Archive for the ‘奇跡体験’ Category

この記事は、隔月発刊の機関誌「ザ・伝道」第148号より転載し、編集を加えたものです。

Fさん(60代・男性)

進行ガンの宣告

「こんなになるまで放っておく人、見たことないよ」

数年前、私は医師から膀胱(ぼうこう)ガンの宣告を受けました。1年ほど前から血尿のようなものが出ていたのですが、痛みもないので放っておいたのです。

それがある時、職場でトイレに行くと、ワインのような色の尿が・・・。さすがに青くなり、病院に駆け込んだのです。

ガンはピンポン玉大のものが一つ、ビー玉大のものが二つあり、膀胱の三分の一の表面にニキビ状のガンがびっしりできているとのことでした。

「すぐにでも入院して、膀胱全摘以外にないですね。人工膀胱になります。生活は不便になりますが・・・」

突然、ガンを宣告され、心の整理がつかない私を前に、医師は淡々と今後の処置について説明していきます。

(ちょっと待ってよ・・・。まいったな)

ガンになった原因

「ガンというものは、ほとんどの場合、精神的なストレス、悩みや苦しみが原因になっています。(中略)心が病むと肉体も病んでくるのです」(『繁栄の法』より)

すでに幸福の科学の教えを学んでいた私には、ガンになった原因が、自分の心のあり方にあることは分かりました。しかし簡単に受け入れられるものではありません。

日頃の自分の姿が浮かびました。友人や知人に幸福の科学をおすすめしながら、「心を調和して生きることが、大事なんだよ」と諭している自分・・・。

(人には分かった風なことを言って、自分の心のコントロールはどうなんだ)

病院を出て家路につきながら、そんなことを考えていましたが、ふとびっくりしたことがありました。進行ガンの宣告を受けたのに、昔からあれほどあった「死の恐怖」がありません。

(何かおかしいぞ。信仰を持っているからといって、体裁を気にして恐怖心を隠してるんじゃ・・・)

家族にガン宣言

その日の夕飯後、妻と当時大学生だった息子と娘に、病気のことをわざと明るく報告しました。

「はい! 今から発表します。私はガンになりました」

と、見渡せば、顔を曇らせる妻、黙っている子供たち。

家族の前でも本心を取り繕(つくろ)っている自分が、なんだか滑稽(こっけい)でもありました。

(まずいぞ。自分の心の闇や嘘を赤裸々にしなくちゃいけないんじゃないか・・・)

それから間もなく、私は幸福の科学の本やCDをたくさん持って入院しました。そして、検査や人工膀胱のレクチャーを受ける合間に、病室のベッドで、真理の書を開きながら心を見つめていったのです。

心の毒の発見

心の作用でガン細胞をつくってしまったのですから、よほど心に毒を溜め込んでいったに違いありません。

当時、私は郵便局の局長を務めていたのですが、心が揺れるシーンとなると、やはり職場のことばかりが出てきます。

書類の処理が要領を得ない部下へのイライラ。何回も同じことを言わせる部下を見下すような思い。お客様へのサービス精神に欠ける部下にカッとなりそうになってしまうこと。

(なんでできない!)( バカヤロー、何度言ったら分かるんだっ)

面と向かっては言わないまでも、心の中では罵声を浴びせていました。

それは明らかに、部下を生かす思いというよりも、仏法真理で戒められている「瞋(じん)=怒り」の心です。

さらには、そういった自分の思い通りにならない出来事があると、何十分でも何時間でも、その事に不満を持って思い続ける癖があることも発見しました。それは、心の中でずっとグチを言い続けている「 癡(ち)=愚か」の心です。

私は要領もよく、人からは社交的と言われていましたが、外見からは分からない心の中は、人を責める思いや言葉が渦巻いていたのです。

心の中の謝罪

入院前、職場で病気のことを報告すると、「ゆっくりしてきてください」と、どことなくホッとしているように見えた局員たち。

(皆、こんな寛容じゃない上司の俺と仕事してつらかったのかな、本当に申し訳ないことをしてきたのかもしれない)。私は部下の一人一人に、心の中で詫びていきました。

次に私は、自分のそんな傲慢さがどこから来ているのか、人生を振り返っていきました。

私は父が会社経営をしながら議員をしている家の6男として生まれました。小学生になると子供のいない親戚に養子にいき、養父母からそれは大切に育てられました。

そして大学卒業後は、知人の紹介で郵便局に就職。29歳の時、縁あって大手航空会社の客室アテンダントだった妻と結婚し、家も新築。35歳で特定郵便局の局長に抜擢。その郵便局は、全国有数の商工団地にあったため、毎年抜群の営業成績をあげることができ、日頃の付き合いから政財界とのパイプも太くなっていきました。まさに順風満帆の人生。

