Archive for the ‘体験談’ Category

Hさんは、自閉症の長男・Tさんと一緒に幸福の科学の障害児支援団体「一般社団法人ユー・アー・エンゼル」で活動しています。数々の苦労を喜びに変えてきた、25年の歩みをお聞きしました。
H・Sさん(鹿児島県・50代・女性)
月刊「幸福の科学」357号より転載・編集
※こちらの記事は、映画「心に寄り添う。」に関連する体験談です。

体験談自閉症の息子と一緒に見つけた本当の幸せ―

まさか、私の子が

「Tくんは、広汎性発達障害(※1)です。これから療育していきましょう」
それは、1994年、長男・Tが3歳のとき、児童相談所の専門家から告げられた言葉でした。

(発達障害……)
確かにTは、2つ上の長女と比べて「育てにくい」子ではありました。絵本を読んでも興味を示さない。おもちゃを与えても喜ばない。2歳半を過ぎても「ママ」「パパ」以外の言葉を話さない―。「少し発達が遅いのかな」と思うことはありましたが、まさか「障害」と言われるなんて……。

あまりのショックで現実を受け止めきれずにいたころ。幸福の科学の映画「ノストラダムス戦慄の啓示」(※2)が公開され、私は子育ての合間に映画館に足を運びました。その劇中で、人間があの世からこの世に生まれてくる前に、夫婦や親子になる相手と約束を交わしている場面が描かれていたのです。

ある男性は、障害を持って生まれることを計画していました。そして自分の母親になる女性に、「大変な修行になるけど、お願いします」と頼んでいるのです。母親になる女性は答えました。

「勇気を持って、あなたを育てるわ」
そのシーンが、私の心を揺さぶりました。
(私とTも、こうしてあの世で約束してきたんだ)

私は、Tが生まれた年に幸福の科学に入会し、仏法真理(※3)を学んでいました。だから、人間は生まれてくる前にあの世(天国)で「人生計画」を立ててくることや、あえて障害者として生まれることで、人々に勇気と希望を与える使命を担っている人もいることを、「知識」としては知っていたのです。

(↑ Tさんが4歳のとき。目を離したすきに池で遊んでいた。)

この映画を観たとき、やっと、それを自分のこととして受け止める覚悟ができました。

(※1)知的障害を伴う自閉症・高機能自閉症・アスペルガー症候群・レット症候群・小児期崩壊性障害などを包括した発達障害の総称。
(※2)映画「ノストラダムス戦慄の啓示」(1994年公開)
(※3)人間を幸福に導く神仏の教え。人類に共通する普遍的なルール。

心が挫(くじ)けそうなときは―

とは言え、偏食も多く、散髪や爪切りもままならず、突然走り出すことも多いTを育てるのは、容易なことではありませんでした。
 
4歳で入った保育園では、特別に2歳児クラスに受け入れてもらいました。小学校は、近くの公立学校の支援学級に通学。

登校中、Tは道端の落ち葉や泥を見つけると、夢中で遊び始めてしまうので、一緒に通っていた長女まで遅刻してしまうことも……。

警察のお世話になる騒動を起こしたこともあります。Tが小学1年生のとき、長女のピアノの練習に連れて行った日のこと。駐車場に車を止めた途端、Tがぱっとドアを開けて走り出てしまったのです。

「待って、T!」

慌てて追いかけましたが見つからず、警察に通報しました。捜索は何時間も続き、日付が変わる直前になってやっと、2キロ離れたレンタルビデオ店で発見されたのです。
(ああ。無事で良かった)

少しでも目を離すと、Tは家や教室を抜け出し、川に入ったり崖を登ったり……。

一見すると健常児と変わらないため、事あるごとに「変な子」「躾(しつけ)が悪い」と、周りから冷ややかな目で見られます。
(私がもっとしっかりしなくちゃ……)

心が安まらず、いたたまれない気持ちになるたびに、私は大川隆法総裁の著書『ユートピア創造論』を開きました。

「(仏は)人生の途上に、一見、苦難・困難と見えるような状況をも用意します。しかし、それは決して人間を苦しめるために存在するのではありません。仏はあくまでも、一人ひとりの人間が、その困難を乗りきり、至福の世界に入ってくることを願っているのです」

その言葉が、挫けそうになる私の心に力を与えてくれます。
(Tと一緒に頑張ろう。同じように苦しんでいる人の励みになるような、そんな生き方を目指したい……)

「ブッダさま、ブッダさま」

Tにとっても、大川総裁の教えは特別なものだったようです。

「ブッダさま、ブッダさま、ブッダさま」
こう言って、大川総裁の御法話ビデオを自分でかけては、ビデオが擦(す)り切れるほど、繰り返し真剣に観ていました。また、Tは家の中で大川総裁の写真を大切そうに持ち歩いていたのです。

家族全員が教えを学んでいるので、Tが障害を持って生まれてきた意味を深く理解し、いつも温かく見守っていました。Tが新しい言葉を覚えたり、できることが増えたりするたび、家族みんなで大喜びします。

学校の先生方のご協力や療育のおかげもあって、小学校高学年ごろから、Tの衝動的な行動は次第に治まっていきました。

(信仰に支えられて、ここまでこれた―)
そう実感するにつけ、障害児を育てている方にこそ、大川総裁の教えをお伝えしたいと思うようになっていったのです。

「桜島のような心で生きたい」

Tが24歳になった、2015年11月のある日。
知人に誘われ、幸福の科学の障害児支援団体「ユー・アー・エンゼル」の集いに参加しました。

そこで、諏訪(すわ)理事長から、活動についての説明がありました。
「『ユー・アー・エンゼル』は、『障害があっても魂は健全』と考えています。障害があると、『この子の知能は◯歳児程度です』とか、『この子はこれができません』とか、できないことに注目されがちです。

でも私たちは、その子がどうしたらできるようになるかを考えて、一人ひとりに向き合っています。
すると、字が書けなかった子が書けるようになったり、歩けなかった子が立ち上がったり、奇跡的な事例がたくさん起き始めています」

諏訪理事長の話を聞いて、ハッとしました。
(今までTが普通に生活できれば良いと思っていたけど、もっとTのためにしてあげられることがあるかもしれない)
私は「ユー・アー・エンゼル」の活動に参加させていただこうと決めました。

そして2017年6月、東京で行われた「ユー・アー・エンゼル」の集いに、Tと一緒に参加したときのことです。
その日のゲストスピーカーであったS教授は多くの重度障害児と接し、指筆談やスキャンワープロで障害児の気持ちを表現させる研究に長年取り組んでおられます。

