Archive for the ‘Q&A’ Category

一般に「自殺はいけない」と言われますが、なぜ、いけないのでしょう?幸福の科学の仏法真理の観点から、自殺に関する疑問にお答えします。(月刊「幸福の科学」355号より転載・編集)

Q1.自殺してラクになりたいんです。

A.残念ですが、苦しみは消えません。

人間は肉体がなくなっても、魂となって生き続けます。すべて消えると思って自殺をしても、苦しみは残ったまま。また、本来の寿命が来るまで天国にも地獄にも行けず、残された人たちが悲しむ姿を見続けることに……。だから、自殺は絶対にしないでください。

Q2.自分の命だから、死ぬのは自由でしょ?

A.人間の命は神仏からいただいたものです。

「自分は生まれたくなかった」「親が勝手に生んだ」と言う方がいます。でも実際は、私たちは皆、「地上に生まれたい」と神仏にお願いして、許されたからこそ生まれることができました。生まれる前には、両親や伴侶、友人となる人たちと地上で出会う約束をして「人生計画」を立ててきます。自殺は、この約束を一方的に放棄することになってしまいます。

Q3.生きる価値が見い出せません。

A.ほめられたことを思い出してみましょう。

人は皆、神仏に創られた大切な存在です。自分に自信が持てないときは、人からほめられたことを一つひとつ思い出してみましょう。今後の人生で、あなたと約束して生まれてきた人たちとの出会いが待っています。その人たちのためにも、自分を肯定する心を大切にしてください。

Q4.どうしても生きるのがつらいんです。

A.神仏の光をいただいて、悪霊の影響を断ち切りましょう。

「どうしても死にたい」と思い詰めてしまうときは、悪霊の影響があります。自殺で亡くなった人が不成仏霊(ふじょうぶつれい)となって、自分と似た心境の人に憑依し、その人も自殺させようと働きかけているのです。こうした悪霊の影響を絶つために一番効果的なのは、幸福の科学の根本経典である『仏説・正心法語(ぶっせつ・しょうしんほうご)』を読んだり、『仏説・正心法語』のCDをかけたりして、神仏の光で守っていただくことです。また、悪霊と同通しないよう、心を明るくしていくために、仏法真理を、毎日少しずつでもいいので学んでいきましょう。

今回、質問に答えてくれた講師は・・・

横浜正心館 講師〉 吉田美智子さん
幸福の科学の講師。うつ病や、自殺願望で苦しむ方々の悩み相談に、数多く携わる経験を持つ。

『生命の法』(大川隆法著/幸福の科学出版)

『霊的世界のほんとうの話。』(大川隆法著/幸福の科学出版)

参考文献:「生命の法」「霊的世界のほんとうの話。」

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関連リンク

幸福の科学の精舎ってどんなところ? 出家者への一問一答も!【精舎体験レポート】
よくある質問(FAQ) 入会について
自殺防止サイト

Q.どんな供養が間違った供養ですか?

A.子孫の側が自分たちの不幸を「先祖のせい」にして行う供養は間違いです。

子孫を苦しめようとする先祖はいない

世の中にある先祖供養のなかには、病気や怪我、事業の失敗や受験の失敗など、家庭内で起きる不幸の原因をすべて先祖のせいにして、「迷っている先祖の供養さえすれば、幸福になれる」という言い方をするところがありますが、これは間違いです。なかには、本当に浮かばれずに迷っている先祖がいる場合もありますが、その場合でも、積極的に子孫を害してやろうと思っている先祖は、基本的にはいないのです。
本当の意味で先祖を供養し、彼らが浮かばれるようにするためには、遺された子孫が、常に先祖に対する感謝の念を持つとともに、人間としての正しい生き方、光に満ちた生き方をすることが必要です。これが先祖供養の前提です。彼らは人間としての正しい生き方が分からずに、自分が間違った理由、自分が今苦しんでいる理由が分からないので、先祖供養においては、それを教えてあげることが大事です。