私は、知らず知らずのうちに「慢心(まんしん)」していたのです。

多くの人に生かされて

日頃、部下に業務の手本を見せる時も、「どうだ」とばかりに接客したり、窓口業務についたり・・・。私の慢心ぶりが部下の鼻につかないはずはありません。

「『自分はよくやったな』とだけ思っている人は、忘れているものが多いのではないでしょうか。確かに努力はしたかもしれない。しかし、『その努力を反映する場を与えてくださった人びとがいた』ということを忘れてはならないのです」(『人生の王道を語る』より)

幼い頃よりお世話になった人の顔を思い出していくと、限りがありませんでした。大量の人に連綿と世話になりながら、今の自分がある。そのことを思うと、長い間忘れていた心を思い出しました。 それは「謙虚さ」です。

20代の頃の、素直で初々しかった自分が、まぶしく思い出されました。

「死」の覚悟

その合間にも、他の臓器への転移を調べる検査が何度となく行われ、私は「死」を覚悟し、腹をくくりました。

兄たちが原爆や病気で亡くなっていることも影響してか、物心ついたころから「死」の恐怖を抱いていた私でした。

しかし信仰を持ってからは、あの世の実在を確信。医師からガンを宣告された時、死の恐怖がなかった自分に驚きましたが、信仰によって護られていたのだと気づいたのです。

「これまでのことはすべて、自分で蒔いた種だ。仏に全託し、たとえどんな結果になっても受け入れよう」

今の自分にできることを

幸福の科学支部では、支部長が「病気平癒祈願(びょうきへいゆきがん)」をしてくださっていると聞きました。

同じ信仰を持つ仲間がいて、いつも私のために祈ってくださっていること。順境の時も逆境の時も見守ってくださっている仏がおられること。

(信仰とはなんと心強きものか)。病気になって初めて、そんなしみじみとした思いがこみ上げます。

「オレは今まで人から与えられてばかりで、『奪う愛』の塊だった。だからこれからの人生は無私なる愛を実践して生きていこう」

死ぬのは怖くありませんでしたが、この世の生を閉じる時、周りの人にもっと優しくしてあげればよかった、と悔いが残るのはつらいと思いました。病身であっても、今の自分にできることからやっていこう、と心に誓ったのです。

「与える愛」の実践

病室は4人部屋だったのですが、病室特有の暗い雰囲気に負けじと、自分から話しかけたり、家族に頼んでトランプや花札、知恵の輪を持ってきてもらい、患者同士で遊んだりしました。

また、高齢の方とは、一緒に風呂に入るようにして、体を支えてあげたり、下着の脱ぎ着を手伝ってあげたりしました。そのうち、別の病棟から患者さんが遊びにくるようになり、退院祝い会をやったりと、明るいサロンのような雰囲気になっていきました。

吹き出てきた「感謝」

そんな日々の中で、びっくりするようなことが起きました。

時折、腹から胸に向かって、まるで壊れた水道管から水が吹き出るように感謝が湧き上がってくるのです。

それは病院の廊下を歩いている時や食事の時など、前後の脈絡もなく突然やってきました。そして決まって、「いい人生だったなあ」という言葉が口をついて出、涙がぼろぼろと止まらないのです。

一度その場面に居合わせた妻も、「なにも明日死ぬわけじゃないんだから」と困惑するぐらいでした。

それは自分の人生も、死も、すべて受け入れることができた瞬間だったと思います。そして何かが吹っ切れた気がしました。自分の心の根っこに純粋な感謝があり、私はホッとしていました。

(迷ったらここに戻ればいい――)

「信仰」の奇跡が臨んで

そして手術が迫ったある日。医師がふとこんなことを言い出したのです。

「こんな状態の人にやったことないけど、膀胱を取らずに、悪いところを内視鏡で焼いてみますか?」

膀胱にびっしりできたガンを切除するのは至難のこととは思いましたが、私は先生にお任せすることにしました。ガンが深いため、手術中に膀胱に穴が空く恐れがあるとも言われました。

ところが実際には、手術は成功したのです。

「こんなにひどくなってるのに、ガンが表面にしかない。尿管にも広がってない」と医師も驚きを隠せない様子です。「Fさんがお持ちの信仰のお陰もあるんじゃないでしょうか・・・」と不思議そうな顔をしていました。