この日はTも指筆談にトライすることになりました。
(どんな思いを伝えてくるんだろう……)

Tの指が、S教授の手のひらのなかで動き、Tが綴(つづ)った言葉をS教授が”通訳”してくれます。
「ここまでこれたのも、両親のおかげだし、何とかして僕も、普通の人間として生きる道を探したいと思います―」
 
Tは、私たちへの感謝の言葉や、思い通りに体を動かせない苦しさ、本当はもっと文字の勉強がしたいことなど、普段は知ることのできない、数々の思いを伝えてくれたのです。

そしてその締めくくりは―。
「おおらかな、あの桜島のような気持ちで僕は生きていきたいです」
 
Tは小さいときから、よく桜島を眺めて、絵に描いていたのです。S教授には、私たちが鹿児島から来たことを伝えていなかったので、「桜島」の話が出てきたことに、とても驚きました。

(Tの知能は、24歳になった今でも2歳児程度と言われていたけど、心は立派に成長していたんだ)
「障害があっても魂は健全」という教えを身をもって感じた体験でした。

Tの可能性を信じて

7月に参加した「ユー・アー・エンゼル」の合宿では、Tもローマ字などに挑戦しました。

私は今まで、「Tは2歳児程度の知能しかないと言われているし、勉強は難しいだろう」と思い、Tの力を引き出そうとしてこなかったのです。

しかし、「ユー・アー・エンゼル」では、指導員の方が一人ひとりに合った方法を探りながら支援してくれます。「障害者だから」と決めつけず、可能性を信じてくれるのです。

私は、大川総裁の教えを学んでいながら、Tのなかに立派な大人の魂が宿っていることを、本当に信じられていただろうかと、反省しました。私が家を空けるとき、Tがいるのに声をかけずに出てしまったこともあります。
(Tはちゃんと分かっているのに……。ごめんね)

私は、Tへの接し方を改め、世話を焼き過ぎずに、できるだけ自分でやらせて見守るようにしました。また、いずれはTがパソコンで自分の気持ちを伝えられるように、文の読み書きも教え始めたのです。

(Tといろいろなことに挑戦したい!)
そんな私の思いをTは敏感に感じ取り、とても喜んでいるようです。

(Tが「障害を持ちながらも多くの人に希望や勇気を与える人生を生きたい」と願うなら、その使命を応援してあげたい)
今は、そんな気持ちでいっぱいです。

障害者の幸せを願って

障害者と接する人のなかには、心無い言葉を口にしたり、ぞんざいな扱いをしたりする人もいます。それはやはり、「障害があっても魂は健全」という真実を知らないからだと思うのです。

2017年7月には、障害者を傷つける悲しい事件がありました。障害者を虐(しい)たげるような考えが、世の中に広まらないようにしたいと心から願っています。

私は、重度自閉症のTを授(さず)かったことで、自分の器を広げる機会をいただき、家族の絆も強まりました。この幸せは、Tが運んできてくれたと感じています。

私は今、「障害者と、その家族のサポートをしたい」と思い、幸福の科学の拠点で「ユー・アー・エンゼル」の集いを開催しています。今後もTと一緒にこの活動に取り組み、世の中に幸せな人を増やしていきたいです。

家族からTへ

Tは天真爛漫(てんしんらんまん)で明るいので、いつも家の中を照らしてくれる存在です。Tの使命が果たせるように、応援しながら見守っています。(父・Mさん)

癒(いや)し、元気、喜び、感動など、Tからたくさんの”宝物”をもらっています。私の弟として生まれてきてくれて本当にありがとう!(姉・Aさん)

僕は、一生懸命で、純粋で、優しくて、心が広い兄を尊敬しています。仏法真理を学ぶ「法友」として、一緒に成長していきたいです。(弟・Kさん)

書籍で学ぶ「信仰パワー」で病気を治そう

『幸福へのヒント』(大川隆法 著/幸福の科学出版)第3章 子供の幸福へのヒント/5 ハンディを背負う子供たちへ/スタートラインから進んだ距離が測られる

スタートラインから進んだ距離が測られる

自分の子供が何かの障害を持っていたとしても、決して落胆してはいけません。「ハンディがあるからこそ、あなたは頑張れるのだよ」という話を子供にしてあげてください。

人生は、いろいろなあやがあって、でき上がっているのですから、ハンディのあることが不幸だとは決して言えないのです。

人によってスタートラインが違うのは、ある程度、しかたがありません。しかし、どのスタートラインから始めたとしても、そこからどれだけ進んだか、どれだけ頑張ったかが測られるのです。

ある人は、「五体満足で、頭もよく、大富豪の家に生まれた」という条件でスタートし、どこまで進めるかが測られます。また、ある人は、非常な逆境からスタートし、どこまで進めるかが測られます。

いずれにしろ、魂にとっては、「これだけ歩いた。これだけ走った」という距離が測られるのです。そう思えば、困難を切り抜けることができると思います。つらいこともあるでしょうが、そういうときのために光明思想もあるのです。

最後に、肉体的には障害はあっても、霊的には完全であることを忘れないでください。実在界に帰天したあとは、自由自在です。そのときに、人生の問題集の意味を悟る人もいるのです。

「人生の問題集」を見つけ、解決しませんか?

心の力を、あなたも使おう心の力を使おう

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Hさんは、自閉症の長男・Tさんと一緒に幸福の科学の障害児支援団体「一般社団法人ユー・アー・エンゼル」で活動しています。数々の苦労を喜びに変えてきた、25年の歩みをお聞きしました。
H・Sさん(鹿児島県・50代・女性)
月刊「幸福の科学」357号より転載・編集
※こちらの記事は、映画「心に寄り添う。」に関連する体験談です。

体験談自閉症の息子と一緒に見つけた本当の幸せ―

まさか、私の子が

「Tくんは、広汎性発達障害(※1)です。これから療育していきましょう」
それは、1994年、長男・Tが3歳のとき、児童相談所の専門家から告げられた言葉でした。

(発達障害……)
確かにTは、2つ上の長女と比べて「育てにくい」子ではありました。絵本を読んでも興味を示さない。おもちゃを与えても喜ばない。2歳半を過ぎても「ママ」「パパ」以外の言葉を話さない―。「少し発達が遅いのかな」と思うことはありましたが、まさか「障害」と言われるなんて……。

あまりのショックで現実を受け止めきれずにいたころ。幸福の科学の映画「ノストラダムス戦慄の啓示」(※2)が公開され、私は子育ての合間に映画館に足を運びました。その劇中で、人間があの世からこの世に生まれてくる前に、夫婦や親子になる相手と約束を交わしている場面が描かれていたのです。

