をなでおろし、お導きくださった主に感謝を捧(ささ)げました。それからは、毎日、わが家の御本尊(※5)の前で、父への神仏のご加護を祈りました。

また、幸福の科学の総本山・正心館の永代(えいたい)供養(※6)に申し込み、父が三途の川を渡った後、天国に導かれますようにと願いました。

(※2)この法話は、書籍『悟りに到る道』(大川隆法 著 幸福の科学出版刊)に収録されています。
(※3)幸福の科学の根本経典『仏説・正心法語』のこと。
(※4)幸福の科学の信仰対象である地球神の御名。
(※5)幸福の科学の信仰の対象「エル・カンターレ」を象徴する、家庭用の御本尊。
(※6)申し込まれた故人に対し、永代に渡り、毎日読経供養を行う、幸福の科学の供養。

父から届いたメッセージ

翌年5月。私は、父の納骨(のうこつ)法要(ほうよう)のために、栃木県那須郡にある「来世幸福園」(※7)を訪れました。来世幸福園は、仏陀の御本体である根本仏(こんぽんぶつ)の御光に守られている霊園です。

私は礼拝堂に座り、主への感謝を込めて『正心法語』を読み始めました。
すると―。

「おい、K―」
(あ! お父さん……?)

突然、身体がふわーっと温かくなり、懐(なつ)かしい父の声が心に響いてきたのです。
「ここで供養してもらえるのは、とてもありがたいことなんだ。本当にありがとう……」

父は、うれしくてしょうがないという感じで、何度も私に感謝の言葉を送ってきました。生前、唯物論者だったころの頑(かたく)なな感じはまったく消えて、喜びだけが伝わってきます。
(お父さん……。本当によかったね……)

そして法要が始まって間もなく。導師の右隣に正装して立っている父の霊が私の目には見えたのです。父は、30代か40代位に若返っているようでした。とても幸せそうで、自分の法要をしてもらえるのが、すごく誇らしいといった様子です。

(ああ、生前は唯物論者だったお父さんも、主にお導きいただけたんだ……。主エル・カンターレよ、父をお守りくださり本当にありがとうございます)
 
感謝の思いがあふれ、私の両頬には熱い涙が後から後から伝っていきました

(※7)総本山・那須精舎(栃木県)と、聖地・四国正心館(徳島県)の境内地にある、幸福の科学の霊園。

一番大切なのは、生きているうちにあの世の世界を知ること

私はこうした体験を通して、「生前まっとうな仕事をして、この世的に立派な生き方をしても、あの世の世界を信じていないと、死んでから大変なことになる」と、身を持って知りました。

もし、私が幸福の科学の教えを知らなかったら、父はいまだ成仏できずに苦しみ、家族に災(わざわ)いが起き続けていたでしょう。

現代では、自分の死の準備をする「終活」が流行(はや)っていますが、そのほとんどが、死後のことには一切触れていません。終活に取り組んでも、肝心の亡くなった後に、迷ってしまう方が多いのではないかと心配です。

今後とも、一人でも多くの方に、宗教を学ぶことの大切さをお伝えし、「この世でも、あの世でも幸福になれる生き方」を弘めていきたいです。

書籍で学ぶ魂の救済について

『逆境の中の希望』(大川隆法 著/幸福の科学出版)第2章 魂の救済についてより抜粋したメッセージ

宗派を問わず、すべての人を救済したい

魂の救済に関して、幸福の科学は、宗派を問わず、すべての人々を救済することを目指しています。

実際、インドに巡錫したときには、ジャイナ教徒やヒンズー教徒、仏教徒など、いろいろな人々が集まってきましたし、キリスト教国に巡錫したときにも、クリスチャンたちが集まってきて、真理にきちんと耳を傾けてくれました。

宗派など関係がないのです。そういうものは、この世の人間がつくった一種の組織の違いにしかすぎず、言ってみれば、会社の違いのようなものなのです。

つまり、「どの会社が正しくて、どの会社が間違っている」というようなものではないのです。宗派の違いは、あくまでも地上の人間の住み分けの問題にすぎないため、幸福の科学は、すべての人々を救済の対象にしています。

したがって、今まで信仰していた宗教等で救われない人がいたら、亡くなったあとからでも構わないので、どうぞ、幸福の科学に救いを求めてください。そして、大川隆法の名を呼んでください。あるいは、エル・カンターレの名を呼んでくださっても結構です。

それが、現代においては阿弥陀如来の代わりになるものです。その名を呼んでいただければ、救済の光は必ず降りてくるはずです。

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重い肺病で、日常生活を送るのも困難だったMさん。映画「君のまなざし」を観たとき、医師も驚くような”奇跡”が臨(のぞ)みました。
M・Rさん(福島県・60代・男性)
月刊「幸福の科学」375号より転載・編集

体験談「末期状態」と言われた肺機能が、映画を観て復活!