心の財産

ガン発覚から2カ月後、私は職場に復帰しました。

「分からんことがあったら、俺に遠慮せずいつでも聞きにこいよ」

入院前、あんなに皆に伝えてあったのに、聞きに来た部下は誰もいません。以前の私なら心が動揺したでしょう。しかしその時は、私が不在でも滞りなく業務をこなしていた部下たちの成長を祝福し、皆に感謝することができたのです。

手術から数年が経ち、ガンの定期検診の必要もないほどに、健康を取り戻すことができました。退職した今は、地元の会社の役員や、幸福の科学のボランティアをしながら、充実の日々を送っています。

年を重ねるほど、心は、凝り固まった「有(う)」の状態になりがちです。

人間そう簡単に変われるものではありませんが、私にとってこの数年間は、「 地獄の方向を向きがちな心の針を、天国的な方向に振り向ける」ことを常に自らに課し、実践し続けてきた歳月でありました。

まだまだ未熟ですが、習慣づけた心の操縦法は、私の心の財産です。

「新しい生命(いのち)」をいただいて

ガンを宣告された時、もし無信仰の私だったら、死の恐怖におびえながら、医学書を買いに走って、油汗を流しながら読み、何としても肉体生命を延ばす方向で悶々と苦悩したでしょう。

病気がきっかけで、自らの間違った思いに気づくことができました。教えによって、心の傾向にまで踏みこんだ反省ができ、心身の健康を取り戻せたことは、まさに「信仰の奇跡」であったと思います。

支えてくださった幸福の科学の皆さんと、新しい生命(いのち)をくださった仏に、心からの感謝を捧げ、これからの報恩の人生を歩んでまいりたいと思います。

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F・Yさん(徳島県)
月刊「幸福の科学」369号より転載・編集

思いがけない宣告

「ゴホッ、ゴホッ……、ゴホゴホッ」
(なんでこんなに咳が出るんだろう。最近調子悪いなぁ)

2006年5月末のことです。体調不良が続いていたので病院に行った私は、肺炎と診断され、緊急入院を命じられました。

ベッドで横になっていても、頻繁に咳き込み、発熱も続きます。体はだるく、少し動いただけで、はぁはぁと息切れしてしまうため、入浴もできず、話そうとすると咳が出るので、見舞いに来てくれた家族との会話もままなりません。

入院生活が2週間に及ぶころ、妻が、聞いてきた検査結果を教えてくれました。

「あのね、お父さん……」
妻の話を聞いて、私は唖然としました。
ただの肺炎ではなかったのです。病名は、「特発性間質性肺炎」という耳慣れないものでした。肺のなかの、小さな袋状の肺胞が炎症を起こし、空気を取り込みにくくなる原因不明の難病で、死に至る可能性もあり、発症後の平均余命は、わずか5〜6年……。

「えっ、そんな難しい病気なんか」
妻は泣いていました。まだ小学生の息子と娘、そして妻のことを考えると、私はこのまま人生を終えるわけにはいきません。

(えらいことになったなぁ……。治療が効かんなら、もう、信仰の力で治すしかない)

私は幸福の科学で、「病気の原因は心の問題であることも多い」と学んでいましたし、信仰によって病気が治った奇跡体験も数多く聞いていました。だから、自分の心にある「病気の原因」を正すことで、現代医療で治らない難病でも、回復できるのではないかと思ったのです。
(もし今死んだら、僕は絶対後悔する―)

私は幸福の科学の教えを通して、「人間の使命は周りの人々を幸福にすること」であると学んでいました。しかし、自分の人生を振り返って、まだ何もお役に立てていないと思ったのです。

(主よ、御心ならば、どうか私を生かしてください―)
私は大川総裁の御法話を拝聴したり、書籍を読んだりしながら、深く自分の心を見つめていきました。

心に染み入る仏の言魂

今日から、恩返しの人生を生きるよ―。【体験談】

その後、医師から「大学病院なら新しい治療法があるかもしれない」と言われ、転院することになりました。しかし、病室に空きがないため、しばらく自宅で待機することに。

(そういえば、『正心法語』を読むのが良いと言っとったな)