ある男性は、障害を持って生まれることを計画していました。そして自分の母親になる女性に、「大変な修行になるけど、お願いします」と頼んでいるのです。母親になる女性は答えました。

「勇気を持って、あなたを育てるわ」
そのシーンが、私の心を揺さぶりました。
(私とTも、こうしてあの世で約束してきたんだ)

私は、Tが生まれた年に幸福の科学に入会し、仏法真理(※3)を学んでいました。だから、人間は生まれてくる前にあの世(天国)で「人生計画」を立ててくることや、あえて障害者として生まれることで、人々に勇気と希望を与える使命を担っている人もいることを、「知識」としては知っていたのです。

(↑ Tさんが4歳のとき。目を離したすきに池で遊んでいた。)

この映画を観たとき、やっと、それを自分のこととして受け止める覚悟ができました。

(※1)知的障害を伴う自閉症・高機能自閉症・アスペルガー症候群・レット症候群・小児期崩壊性障害などを包括した発達障害の総称。
(※2)映画「ノストラダムス戦慄の啓示」(1994年公開)
(※3)人間を幸福に導く神仏の教え。人類に共通する普遍的なルール。

心が挫(くじ)けそうなときは―

とは言え、偏食も多く、散髪や爪切りもままならず、突然走り出すことも多いTを育てるのは、容易なことではありませんでした。
 
4歳で入った保育園では、特別に2歳児クラスに受け入れてもらいました。小学校は、近くの公立学校の支援学級に通学。

登校中、Tは道端の落ち葉や泥を見つけると、夢中で遊び始めてしまうので、一緒に通っていた長女まで遅刻してしまうことも……。

警察のお世話になる騒動を起こしたこともあります。Tが小学1年生のとき、長女のピアノの練習に連れて行った日のこと。駐車場に車を止めた途端、Tがぱっとドアを開けて走り出てしまったのです。

「待って、T!」

慌てて追いかけましたが見つからず、警察に通報しました。捜索は何時間も続き、日付が変わる直前になってやっと、2キロ離れたレンタルビデオ店で発見されたのです。
(ああ。無事で良かった)

少しでも目を離すと、Tは家や教室を抜け出し、川に入ったり崖を登ったり……。

一見すると健常児と変わらないため、事あるごとに「変な子」「躾(しつけ)が悪い」と、周りから冷ややかな目で見られます。
(私がもっとしっかりしなくちゃ……)

心が安まらず、いたたまれない気持ちになるたびに、私は大川隆法総裁の著書『ユートピア創造論』を開きました。

「(仏は)人生の途上に、一見、苦難・困難と見えるような状況をも用意します。しかし、それは決して人間を苦しめるために存在するのではありません。仏はあくまでも、一人ひとりの人間が、その困難を乗りきり、至福の世界に入ってくることを願っているのです」

その言葉が、挫けそうになる私の心に力を与えてくれます。
(Tと一緒に頑張ろう。同じように苦しんでいる人の励みになるような、そんな生き方を目指したい……)

「ブッダさま、ブッダさま」

Tにとっても、大川総裁の教えは特別なものだったようです。

「ブッダさま、ブッダさま、ブッダさま」
こう言って、大川総裁の御法話ビデオを自分でかけては、ビデオが擦(す)り切れるほど、繰り返し真剣に観ていました。また、Tは家の中で大川総裁の写真を大切そうに持ち歩いていたのです。

家族全員が教えを学んでいるので、Tが障害を持って生まれてきた意味を深く理解し、いつも温かく見守っていました。Tが新しい言葉を覚えたり、できることが増えたりするたび、家族みんなで大喜びします。

学校の先生方のご協力や療育のおかげもあって、小学校高学年ごろから、Tの衝動的な行動は次第に治まっていきました。

(信仰に支えられて、ここまでこれた―)
そう実感するにつけ、障害児を育てている方にこそ、大川総裁の教えをお伝えしたいと思うようになっていったのです。

「桜島のような心で生きたい」

Tが24歳になった、2015年11月のある日。
知人に誘われ、幸福の科学の障害児支援団体「ユー・アー・エンゼル」の集いに参加しました。

そこで、諏訪(すわ)理事長から、活動についての説明がありました。
「『ユー・アー・エンゼル』は、『障害があっても魂は健全』と考えています。障害があると、『この子の知能は◯歳児程度です』とか、『この子はこれができません』とか、できないことに注目されがちです。

でも私たちは、その子がどうしたらできるようになるかを考えて、一人ひとりに向き合っています。
すると、字が書けなかった子が書けるようになったり、歩けなかった子が立ち上がったり、奇跡的な事例がたくさん起き始めています」

諏訪理事長の話を聞いて、ハッとしました。
(今までTが普通に生活できれば良いと思っていたけど、もっとTのためにしてあげられることがあるかもしれない)
私は「ユー・アー・エンゼル」の活動に参加させていただこうと決めました。

そして2017年6月、東京で行われた「ユー・アー・エンゼル」の集いに、Tと一緒に参加したときのことです。
その日のゲストスピーカーであったS教授は多くの重度障害児と接し、指筆談やスキャンワープロで障害児の気持ちを表現させる研究に長年取り組んでおられます。

この日はTも指筆談にトライすることになりました。
(どんな思いを伝えてくるんだろう……)

Tの指が、S教授の手のひらのなかで動き、Tが綴(つづ)った言葉をS教授が”通訳”してくれます。
「ここまでこれたのも、両親のおかげだし、何とかして僕も、普通の人間として生きる道を探したいと思います―」
 
Tは、私たちへの感謝の言葉や、思い通りに体を動かせない苦しさ、本当はもっと文字の勉強がしたいことなど、普段は知ることのできない、数々の思いを伝えてくれたのです。

そしてその締めくくりは―。
「おおらかな、あの桜島のような気持ちで僕は生きていきたいです」
 
Tは小さいときから、よく桜島を眺めて、絵に描いていたのです。S教授には、私たちが鹿児島から来たことを伝えていなかったので、「桜島」の話が出てきたことに、とても驚きました。