病気と家庭問題を抱え…

今から5年前、私は長年の喫煙癖(きつえんへき)がたたり、肺から酸素を取り込みにくくなるCOPD(慢性閉塞性肺疾患、まんせいへいそくへいはいしっかん)という病気に罹(かか)りました。
病状は年々悪化し、喘息(ぜんそく)のような発作や酸欠状態が日常的に続き、大学病院の医師からは、「ほぼ末期状態で、二度と普通の生活は送れない」と宣告されました。
2017年の春には、数メートル歩くだけでも息が切れ、寝たきりで過ごす日も多くなっていたのです。

(一体どうすればいいんだ。娘のこともあるのに……)

私には20歳になる娘が一人いるのですが、高校時代に不登校になって以来、ずっと家に引きこもっている状態でした。娘の力にもなれず、病気は悪くなる一方で、私は途方に暮れてしまいました。

そんなある日のこと。
「Mさん、具合はどうですか?」
近くに住む、幸福の科学の信者である、Sさんが、私の病気を気遣って訪ねてこられました。

「いや、俺はもう駄目かもしれない……」
私が、自分の病状や生活の不安を打ち明けると、Sさんは親身になって相談に乗り、励ましてくれました。そして……。

「そうだ、Mさん。今度、近所のホールで幸福の科学の映画の上映会をやるの。娘さんと一緒に来ない?2人とも、きっと元気になると思うわ」

「映画ですか……」
到底、映画に行ける体調ではなかったのですが、以前から「幸福の科学の映画を観ると、奇跡が起きる」という話を聞いていましたし、Sさんも勧めてくださるので、頑張って上映会場に行くことにしたのです。

映画を観て娘が変わった!

当日、私は発作が起きないことを祈りつつ、なんとか車を運転して、娘と一緒に映画「君のまなざし」の上映会場に向かいました。

「ああ、Mさん。よく来てくれましたね」

やっと会場に足を踏み入れたとき、私は息も絶え絶えの状態でしたが、Sさんをはじめ、運営を手伝っていた幸福の科学の会津(あいづ)支部の方々が、温かく迎えてくれました。

上映された「君のまなざし」という映画は、あの世の世界や、神仏の存在、生まれ変わりの秘密などが、神秘的なストーリーで描かれていて、とても感動しました。映像や音楽も美しく、観終わった後は不思議と心が清々(すがすが)しくなり、呼吸も少し楽になったように感じました。

「ねえ、お父さん。私もう一回観たい」

上映後、普段はあまり話さない娘が、自分から映画を観たいと言ってきたのです。
私も、同じ気持ちだったため、数日後に開催された別会場での上映会にも、娘と一緒に出かけて行きました。そして、2回目の「君のまなざし」を観た帰り道―。

「お父さん。私、間違ってた……。これから、頑張って仕事探すよ」

娘は、ぽつりとそう告げたのです。娘は多くは語りませんでしたが、映画を観て何かをつかんだようで、翌日から仕事を探し始め、近くのスーパーでアルバイトを始めました。

やがて、私にも奇跡が―

娘の変化を見て、「やっぱり、幸福の科学の映画には不思議な力がある」と感じた私は、翌週の上映会にも参加してみたのです。

映画を楽しんで会場から出ると、ふと、運営ボランティアをしている会津支部の皆さんの姿が目に入りました。
(みんな忙しいのに、毎週、上映会を開いてくれる。本当にありがたいなぁ)
そのとき、心の底から、今まで感じたことのない感謝の思いがあふれ出てきたのです。

(そういえば、俺は、誰かに心から感謝したことがあっただろうか……)

振り返ってみれば、私は今まで、たくさんの人から優しくされ、気遣ってもらっていたのに、それほど感謝もせずに過ごしてきました。病気についても、友人や知人が「少しタバコを減らした方がいいよ」と何度も忠告してくれたのに、感謝するどころか、まったく聞く耳を持たなかったのです。

(俺は、思い上がっていたんだ。これからは、もっと人のために生きたいな……)

私は、何か無性(むしょう)にお返しをしたくなって、上映会があるたびに、運営スタッフの方々に果物やお菓子などの差し入れを持参し、感謝の言葉を伝えていきました。
そうするうちに、少し歩くだけで苦しかった体が次第に元気になっていき、不思議と発作も起こらなくなったのです。

上映終了後の7月、大学病院で定期健診を受けると、医師がこんなことを言いました。

「Mさん。血中の酸素飽和度(さんそほうわど)が80パーセント台から、99パーセントまで回復しています。普通はこんなこと、ないはずなのですが……」
COPDで肺の細胞が壊れると、肺機能は再生しないはずなのに、なぜか健常者と同じレベルまで回復しているというのです。

(ああ、俺にも映画の奇跡が起きたんだ。本当にありがたい……)

それ以来私は、病気だったことが嘘のように、元気に毎日を送れるようになりました。
今では、会津支部のメンバーたちと一緒に、地域に幸福の科学の教えを広げる活動に参加しています。
今年もまた、新たな幸福の科学の映画「さらば青春、されど青春。」が公開されるので、一人でも多くの方に観ていただき、ぜひ、人生が変わる奇跡を体験していただきたいと思っています。

書籍で学ぶ「信仰パワー」で病気を治そう

『奇跡のガン克服法』(大川隆法 著/幸福の科学出版)第1章 奇跡の健康法/3 奇跡は信仰心に比例して起きる

「強い信仰心」と「奇跡を実証する使命」があれば、奇跡は起きる

一つ上の次元のパワーが加わってきたときには、この世の法則がねじ曲がってきます。

その前提条件は、「その人に、信仰心、強く信じる力がある」ということと、「その人が、奇跡にふさわしい人であり、奇跡を起こす対象として選ばれている」ということです。

すべての人に奇跡が起きるわけではありません。「信仰心を強く持っている」ということと、「奇跡を起こすに足る人である」ということ、この条件が重なったときに奇跡が起きます。

「自分が、どういう使命を持っているか」ということは、各人の人生の問題集なので、なかなか分かりませんが、もし、その人に、奇跡を実証すべき使命のようなものがあるのであれば、たとえ、病気になって、この世的には「絶対に治らない」と言われたとしても、甦る可能性があります。医者が「百パーセント死にます」と言っても、治る可能性はあるのです。

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