以前、幸福の科学の複数の友人から、『仏説・正心法語』を読んでガンや難病が治った人がたくさんいるという話を聞いたことを思い出したのです。

『仏説・正心法語』は、7つの経文が収められた、幸福の科学の根本経典です。

私は、毎日朝晩、『正心法語』の7つの経文を、声に出して読むことにしました。応接間にある御本尊の前に座り、心を静めて経典を開きます。

「真理の言葉、ゴホッ……、しょ、正心……法語、ゴホッゴホッ……」

言葉を発すると、すぐに咳き込んでしまい、なかなか読み進めることができません。咳をするたびに痰が出て、朝晩の祈りでティッシュ一箱分を使い切ってしまいました。通常なら30分程度で1冊読み終わるところを、倍以上の時間をかけて何とか読み切り、翌日もまた、同じように読み始めてみると―。

「真理の言葉、正心法語、ゴホッ……」
(あれ? 少し昨日と違うような……)
咳が出るのは変わりませんが、少しだけ楽になったように感じたのです。

翌日も、翌々日も、繰り返し『正心法語』を読み続けると、少しずつではありますが、確かに咳が出る頻度が減り、症状が改善していくのを実感しました。

声が出るようになるにつれ、経文の一言一言が、心に深く響いてきます。
 
「大宇宙に光あり―」

それは、『正心法語』の冒頭の言葉です。最初にその言葉を口にするたび、神仏の光が、身に染みてくるように感じました。

(主はいつも、見守ってくださる……)
祈りの時間は、神仏の光が心に差してくるようで、体がポカポカと温かくなります。 
また、毎日経文を読むにつれ、自分自身の「反省」も、深まっていきました。

『正心法語』のなかには、次のような一節があります。 
「過去は 既に過ぎ去れども
心の過ちは 残るなり
他人に対して 理解をし
自分に対しては 反省せよ」

(他人に対して理解をする、か……)
これまでの人間関係を振り返ると、仕事で理不尽なことを言われ、相手に対して怒りの気持ちを抱えていたことを思い出しました。

(あのときは納得いかんかったけど、やっぱり、怒りを持ち続けたらあかんよな……)

大川総裁の御法話CDを聴きながら、相手を責める思いを持つのをやめ、相手を許せるようになりたいと思いました。そこで、嫌な出来事にとらわれず、さらさらと水に流していこうと努力していったのです。

そして、妻との関係にも思いを巡らせました。私は日常の些細なことで、妻にきつい言葉をかけてきましたが、私の入院中、妻は仕事が終わってから、毎日欠かさず見舞いに来て世話をしてくれました。

(これまで自分の意見ばかり、強く言い過ぎてたかもな。悪いことしたなぁ)

妻に、心のなかで謝りました。すると、心がすーっと軽くなっていく感じがします。
そうした反省を続けるうち、私は次第に、穏やかな心を取り戻していったのです。

医師が不思議がった出来事

『正心法語』を読み始めてから7日目のこと。大学病院から、「病室が空いたので、すぐ入院するように」との知らせを受けました。しかしこのときには、たまに咳が出る程度にまで症状が改善していたのです。私は医師に、再検査をして欲しいと頼みました。すると―。

「あれ? 確かに良くなってますね。この病気は、何も治療せずに1週間で良くなることはないんですが……。しばらく様子を見ましょうか」

医師の判断で、入院は取りやめになったのです。その後も欠かさず、『正心法語』を読み続けていくと、薄皮を剥がすように、日に日に体が回復していくのを感じました。そして1週間後、再び診察を受けると―。

「Fさん、治ってますよ! どうしてだろう。診断が間違いだったということはあり得ませんが……」

医師は、完治した理由がまったく分からないと不思議がっていましたが、私は、これは神仏がくださった奇跡だと確信しました。

(願いを聞き届けてくださって、ありがとうございます……)

心から感謝があふれ、自分自身が大いなる存在に生かされていることを実感しました。
(一度失ったも同然の命や。これからは、多くの人のために生きていこう)

神仏に許され、生かされていることを実感した私は、以前よりずっと、他の人に優しくなりましたし、人を許せるようにもなり、今は深い幸福感に満たされています。

現在は、仲間と一緒に幸福の科学の教えを弘め、人々に幸せを広げていく活動に、より一層、取り組むようになりました。

貴重な体験を与えてくださった神仏に心から感謝して、生涯をかけて、お返しの人生を歩んでいきたいと思っています。

書籍で学ぶ根本経典『正心法語』の霊的威力とは

『幸福の科学の基本教義とは何か』(大川隆法 著/幸福の科学出版)「3 根本経典『正心法語』の霊的威力とは」より抜粋したメッセージ

『正心法語』は、天上界から「光」を引いてくるための“武器”