(Tの知能は、24歳になった今でも2歳児程度と言われていたけど、心は立派に成長していたんだ)
「障害があっても魂は健全」という教えを身をもって感じた体験でした。

Tの可能性を信じて

7月に参加した「ユー・アー・エンゼル」の合宿では、Tもローマ字などに挑戦しました。

私は今まで、「Tは2歳児程度の知能しかないと言われているし、勉強は難しいだろう」と思い、Tの力を引き出そうとしてこなかったのです。

しかし、「ユー・アー・エンゼル」では、指導員の方が一人ひとりに合った方法を探りながら支援してくれます。「障害者だから」と決めつけず、可能性を信じてくれるのです。

私は、大川総裁の教えを学んでいながら、Tのなかに立派な大人の魂が宿っていることを、本当に信じられていただろうかと、反省しました。私が家を空けるとき、Tがいるのに声をかけずに出てしまったこともあります。
(Tはちゃんと分かっているのに……。ごめんね)

私は、Tへの接し方を改め、世話を焼き過ぎずに、できるだけ自分でやらせて見守るようにしました。また、いずれはTがパソコンで自分の気持ちを伝えられるように、文の読み書きも教え始めたのです。

(Tといろいろなことに挑戦したい!)
そんな私の思いをTは敏感に感じ取り、とても喜んでいるようです。

(Tが「障害を持ちながらも多くの人に希望や勇気を与える人生を生きたい」と願うなら、その使命を応援してあげたい)
今は、そんな気持ちでいっぱいです。

障害者の幸せを願って

障害者と接する人のなかには、心無い言葉を口にしたり、ぞんざいな扱いをしたりする人もいます。それはやはり、「障害があっても魂は健全」という真実を知らないからだと思うのです。

2017年7月には、障害者を傷つける悲しい事件がありました。障害者を虐(しい)たげるような考えが、世の中に広まらないようにしたいと心から願っています。

私は、重度自閉症のTを授(さず)かったことで、自分の器を広げる機会をいただき、家族の絆も強まりました。この幸せは、Tが運んできてくれたと感じています。

私は今、「障害者と、その家族のサポートをしたい」と思い、幸福の科学の拠点で「ユー・アー・エンゼル」の集いを開催しています。今後もTと一緒にこの活動に取り組み、世の中に幸せな人を増やしていきたいです。

家族からTへ

Tは天真爛漫(てんしんらんまん)で明るいので、いつも家の中を照らしてくれる存在です。Tの使命が果たせるように、応援しながら見守っています。(父・Mさん)

癒(いや)し、元気、喜び、感動など、Tからたくさんの”宝物”をもらっています。私の弟として生まれてきてくれて本当にありがとう!(姉・Aさん)

僕は、一生懸命で、純粋で、優しくて、心が広い兄を尊敬しています。仏法真理を学ぶ「法友」として、一緒に成長していきたいです。(弟・Kさん)

書籍で学ぶ「信仰パワー」で病気を治そう

『幸福へのヒント』(大川隆法 著/幸福の科学出版)第3章 子供の幸福へのヒント/5 ハンディを背負う子供たちへ/スタートラインから進んだ距離が測られる

スタートラインから進んだ距離が測られる

自分の子供が何かの障害を持っていたとしても、決して落胆してはいけません。「ハンディがあるからこそ、あなたは頑張れるのだよ」という話を子供にしてあげてください。

人生は、いろいろなあやがあって、でき上がっているのですから、ハンディのあることが不幸だとは決して言えないのです。

人によってスタートラインが違うのは、ある程度、しかたがありません。しかし、どのスタートラインから始めたとしても、そこからどれだけ進んだか、どれだけ頑張ったかが測られるのです。

ある人は、「五体満足で、頭もよく、大富豪の家に生まれた」という条件でスタートし、どこまで進めるかが測られます。また、ある人は、非常な逆境からスタートし、どこまで進めるかが測られます。

いずれにしろ、魂にとっては、「これだけ歩いた。これだけ走った」という距離が測られるのです。そう思えば、困難を切り抜けることができると思います。つらいこともあるでしょうが、そういうときのために光明思想もあるのです。

最後に、肉体的には障害はあっても、霊的には完全であることを忘れないでください。実在界に帰天したあとは、自由自在です。そのときに、人生の問題集の意味を悟る人もいるのです。

「人生の問題集」を見つけ、解決しませんか?

心の力を、あなたも使おう心の力を使おう

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やり直せない人生などない

209

バブル崩壊後の不況のさなかに職を失って人生が暗転し、一度は自殺を試みたAさん。その後、幸福の科学との出会いをきっかけに立ち直り、現在は「恩返し」の人生を歩んでいます。人生の逆境から立ち直れた要因は何だったのか。その足取りをたどります。
(Y.Aさん/東京都/男性/「ザ・伝道」第209号より転載・編集)
※こちらの記事は、映画「心に寄り添う。」に関連する体験談です。

体験談どん底で出会った「人生の師」

暗い海に向かって

CL[209]01_入水

ある1月の夕暮れ。私は、熱海の海岸に座り込み、缶ビールを片手に、一人、沈みゆく太陽を眺めていました。夜になり、周囲に人気がなくなると、暗い海に向かってゆっくりと歩みを進めていきました。
(もう、いいや。少し疲れた……)
冬の海の冷たさが身体を刺すように感じられましたが、歩みは止まらず、いつしか海水は膝の高さに達していました。

転落の始まり

「君なら独身だし、まだ若いし、どこに行っても大丈夫だから」
勤続11年目の夏、勤めていた鉄道用計器メーカーの上司が、突然そう切り出してきました。私は、即座にはその意味を理解できず、何度か真意を問いただすと、上司は「リストラの対象になったんだよ」と告げました。原因は、仕事への姿勢にあったようでした。私は自分の仕事を急いで終わらせては、幼少期から入れあげていた地域のお祭りの運営のため、会社をたびたび休んでいました。「自分の仕事はやっているから、文句はないはずだ」と思っていましたが、そんな姿勢は、バブル崩壊後に業績が低迷していた会社からは、苦々しく思われていたようでした。また、就職後に覚えたパチンコにのめり込んで借金を重ね、月末になると金策で頭が一杯になっていたことも、仕事への集中力を削いでいたのかもしれません。いずれにせよ、ショックのあまり、家族にはしばらく切り出すことができませんでした。

日々すり減る自分の「価値」

リストラの件はやがて家族の知るところとなり、私も次の職を探し始めました。とはいえ不況の折、仕事は見つかりません。見かねた父が自分の勤める工務店に口を利いてくれ、私はそこで働くことになりました。しかし約3年後、作業中の事故でヘルニアを患い、その職場からも離れることに。再び職安通いの日々が始まり、そのうちに中学校時代の先輩が経営する警備会社に転がり込みました。しかし、仕事は少なく、ほどなくして給料が遅配気味になりました。ときおり配置される工事現場の警備では、歩行者や工事関係者から罵声を浴びせかけられたり、タバコや空き缶を投げつけられたりします。やすりにかけられているかのように、自分の「価値」がすり減っていく毎日。みじめな気持ちを紛らわすかのように、パチンコ通いの頻度が増え、借金も500万円近くまで膨らんでいました。その年の暮れ、人手不足だった同業他社への転職話が来たことと、給料の支払いが完全に止まってアパートから追い出され、実家に戻ったことを契機に、逃げるようにその会社を辞めました。