迷っている先祖と子孫の心が同通すると「先祖の霊が障(さわ)っている」状態になる

正しい供養、まちがった供養【霊的世界のほんとうの話】

「先祖を供養したい」という子孫の念が、愛念として実る場合はよいのですが、子孫が欲得の心で先祖供養をすると、先祖が、あの世で悪霊となり、迷っているような場合は、両者の心が完全に通じてしまうのです。
たとえば、この世に生きている人が、誰かを強く恨んだり憎んだりする気持ちを持っているとします。その場合、あの世の地獄界に堕ち、人を恨んだり憎んだり怒ったりしている先祖がいれば、両者の波長が通じてしまいます。そうすると、子孫がその思いを持ち続けるかぎり、先祖は、いつまででも憑依することができ、憑依された人の運命を悪くしていきます。その人を病気にしたり、事業を成功させなかったり、間違った判断をさせたりできるのです。そういう意味では、「先祖が迷っていて、子孫を苦しませる」という現象が、あることはあります。しかし、その場合であっても、「まず子孫の側が自分自身の心を正すことが大事である」と言っておきたいのです。

迷っている先祖は御札や戒名などで救われるわけではない

これは、たとえて言えば、父親が多大な借金を背負っていて、また息子は息子でまったく別に同じような借金を背負っているのに、息子が父親の借金を返すことができないのと同じです。もし、事業に成功するなりして、息子が大きなお金を持っている場合には、父親の借金を返すことができるでしょう。これが先祖と子孫の関係であるわけです。「先祖が浮かばれていない」、「地獄で苦しんでいる」ということは、“借金”を背負っているのと一緒で、精神的な借金、この世で生きたときの借金を背負っているわけです。その借金を払うために、子孫がそれを供養し、先祖を成仏させようとするときに、子孫が悪霊に憑かれるような目茶苦茶な生活をしていた場合には、子孫もまた負債を負っているわけです。借金を持っている者が、借金を持つ人の借金を、代わりに返すことはできないのです。豊かであればこそ、他人の借金を払うことができるのです。
この「豊かである」ということは何かと言うと、「今世において徳を積んでいる」ということなのです。それは、仏法真理に基づいて日々修行をしているということです。光の徳を積んでいること。光を蓄積していること。天の蔵に富を積んでいること。それがあってこそ、苦しんでいる人に対して、その光を手向けることができるのです。ですから、御札や護摩木で先祖が救われるわけではなく、生きている子孫たち、縁のある人たちが、日々、徳を積むことが大事なのです。

正しい宗教かどうかの見分け方は、「反省」と「自己責任」を教えるかどうか

愛と慈悲の心で先祖を供養したいという気持ちがみなさんにあること自体は、非常によいことなのですけれども、ただ、先祖が迷っているのは、決して子孫の責任ではないのです。これは原則ですから、よく知っておいてください。
地獄に堕ちたのは、やはり、本人の生き方に問題があったのです。思いと行いに問題があって、地獄に堕ちているのです。この大前提は知っておいてください。そうしないと、みなさんが一生懸命供養をしていても、先祖のほうは「自分が悪い」とは絶対に思わない人が多いのです。子孫のせいにしてきます。「立派な墓を建てないから、俺はこんなに苦しいのだ」「仏壇が安物だから、こんなに苦しいのだ」「位牌が悪い」「戒名をつけなかった」とか、いろいろなことを言うわけですが、これは言いがかりというものであって、そういうものによって救われることは、まったくありません。
「生きていたときの思いと行いに基づいて、天国・地獄が分かれるのであり、あなたが地獄に堕ちているのは、やはり、それだけの責任があったからですよ」ということを教えてあげることです。正しい宗教かどうかの見分け方は、生きている人、現実に修行をしている人に、反省をキチッと教えるかどうか、自己責任のところをキチッと教えるかどうか、というところにかかっています。

参考文献:『正しい供養 まちがった供養』

Q.どうすれば幸せな恋愛ができますか?

A.精神的なものがキラッと光る、天国的な恋愛をしましょう。

相手の幸せを願っているか、自分の満足だけを考えているか

恋愛にも「天国的な恋愛」と「地獄的な恋愛」があり、幸せになる恋愛なのか、不幸になる恋愛なのか、大きくふたつに分けることができます。チェックポイントは簡単です。その恋愛が、付き合う二人にとって、人格を高め、未来を開くような建設的な方向なのか。それとも、堕落させたり、人生を挫折させたりする性質を持っているのか。恋人同士の関係は、自分にとっても、相手にとっても、とても影響の大きいものです。自分たちが「いい恋愛」をしているのかどうか、冷静に判断する目を持っておくことが大切です。 幸福の科学では、愛には「与える愛」と「奪う愛」があるということを説いていますが、「与える愛」と「奪う愛」の考え方に照らしてみて、「相手を幸福にしよう」という純粋な気持ちがあるのか、それとも、「相手から、盗めるだけ盗み、もらうだけもらいたい」と思っているのか、この点を点検してみてください。「自分の満足や快楽のために相手から徹底的に奪いたい」と思ってはいないでしょうか。