お経というものは、『仏説・正心法語』のように、書かれたものだけを言うのかといえば、そうではありません。

まあ、今、私も、この説法を対話形式で行っていますが、お経そのものも、質問があって答えがあるようなかたちの対話を編纂したものなので、「仏陀の言魂が入っているかどうか」ということが非常に大きなところではあるわけです。

私は、今でも、日本語であれ、外国語であれ、ある程度の規模の講演会においては、やはり、大勢の人の心を揺さぶるような言魂を使って話をすることが多くあります。そうした言魂の部分が入らないと、お経としては力が出てこない面はあるのです。

『正心法語』は、今、CDにもなっているので、私もよく使っています。自分で吹き込んで、自分で使っているので、まことに不思議なことですが、このCDは非常に効果の高いものなのです。

もしかしたら、使っている人は、まだ十分に自覚していないかもしれませんが、これは、仏弟子に与えられた“武器”の一つです。悪霊・邪霊等から身を護り、「光」を天上界から引いてくるための“武器”なのです。

その言魂を聞き、また、自分でも読誦(どくじゅ)することによって、天上界に心の針を合わせ、そういう邪悪なるものと同通する心を自分のなかからなくしていくことができるからです。そういう意味では、この経文を読誦するなかにおいて、一種の結界が自分の周りに出来上がってくるところがあるわけですから、まことに不思議な経文ではあります。

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この記事は隔月発刊の機関誌「ザ・伝道」第108号より転載し、編集を加えたものです。

暗い家庭から逃げるように外で遊び回る

いまから20年ほど前のことです。

10代半ばの私は、よく深夜まで外で遊んでいました。友だちとロックバンドを組んだり、ゲームセンターで遊んだり、バイクで暴走族まがいのこともしていました。俗にいう不良少年でした。

自宅には、正直あまり帰りたくありませんでした。両親の仲が悪く、家庭のなかが暗かったからです。

私が小学生のころ、両親は大ゲンカしたことがあって、そこから2人は互いに口を利かなくなっていました。けれども、表面上は仲のよい夫婦を装っており、思春期の私の目には両親が建前や世間体のほうを大切にしているように映りました。

家のなかと外では違うんだ、と私はすごく醒めた気持ちで見ていたので、ことごとく親に反発していました。

悪霊を見る恐怖体験

そして高校1年の夏休み中、私は思いもよらないことに見舞われたのです。

例によって深夜に帰宅した私は、もう寝ようと思って眼鏡をはずしました。そのとき、ふっと視線を窓のほうに向けると、窓の外にボーッと何か見えます。近眼の私には見えるはずのないものでしたが、人の顔のようでした。

ちょっと異様な感じはしたものの、とにかく床に就きました。しばらくすると、急に体が固まったように動かなくなりました。いわゆる、“金縛り”でした。

それを契機に、私は四六時中、恐ろしいものが見えるようになったのです。人のような、鬼のようなものが、いきなり牙を剥いて襲いかかってきます。私は恐怖に震えました。それは夕方以降、周囲が暗くなると激しくなります。

幼いころ信心深い祖母から、仏神や天国地獄の話を聞いたことがありました。

そこで、もしかすると幽霊かもしれないと気付いたのです。

当時の私は、霊を見たくない一心で、そのころから家に帰らず、友だちの家を転々と泊まり歩くようになったのです。いまでこそ幸福の科学で、「霊的な悪影響から離れるには、まず悪霊を呼び込むような心のあり方を正すことが大切」と学んでいますが、あのころは霊現象への対処の方法が分からなかったため、とにかく恐くてしかたありませんでした。

霊が襲ってくることを分かってもらえない

私が家に帰らなくなったことを不審に思った両親に問い詰められました。

私は正直に、家のなかに幽霊がいて、自分に襲いかかってくることを話しました。しかし、信じてもらえません。そんなことあるわけないじゃない、と一蹴されてしまいます。

「ほらっ!いま隣で大きな音が聞こえただろう?」と言っても、「いや、何も聞こえないよ」と両親はまるで気が付かない様子。

私は必死になって自分の状況を何度も訴えました。しかし、あの世など信じていない両親に何度言っても、全く取り合ってくれません。それどころか、遊びたいからそんな嘘をつくんだろうと決めつけられてしまいました。

私は孤独でした。

唯一、気の休まるのは不良仲間といるときだけです。

どんどん生活は乱れ、ケンカは日常茶飯事。気持ちをまぎらそうと遊びに熱中するうち、ますます悪の道に入ってゆきました。そんななか高校のほうは出席日数が足りなくなり、結局、中退してしまいました。