「このまま行けば、楽になれる」

戻った実家で目にしたのは、共にガンを患って入退院を繰り返して衰弱し、経済的にも困窮する両親の姿でした。次第に私は、「自分がいなくなれば、せめて親の家計だけでも楽になるかもしれない」という考えに心をとらわれるようになりました。そして、1月。私は、誰にも告げずに家を抜け出してフラリと電車に乗り込み、熱海の海に歩みを進めたのです。
(このまま行けば、楽になれる……)
しかし、不意に、生まれたばかりの甥や姪の顔が浮かんだことで我に返り、とたんに震えが来た身体をさすりながら海岸まで戻りました。岸に上がると、目の前に旅館の公用車が止まっていました。鍵は付いたままで、施錠もされていません。
(温まるために、ちょっと失敬しよう)
ドアを開けてエンジンをかけてエアコンをつけ、あてどなく東に向かって走り出しました。しかし、ガソリンはすぐに底をつき、立ち往生。車を捨てて歩き、東京の町田という街の駅前に着いたときでした。海水に浸かった状態から数日を経て異臭を放ち、服装もボロボロだった私に、あわれみの視線が注がれます。
(お願いだから、そんな目で見ないでくれ……。もう無理だ!)
私は、近くにある交番に飛び込んで自首。窃盗の罪で逮捕され、留置所に入ることになったのです。

どん底で芽生えた決意

CL[209]02_留置所

(なぜ俺は、石ころみたいな扱いを受けなきゃいけなくなった? 一体どこで道を間違えた? そもそも、あのリストラさえなければ……)
暗く冷たい留置所で、私は自問しました。当時の私にとって、世間とはあまりに冷たく無慈悲なもののように感じられていました。「どうせ仕事もクビに決まっているし、親からも勘当されるに違いない」と捨て鉢な気持ちを抱えながら、2カ月後の昼下がり、私は刑期を終え、「塀の外」に出てきました。すると――。春の日差しの下、病気で弱っているはずの両親が立っていたのです。
「ま、レンタカー代だ」
父が口にしたのは、たった一言のみ。母も、「お前の会社の社長さん、『行くあてがなければ、続けて働いてくれればありがたいです』っておっしゃってるよ」とだけ言いました。
(父も母も、言いたいことはたくさんあるだろうに。社長にしたって、勝手に仕事に穴を開けたので、普通なら解雇が当然なのに。みんな、こんな俺を待っててくれた!)
私は、思わずその場で崩れ落ちました。人生、やり直してみせる――! 熱いものが、腹の奥底から込み上げてくるのを感じていました。

生涯の師を探し求めて

出所以降、私は、図書館に通って本を読みあさり、生涯を通して教えを請うべき人、「貴人(きじん)」を探し求めていきました。自己啓発、お金の知識、いろいろ手を伸ばしましたが、どこか軽薄な感じや利己的な感じがして、なかなかしっくりきません。そんな折、職場の同僚から幸福の科学の行事に誘われました。
(自分を変えたいとは思っているし、入る、入らないは別にして、一度話を聞いてみよう)
近くで開催された大川総裁の法話の上映会に参加したのです。終了後、信者の人たちとお茶をしていたとき、「あなたの人生のヒントになるかもしれない映画があるので、私たちの支部まで来られませんか?」と言われました。興味をそそられ、向かった幸福の科学の支部で観たのは、映画「太陽の法」※でした。2時間後、私は号泣していました。
「神は、あの太陽のように、決して休むことなく愛を与え続け、何も見返りを求めることがない。神の子である人間もまた、あの太陽のように愛を与え続けて生きていくことだ」
映画のなかで語られていた、「見返りを求めずに与え続ける、無償の愛」という考え。それは、「真人間」に変わろうともがいていた自分にとっての、人生の道標のように感じられました。必ず会えると信じてきた「貴人」の教えが、もしかしたら、ここにあるのかもしれない、そんな思いで、約1カ月後、私は三帰誓願※しました。

※映画「太陽の法」:大川隆法総裁の書籍『太陽の法』を原作とする、幸福の科学のアニメーション映画。2000年に全国で公開された。
※三帰誓願:仏・法・僧の「三宝」に帰依して、修行を続けることを誓うこと。

過去の自分との対決

(でも、知り合いに「自分が幸福の科学の信者だ」と知られるのも嫌だし、できる範囲で、「愛」を与えていけばいいだろう)
そう思った私は、誰に会わずともできる布教誌配布のボランティアや、大川総裁の書籍を刑務所に郵送で献本する活動を始めました。しかし、長年染み付いた自分の悪癖は、一朝一夕に断つことができませんでした。父が亡くなって精神的な後ろ盾がなくなると、「自分を守ってくれる人がもういない」と、パチンコ店に駆け込む日が増え、借金額も徐々に大きくなってきました。
(なぜ俺は、まっとうに生きられないんだろう。このままでは、また元に戻ってしまう)
自分を過去に引き戻す、重力のような力を感じていました。
「どうしても弱い心が治りません。でも、本気で変わりたいんです!」
恥をしのんで、私は幸福の科学の講師に打ち明けました。すると、大川総裁の書籍『不動心』を勧められました。
「今までおつらかったでしょうね。でも、幸福の科学の教えには、人生の逆境に立ち向かう心構えも説かれているんですよ」
「これが最後のチャンスかもしれない」と感じた私は、時間を見つけては、その本を何度も読み返しました。30回目を読み終えたときだったでしょうか。ある一節が、急に、自分の心に迫ってきました。
「『立ち向かう人の心は鏡なり』という言葉があるように、自分の心が変わっていけば、相手も自然に変わっていくのです」
(自分の心に、すべての原因があるということか? とすれば、自分のなかにある「原因」とは、何だったんだろう)
その答えを求め、私は、パチンコ店のある場所をできるだけ迂回するなどして賭けごとを控え、お金を貯めては精舎に行き、研修への参加を重ねていきました。