「自分よりも少し大人の目」で冷静な判断をする

幸せな恋愛のヒント。天国的な恋愛と地獄的な恋愛【霊的世界のほんとうの話】

また、恋愛のチェックポイントとして、「自分よりも知識や経験のある大人なら、どう考えるか。自分よりも少し年齢の高い人なら、どう考えるか」という考え方ができるかどうかが分かれ目です。それから、「自分のパターンと相手のパターンがぶつかったときに、どうなるか。相手のパターンは、自分を幸福にするパターンなのか、不幸にするパターンなのか」ということを、よく見極める目を持つ必要があります。「恋は盲目」なので、その渦中にある人にとっては、何を言ってもわからない面はありますが、それでも、点検する基準を持っていて、折々にチェックしていけば、いずれかのターニングポイントにおいて、よい判断ができることもあるのです。そして、ほとんどの場合、少なくとも数年後には結論が出ることになります。

お互いを高め合うような相手を選ぶ

恋愛は、全人格的な総力戦です。「あなたは、どういう人に惹かれるか。どういう人と結びつくか」ということによって、「あなたは、いかなる人間であるか」ということが試されているのです。天国的な恋愛のためのアドバイスを一言で言えば、「お互いの未来を考え、共に高め合えるような相手を選ぶ」ということです。お互いを高め合うような相手を選べば、二人の関係は、きっと長く続いていくでしょう。もし、「お互いに相手を堕落させたり破滅させたりする方向に向かっている」と思うならば、ある種の潔さは必要でしょう。相手のことを好きでも、「このままでは、お互いに駄目になる」「相手を破滅させる」「自分の将来の職業が成り立たない」「まだ時期が来ていない」と思う場合には、諦めて身を引く潔さ、あるいは、もっとよい人と巡り合えるように相手の幸福を祈ってあげる潔さも必要だと思います。 人を好きになることは数多くありますが、たいていは、時間がたつと、相手の名前も外見も忘れていくものです。そのなかで、忘れずに記憶に残る人は、やはり、何らかの精神的なつながりがあった人です。精神的なものがキラッと光るような恋愛をしていきましょう。

参考文献:『青春の原点』

Q.神はなぜ地獄を消してしまわないのですか?

A.地獄にいる霊も、もともとは天国に住んでいた健全な人々です。

地獄は、ある意味で病院である

35_神はなぜ地獄を消してしまわないのですか?

地獄というものは、ある意味では罰なのですが、別の意味においては病院なのです。地獄霊は、神仏の心に反する間違った思いと行いで生き、天国に還れなくなってしまった人々であり、まさしく病人と同じです。「地獄をなくせばよい」という考えは、例えば、「病人をなくせばよい」という考えと同じなのです。病人というものは、もともとはいないのです。もともとは健康な人間しかいないのですが、不養生をするなど、何か原因があって病気になっているのです。しかし、「病人であっても、やがて治れば健康人に戻る。本来の実相は健康人である」と神仏は考えているわけです。あなただって病気をするかもしれません。そのときに、すぐ抹殺されたら困るでしょう。本来は健康なのに、病人になったからといって、「おまえは病院行きになった。病院に入った人は、もう役に立たないから、殺してしまう」と言われたら、困るでしょう。誰しも地獄へ行く可能性はありますし、何百年かかろうとも反省すれば本来の姿に戻ることができるのです。「病人」になったときに、その人を消してしまってよいと言えるかどうか、その人は存在が許されないかどうか、それを考えれば、「仏は、そうとう長い間、待っている、慈悲深い方だ」ということが分かるのです。
*この記事は『霊的世界のほんとうの話。』を参考に作成しました。

参考文献: 『霊的世界のほんとうの話。』 Part4 Chapter1神はなぜ地獄を消してしまわないのですか?

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