霊能者のもとを訪れても精神世界の本を読んでも解決せず

「—Nには、悪いものが憑いてるのかもしれないよ」

私を案じた祖母は、人づてに聞いたという霊能者のところに何回か連れていってくれました。しかし効き目がなかったり、一瞬、よくなったかに見えても、しばらくすると元に戻ったりしました。

私自身も、何とか逃げ出したいと、精神世界の本を読んでみたりしました。ところが霊界の様子がいろいろ述べられていても、どうしたら悪霊から逃れられるかは、ついに分からないままでした。

地獄霊が見える原因がわかった

霊が見えるようになって3年が過ぎ、私が18歳になった冬のある日。

「Nちゃん、これ読んでみて。いい本よ」

私のことを心配してくれていた従姉妹が、大川隆法総裁『太陽の法』を貸してくれました。その本を何気なく読み始めたのですが、やがて全身に衝撃が走りました。

あの世と心が連動しているという教えは、これまで読んだ本とは全く違っていました。

地獄の霊が見えているのも、僕の心が地獄の方向に向いているからなのかと気付きはじめた私は、むさぼるように読んでいきました。

これで救われる!と感じました。

暗闇のなかで苦しんでいた私に一条の光が射してきたようで、涙がボロボロ流れます。

不良の道に入り、とても短気で、よく怒鳴ったり、ケンカしたりしていた自分がすぐに思い当たりました。

それまでは襲ってくる霊が悪いとか、理解してくれない親がいけないとか、恨む気持ちがありました。けれども、本当は自分の心のあり方が問題だとわかりました。

自分を変えていく努力を始めた

『太陽の法』は、それからも毎日ていねいに読み返し、内容を心に叩き込んでゆきました。

自分を正さないと悪霊は見えつづけるのだと肝に銘じ、何か言われて一瞬カッとしたときも、冷静になるよう自分に言い聞かせ、すぐに言い返さないようにしました。しばらく我慢すれば、怒りは自然と鎮まってゆくものだと分かりました。

悪霊を見たくない気持ちでせっぱつまっていた私は、一つひとつ行動に起こして、自分の心のあり方を確かめていきました。

実家の両親にも、『太陽の法』の感動を伝えずにはいられませんでした。でも全然相手にされず、ガックリきました。

ちゃんと生活を立て直さなければ話を聞いてくれないんだとわかり、反省した私は、実家に戻ることにしました。両親はそんな私に戸惑ったようでしたが、黙って迎えてくれました。

実家に戻った私がまず取り組んだのは、父や母への言葉遣いでした。ただ、言葉や表情、生活の仕方は意識して少しずつ変えていけても、問題は“心のなか”でした。波立つ心は、自分自身、なかなか思うようになりません。

心をおだやかにするにはどうしたらいいんだろうと思っていると、あるとき、大川隆法総裁の本に、こういう一節があるのを知りました。

「幸福にならんとする人は、まず、みずからの心のなかに、静かなる湖面のごとき、平らかで光り輝く水鏡を持っていなくてはなりません」『人生の王道を語る』第2章「平静心」

私は以前、友達と何度も遊びに行った近くの湖を思い出しました。

明け方ごろに見たその静かな湖は本当にきれいなものでした。

それからはイライラすると、「湖面のような心」という言葉を思い返し、あの湖の静かな湖面をイメージするようになりました。そのうちに、心が落ち着いた状態という感じがだんだん分かってきました。

自分が変わると、両親の様子にも変化が

1年が過ぎると、私はひんぱんに悪霊に攻撃されることがなくなってきました。

仏法真理への信頼が深まりました。

私は次第に道を踏みはずすようなところへは近づかなくなり、不良仲間とも自然に疎遠になってゆきました。そして大学入試資格検定の勉強に積極的に取り組むようになりました。その後、大検に無事合格することができたのです。

私が落ち着き始めると、「お前、なかなかいいこと言うじゃないか。なんか変わってきたな」と言って、父が私の話に耳を傾けてくれるようになりました。

やがて思いがけないことに、父も幸福の科学の本を熱心に読むようになったのです。父は、知人からも幸福の科学を勧められ、最初は半信半疑ながら読み出したようです。

もともと読書好きの父です。ほどなく過去の古今東西の聖賢からのメッセージである霊言集の多様さと内容の高度さに、夢中になりました。「人間として生きる道をきちんと教えてくれるな」と言って、家に仏法真理の本がみるみる増えていきます。