思い浮かんだ「愛」と「恩」

CL[209]03_泣く男性

転機は、「八正道」をテーマにした研修を受けたときに訪れました。1泊2日の日程で、自分の歩みを静かに振り返っていくうちに、不意に、いくつかの場面が胸に浮かんできました。それは、高校卒業後に勤めた鉄道関係の会社での記憶の断片でした。
「君は字がキレイだから、今回はリストラの対象から外そう。これからは、心を入れ替えてやってほしい。期待してるよ」
思い返せば、リストラの1年ほど前にも、私は人員整理の候補になっていたところを、社長から直々に救われていました。「お前はもっと、人の話を聞く耳を持たないと、伸びんぞ」と、会社の同僚たちも、仕事より地域のお祭りの運営を優先する私を心配し、部署の垣根を越えて、忠告してくれていました。私に解雇を通知した上司も、「彼がクビになるのは、おかしい!」と、裏では抗議を続けてくれていました。考えてみれば、リストラを回避するのに、字のきれいさなど何の理由にもなりません。それでも社長は、自分にチャンスをくれました。同僚たちも、自分自身がリストラ対象者になるかもしれない不安のなか、私にロープを投げてくれていました。また、上司も、上にたてつけば、自らの身にも危険が及ぶ可能性があったにも関わらず、それでも私を守ってくれようとしていました。そんな人たちの恩を、私はこれまで忘れ、逆に恨んですらいたのです。
(これだけの人から私はこれまで救いの手を差し伸べられていて、それを自分で振りほどいたのに。本当に俺は、バカ野郎だ……!)
「恩知らず」の一語が胸に迫り、両手が自然と胸の前で合わさります。頬を伝った涙は、止まることがありませんでした。
主エル・カンターレ※、恩知らずだった私に、「愛」を思い出させてくれて、本当にありがとうございました! そして、本当に申し訳ありませんでした)
研修の帰り道に見上げた青空は、ひどく鮮やかに見えました。

※エル・カンターレ:幸福の科学の信仰の対象であり、イエスが父と呼び、ムハンマドがアッラーと呼んだ存在。

恩返しがしたい

それ以降、人生のやり直しを期した、私の毎日がスタートしました。
「私は、かつて、自分で死のうとした経験がありますので、お気持ちは分かるつもりです。もし、あなたが苦しく、つらい思いを抱えているなら、ぜひ、私にお気持ちを聞かせてください」
かつては、「宗教に入ったことがばれてしまう」と避けていた「自殺を減らそうキャンペーン」。今では、その活動に努めて参加し、地元の街頭で啓発活動を続けています。その途中、ふとした折に道行く人からいただく「ありがとう」の一言が、私の背中を後押ししてくれます。大川総裁の書籍を刑務所に郵送する際に添える、自分の体験を明かした手紙を書く際にも、自然と熱がこもります。
(世間、そして神仏からいただいたものを、少しずつでも世の中に恩返しする。これが、自分の生きる道だ!)
こういった決意が、少々のことで動じない、自分の「重し」になっていったのでしょうか。かつてはストレスを感じるとすぐにパチンコに走っていましたが、今は一切やらず、膨らんだ借金もなくなりました。最近では職場でも、「警備員という今の自分の立場で、何が改善できるか」を考えられる強さが生まれ、「警備員として誇りを持てる仕事をしよう」という気概が芽生えています。気づけば、今年で勤続15年目。これまでの職歴のなかで、最も長く勤めていることになります。

「やり直せない人生など、絶対にない!」

リストラ、借金、自殺未遂と、かつて私は、ある意味でのどん底を経験しました。ですがそんな私でも、今は、自分を信じ、他人に感謝し、神仏を信じて、心穏やかに生きています。自分の半生からお伝えできるものがあるとすれば、「やり直せない人生など、絶対にない」ということです。生きていれば、つらいこと、苦しいこと、みじめになるようなことは、たくさんあります。その一方で、私たちに愛を与えてくれる人、心配してくれる人、寄り添ってくれる人も、必ずいるはずです。過去の苦しみを握りしめて生きるか。それとも、人さまからの恩を見つけ、感謝を捧げられるか。どちらを選ぶかで、人生の幸・不幸も変わってくるのでしょう。それを教えてくれたのは、幸福の科学、主エル・カンターレでした。
(大川隆法総裁こそ、自分にとっての「貴人」だったんだ)
信者になって以来、そう確信する日々です。立ち直らせてもらった人生。人にはない体験をしたからこそ、分かる気持ちもあると思います。一人でも多くの方の心に刺さるトゲや傷を癒してさしあげたい。今後はそんな生涯を歩み、恩返しとさせていただければと思っています。

書籍で学ぶ与えられているもののなかで最善の生き方をしよう

『アイム・ファイン』(大川隆法 著/幸福の科学出版)より抜粋したメッセージ

「そのあなた」を、仏は肯定している

『アイム・ファイン』(大川隆法著/幸福の科学出版)

男女の性別、年齢、頭のよし悪し、体の大小など、他人との違いは、いろいろあるでしょう。性格にも、外向的な性格と内気な性格がありますし、仕事でも、向き不向きなど、いろいろあるでしょう。しかし、それであってこその個性です。
他の人々の存在を肯定するなら、自分自身の存在をも肯定しなさい。「そのあなたでよいのですよ」と言って、仏は許しているのです。「そのあなたでよいのです。他の人でなくてよいのです。その名前を持ったあなたでよいのです」と、今世の魂修行を許可されたのですから、あなたは、あなたの生き方をしていけばよいのです。
いま与えられているもののなかで、自分として最善の生き方をしていくことです。

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重度の糖尿病にかかり、左足の薬指が壊死(えし)してしまったAさん。合併症を併発し、一時は危険な状態になりました。病床で神仏に救いを求めたAさんに、ある奇跡が訪れます―。
A・Mさん(愛知県・60代・男性)
ザ・伝道227号より転載・編集

体験談心の力で病気を癒す

重度の糖尿病と告げられて

「うわあ!」
2017年1月27日の晩のことでした。

私がお風呂に入ろうと靴下を脱いだとき、左足の薬指から血が出ていることに気がつきました。痛みはないのですが、足はぱんぱんに膨(ふく)れ、皮膚は黒ずんでいます。驚いた私は、ちょうど外出先から帰宅した妻のYに見せました。

「おいおい、ちょっとこれを見てみろ」
「ええっ! お父さん、この足どうしたの」

慌(あわ)てて近くの救急病院に駆け込むと、医師は、ひと目で糖尿病だと言いました。検査を受けると、血糖値もヘモグロビンA1cも、正常値を大幅に超え、医師も驚くほど。