私はうれしくなり、父と感想を話し合ったりするようになりました。唯物論だった父も、目には見えないけれどもあの世の世界があり、人は死後に霊となってあの世で生きていることを信じるようになりました。

そして書店で購入できる幸福の科学の書籍を全部揃えた父は、地元の支部に通うようになり、私より先に入会してしまったのです。しばらくすると母も入会しました。

幸福の科学で活動するようになった両親の仲がどんどん良くなり、家庭の雰囲気が変わっていったのには驚きました。ほどなく自宅に御本尊を安置し、書籍やテープ、ビデオがズラッと並ぶようになったのです。

あるとき母が、「あなたが高校生のころ、苦しんでいたのに信じてあげられなくてごめんね」と言ってくれました。

やっと理解してもらえた嬉しさで胸がいっぱいになりました。

「お前も三帰しなさい」

今度は、両親からたびたび三帰誓願の勧めを受けました。けれども私は、以前は霊を全く信じてくれなかった両親が、先に入信してしまったことで、ちょっと意地になっていました。

悩みの種だった霊現象もはるかに少なくなっていたので入会しなくても、本を読むだけでいいと思ってもいました。

交通事故をきっかけに入会を決めた

ある日、私は不注意で交通事故を起こしてしまいました。

猛スピードで走っていた車。急カーブを曲がったところまでは覚えていますが、そこで記憶は途切れてしまいました。車のエンジン音でわれに返って目を開けると数センチ前に家の門柱が倒れてきていました。

朦朧(もうろう)とした意識のなか、交通事故を起こしたことがわかりました。

後になって知ったことですが、私はカーブで急ハンドルを切ったとたん、頭を強打して意識を失ったのです。車は制御不能となり、200メートル先の民家に飛び込んだのでした。

警察では「生きていることが信じられない」と驚かれました。普通は即死だそうです。

しかし実際の私は幸いにも、頭が切れて骨が見えている状態でしたが、3日間の入院と1カ月の自宅療養で済みました。

「きっと“助けて”もらったんだよ」とみんなが口々に言い、私も目に見えない存在に守ってもらったんだと思いました。その事故をきっかけに、私は入会を決意。初めて『太陽の法』を読んでから、7年が過ぎていました。

入会後は、支部活動や仏法真理の学びがとても新鮮に感じられました。「意地を張らずに、もっと早く入っていればよかった」というのが本音です。

自分が生まれてきた意味を知る

入信から半年ほど過ぎたころです。私は以前の事故の夢をみました。

それは、私が意識を失ってから民家に飛び込むまでの200メートルのシーンでした。意識を失った瞬間、私の身体がフワッと上方に持ちあげられています。

そのとき霊人が現れ、私に問いかけました。

「地上に降りたお前は、やらなければいけないことがいっぱいある。だけどこのままではとうてい駄目だ。お前のためにもならないから、このままあの世に還るか。それとも、もう一度やり直して、仏の役に立つか。どうだ、どっちなんだ?」ときびしく問い詰めてきます。

「僕は、地上に残って人々のお役に立ちます。仏のお役に立ちます」

そう叫んだとき、私の体はスーと地上に降りてゆきました—。

目覚めたとき、忘れていたとても大事なことを思い出したようでした。

今世、生まれてきたのは不良をするためでも、自分勝手に生きるためでもない。仏弟子として自分の命を燃焼させて生きるためだと、霊現象や事故で助けられたことの意味がようやく納得できました。

幸福の科学のさまざまな活動に参加して毎日が充実

それからは支部の青年の取りまとめ役として、いっそう活動に励みました。仕事との両立はたいへんなところもありましたが、毎日が充実していました。

昔の仲間にも伝道していき、そのなかで入会する人が出てきました。同じ信仰を持つことで、両親とも共通の話題ができ、会話が増えていきました。

その後、私は支部の青年部で知り合った女性と結婚して、いま2歳になる長男と共に幸せな家庭生活を送っています。

総本山・日光精舎研修を受けたとき、私は親の心に気づいて涙が止まりませんでした。

10代の頃、仲間と夜中まで遊んでいた私を、父と母は何度も迎えに来ました。当時、あまり仲がよくなかったはずの両親が手を取り合って、私の居場所を探してくれたのだと思います。