「Aさん、すぐに入院してください。左足の薬指は壊死しています。足に症状が出ていなければ、失明していたか、場合によっては命を落としていたかもしれません」
(そんなにひどいんか……)

当時、私は自動車部品の製造工場を経営していました。毎日残業で休日も返上して働いていましたし、食事も高カロリーなものを好んでいました。若い頃に糖尿病のけがありましたが、今まで健康に暮らしてきたので、あまり身体のことに気をつかってこなかったのです。

そんな不摂生(ふせっせい)がたたったのかもしれません。左足も、3日ほど前から腫(は)れていたものの、痛みがなかったのでそのままにしていました。

翌日、入院すると、私と妻は病院で定期的に行われている糖尿病の勉強会に呼ばれました。糖尿病の知識がなかった私たち夫婦は、さっそく参加させていただくことにしたのです。

しかしそこで見せられたのは、足がなくなった人の映像や失明した人の事例の数々― 。自分がいかに”恐ろしい病気になったのか”をつきつけられると同時に、私も妻も不安がどんどん募(つの)っていきます。

実際に、私も医師から「膝(ひざ)下から切断すれば早く社会復帰できますよ」と言われていました。

(膝下から? 指だけ切りゃあいいのかと思っとったのに。切ったらもう二度と、自分の足では歩けなくなるんか……)

包帯に巻かれている左足をながめては、虚(むな)しい気持ちになるのでした。

「お父さんの足、絶対治るから」 

そんな私の心の支えになっていたのは以前から信仰している幸福の科学の教えでした。私は、1992年に、妻の誘いで大川総裁の講演会「中道からの発展」に参加して感銘(かんめい)を受け、「もっと深く学びたい」と思って入信しました。以来、家族で信仰してきたのです。 
 
幸福の科学の祈願によって数多くの奇跡が起きていると聞いていた私は、入院してすぐ、名古屋正心館で、病気平癒や機能再生のための祈りである『スーパー・ベ ガ・ヒーリング』を受けることにしました。

病院から出られない私に代わり、名古屋正心館に行ってきてくれた妻は、病室に戻ってくると興奮した様子で祈願中の不思議な体験を話してくれました。
「お父さん、祈願を受けているときにね― 」

聞くと、私の指が治っていて、肌も健康なピンク色で、爪も普通に生えているビジョンがありありと降りてきたと言うのです。

「お父さんは、大丈夫だって、確信したの。この足は切断しなくても絶対治る!」
「そうだな、治るよ」

信仰があったからこそ、どんな状況でも、私たち夫婦は希望を失わずにいられたのです。

悪化していく病状

しかし、足の状況は日に日に悪化する一方。医師から悲観的な未来を聞かされると、「足は切らなくても絶対治る」と信じていた気持ちも揺らいでしまうこともしばしばでした。

(足を切ったら、早く家に帰れるんやな。このまま病院におるのもかなわんし……)

妻は面会に来てくれると、「お父さん、調子はどう?」と、明るく接してくれますが、大黒柱の私が病気になって心細いはずです。

これは後から知ったことですが、私の病状が悪化していくにつれ、妻にも相当つらく、怖い思いをさせていました。妻は面会を終えて家に帰る車で、一人涙を流していたそうです。自宅に着いても茫然自失(ぼうぜんじしつ)としてしまい、駐車場で1時間くらい泣いていたと聞きました。それでも、次の日、私に会うときには、また天真爛漫(てんしんらんまん)な笑顔を見せてくれていたのです。

(Y、心配かけて申し訳ない。しょうがない、もう足を切らないかんな……)

病気になって以来、ずっと空けている家はもちろん、仕事のことも心配です。足を切れば、また働けるかもしれないと思い、私はついに手術をする決意を固めました。

「俺はまちがっとった……」

その翌日のことです。朝目覚めると、身体がガタガタと震えてきました。
(一体、俺の身体に何が起きてるんだ― ) 

そう思ったあとから、40度近い高熱が襲ってきました。恐れていたことが起きたのです。壊死していた箇所にいた細菌が、骨のなかに入ってしまい、合併症になったのです。

腎臓は透析が必要な一歩手前。心筋梗塞(しんきんこうそく)も起きかねない状況で、目も弱くなっていてレーザー治療が必要だと言われました。さらに、自覚はなかったのですが痴呆(ちほう)の症状まで出ているそうなのです。

熱のため足の手術はしばらくできなくなってしまい、3日間、高熱で寝込みました。そのなかで私は、自然と今までの人生を振り返っていったのです。

楽しかった子供時代や学生時代、父親の工場を継(つ)いだときのこと、Yとの結婚、両親の介護、そして死別― 。
(あ……)

私は数年前に亡くなった実の父と母の介護を思い出してはっとしました。
(俺は、親の面倒をよくみたなあと思っていたけども、今思えば、充分じゃなかった)

私は高齢の両親にいつもついてまわるなど、確かに一生懸命介護をしていました。しかし、そのときの私の心の中身は、「してあげている」という気持ちが強く、感謝やいたわる思いが足りなかったのです。

そのことに気づくと、今、私の回復を信じ、献身的に支えてくれている妻の姿が心に浮かびました。
(Yは本当によくやってくれとる……)

妻が面会に来ると病室が明るくなります。2人でいると会話が尽きなくて、私は病気のことも忘れて心から笑えたのでした。妻の存在がずっと私を助けてくれていたのです。

それなのに私は、妻から与えられている愛が、「当たり前」だと思っていたことに気がつきました。思い返してみると、病気になるまでろくに感謝もしてこなかったのです。
(Yは全然自分のことは考えないで、俺のために……)

さらによく周りを見てみると、妻以外にも医師や看護師など、たくさんの方が私の病気を治そうと一生懸命やってくれていることに改めて気がつきました。また、幸福の科学の法友(※1)たちも、私の足の回復を毎日祈ってくれていると妻から聞いたことを思い出したのです。その中には、私の面識のない人までいました。

(俺は、多くの人に支えられていたんだ― )

「感謝は大切」と幸福の科学で学びながら、本当の意味で感謝ができていなかった自分を悔(く)いたのです。柄にもなく男泣きをしていると、妻が病室に入ってきました。
「俺は本当にまちがっとった……」

「お父さん、どうしたの? こんな病気になったけど、ここまでよくお仕事を頑張ってきたじゃないですか。大丈夫だよ」
そう言いながら、私の背中を優しくさすってくれる妻の顔をふと見ると、妻の目にも大粒の涙が溜(た)まっています。私たちはお互い肩を寄せ合ってぽろぽろと泣いたのでした。

↑ 入院中、誕生日を迎えたYさんに感謝をこめて花束のプレゼントをした。

(※1)同じ法を学び、学びについて語り合える仲間のこと。

「この指、まだ生きてますよ」

私は、発熱したことで4人部屋から個室に移り、それをきっかけに病院での信仰生活を整えました。まず御本尊(※2)を安置させていただき、毎日、幸福の科学の根本経典『仏説・正心法語』を読んで祈りました。

そして、大川総裁の法話のCDやDVDを流し続けたのです。法話「奇跡を感じよう」を拝聴していたときのこと―。

「今、みなさんは「自分は地獄の坩堝(るつぼ)で苦しんでいる」と思っているかもしれませんが、それは、実は、みなさんの魂(たましい)を鍛(きた)え、真なる金(きん)に変えようとする、大いなる慈悲(じひ)であることが多いのです。そういうことを知っておいてくださればと思います。そうすれば、みなさんには、「奇跡を感じる瞬間」が必ず訪(おと)ずれるでしょう―」

(そうだなあ。俺は病気になったから大切なことに気がついた。もう自分であれこれ判断しないで、治るかどうかは神仏にお任せしよう)
信仰生活を整えたことで、私の心はさらに穏(おだ)やかになっていったのです。

そんなある日のことです。皮膚科の検診で、足の包帯を外した拍子に左足の薬指が第二関節からぼろっと崩れ、そこから血がどばっと吹き出てきました。
 
「Aさん! この指はまだ生きてますよ!」
(えっ!?)

確かに「死んだ」はずの指が「生きて」いると言うのです。思えばあの日、熱が出ていなければとっくに足を切っていたはず。

神秘の力を実感するとともに、神仏が私の足を守ってくださったのだと思いました。

(※2)家庭用の祭壇

足の指が奇跡の”再生”

指が取れてから数日後。一時退院をした私は、妻と娘に付き添われて名古屋正心館に参拝し、『ガン細胞消滅祈願』を受けることにしました。歩くことができない私は、娘に車椅子を押されながら特別祈願室に入りました。

(主よ、御心ならば、私の足を治してください。必ず世の中に恩返しをします。ありがとうございました― )
静かに合掌(がっしょう)し、神仏に全て委(ゆだ)ねる気持ちで祈りました。

その翌日からです。再入院した私の足がみるみるうちに回復していったのです。驚くことに、第二関節から取れた薬指が、徐々に再生していきました。入院から約3カ月経つ頃には退院することができ、その後も定期的に受診して経過をみましたが、足の指は元の長さにまで戻って、皮膚もすっかりきれいになったのです。

そしてついに車椅子なしで生活できるまでに回復を果たしました。

当初、担当医からは「治るまで1年はかかる」と言われていたのに、わずか4カ月で足の指が再生したのです。私は「奇跡をいただいた」と、妻と一緒に、改めて神仏に感謝を捧げました。

「奇跡の実証者」として信仰の尊さを伝えたい

私は今、自分の足で自由に歩ける喜びをしみじみと感じています。今年の1月には、新しく生えた指に、爪のようなものができました。「爪は絶対に生えない」と言われていたので、医師も看護師もとても驚いていました。

信仰に出合っていなかったら、私は今ごろ車椅子で病院に通院する日々を送り、さらに悲惨な状況になっていたでしょう。神仏に助けていただいたことへの感謝の気持ちを少しでも表したくて、今は毎日、妻と一緒に幸福の科学の布教誌配布に取り組んでいます。
 
私は病気を経験してつかんだことがあります。それは、「目に見えない存在や心の力を『信じきる』ことで、人生は本当に好転していくのだ」ということです。

今までも信仰を持っていましたから、自分では「信じて」いたつもりでした。しかし、「信じきれて」はいなかったのかもしれません。どうにもならないような苦難に直面して、真剣に自分を見つめ、祈り、やっと「信じ切る」こととは何か分かってきたのです。

これからは、”奇跡の実証者”として、信仰の尊さを一人でも多くの方に伝えていきたいです。それが、私の使命です。

Aさんの足指の再生記録

指が約1㎝生えた(2017年3月21日撮影)

↑ 壊死した薬指が第二関節から崩れて約1カ月後の様子。指が約1cm生えてきている。

皮膚も綺麗になった(2018年3月4日撮影)

↑ 皮膚の白いところが、再生した箇所。

「信じる力」には絶大な力がある(妻・Yさん)

医師から、主人の足の切断を勧められたときは、恐ろしくて毎日泣いておりました。

でも、信仰があったからこそ、主人も私も「病気は治る」という希望を捨てずにこれたのです。神仏は絶対、そばで私たち一人ひとりを見守っていらっしゃいます。私はそれを、主人の病気を通して実体験させていただきました。

「『信じる力』には絶大な力があるんですよ」「信仰は大切ですよ」ということを、主人と一緒に多くの方に伝えていく使命を感じております。

書籍で学ぶ「信仰パワー」で病気を治そう

『奇跡のガン克服法』(大川隆法 著/幸福の科学出版)第2章 奇跡のヒーリングパワー/4 「信仰パワー」で病気を治そう/不可能が可能になる時代が到来している

不可能が可能になる時代が到来している

病院で治らなくなったら、あとは信仰パワーで治してください。「治してもよい人」であれば治せるのです。当会の教えを本当によく理解したら、治らないはずはないことが分かります。

さらに、最近は宇宙人パワーまで引いてきはじめていて、これまでの霊的なヒーリングを超え、「プレアデス・ヒーリング」や「スーパー・ベガ・ヒーリング」などの祈願も始まっています。不可能が可能になる時代が、すでに到来しているのです。

現代人は、なかなか信用できない話でしょうが、死んだイエスは復活したと言われていますし、オフェアリス(紀元前四千数百年ごろ、ギリシャの地に生まれた光の大指導霊。エジプトの神話ではオシリスと言われている)も、殺されてバラバラにされたあと、その死体をつなぎ合わせて復活させたことになっています。

現代の外科医が聞くと引っ繰り返るような話ですが、私の宇宙人リーディング(霊査)によると、ベガ星人が彼らを復活させたそうです。科学技術の進んだ星の技術を使えば、それは可能でもあろうと思います。

今、そういう宇宙人パワーも引いてきているところなので、これから、病気の治り方は、いっそう加速され、“新幹線”以上の力が出て、“リニア新幹線型”の治り方をするかもしれません。あとは、教団全体として、信仰空間を上手につくり出していくことが大事だと思います。そうすれば、もっともっと奇跡は起きるでしょう。

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