うちの親は世間体が大事だからだと思っていたのですが、私も経験を積み、自分が親になったいま、あれは両親の愛の強さだったんだとわかりました。

あの愛があったから、私は最終的に道を踏みはずさずに済んだと思います。何より、仏に出会えて、私の人生行路は幸福の方向に大きく舵を切ってゆきました。

「あれっ?そういえば、全然見てない」

あるとき、気づいて驚きました。入会後、私は悪霊を見ることが全くなくなっていたのです。悪霊におびえていた日からすっかり抜け出せ、いまでは普通の人と変わりません。

もし仏法真理と出会うことがなかったら、私はいまごろどうなっていたかと思います。

大川隆法総裁の生まれた今の時代に、同じく生まれることを許されたことに感謝して、これからも幸福の科学の学びに活動に、力の限り精進していこうと誓っています。

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8月2日には、東京ドームで大川総裁の講演会が開催(https://ryuho-okawa.org/tokyodome2017/)されます。この機会に、あなたも“運命が変わる奇跡”を実感されませんか。

(Aさん/女性/月刊「幸福の科学」第365号より転載・編集)

居酒屋の経営に悩む日々

「Aちゃん、居酒屋をやってみない?」4年ほど前、私は知人の勧めで小さな居酒屋を引き継ぎました。しかし、私が店主になり、メニューも変えたためか、以前のお得意様が離れてしまい、経営は赤字続きに・・・。

(今月も売上が減ってる。どうしよう)

何とか挽回(ばんかい)しようと、毎日、明け方まで新しいメニューの開発や店舗経営の勉強に取り組み、店が休みの日には、他の居酒屋に足を運んで研究を続けました。しかし、成果にはつながらず、客足は遠のくばかり・・・。
(何か“起死回生”の方法はないかな)
そんな折、ふと、十数年前に他界した祖母の言葉がよみがえってきました。

―このあいだ、幸福の科学の「経済繁栄祈願」を受けたら、仕事がじゃんじゃん来るようになったんよ。ありがたいねぇ―

祖母は生前、熱心な幸福の科学の信者で、私によく幸福の科学の教えや祈願の功徳を語ってくれました。そんな祖母に導かれて、私も幸福の科学に入信はしていたのです。
(そうだ、ばあちゃんが言ってた祈願を受けよう。もう、神様にお願いするしか・・・)

私は早速幸福の科学の支部に行き、「経済繁栄祈願」と「千客万来(せんきゃくばんらい)祈願」を受けました。
(どうか、うちの居酒屋が繁盛して、多くのお客さんに喜んでもらえますように―)

すると驚いたことに、本当に売上げが上向き始めたのです。毎月祈願を重ねつつ、経営改善の努力を続けていくと、2年後にはなんと、売り上げが当初の3倍にまで伸びました。
(ああ、ありがたい。幸福の科学の祈願って、本当にすごいんだ!)

私はますますやる気が高まり、睡眠時間を削ってまで仕事に励むようになりました。また、以前から交際していた今の夫と結婚し、仕事も家庭も、充実した毎日を過ごしていたのです。

突然の発作

人生を変えた映画 幸福の科学の映画で病気が治った!【体験談】

ある日、いつものように仕事を終えて、明け方ごろにベッドに横になったとき。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」 

突然、喉の奥に石が挟まっているような違和感を感じ、私は激しく咳き込みました。

(な、なにこれ!?息が苦し・・・)
溺れているような感じで、呼吸ができません。
「A、大丈夫か?」

隣で休んでいた夫が背中をさすってくれましたが、とてもしゃべれる状態ではありません。夫は私を車に乗せて、救急病院に運んでくれました。

「血中の酸素濃度がかなり低いですよ。これは、喘息ですね」
診察室で医師に告げられた病名は、重度の成人気管支喘息。仕事のストレスが原因ではないかと言われました。

「大人になってかかる喘息は、ほぼ治りません。無理をせず、気長につき合うつもりで治療していきましょう」
医師からは、仕事を休んで療養するように勧められましたが―。

(せっかくお店が繁盛しはじめたのに・・・)

結局私は居酒屋を続け、発作が起きるたびに薬を多めに服用したり、病院で点滴を打ってもらったりしていました。しかし、治療の効果は思わしくなく、心身ともにストレスがつのっていく一方です。

(つらいなぁ。やっぱり、病院の治療だけじゃダメなんだ)

そう思った私は、次の発作が起きたとき、思い切って夫に、幸福の科学の支部に連れて行って欲しいと頼みました。

「え、幸福の科学の支部⁉ なんで?」
「お願い。とにかく連れてって・・・」
私は、夫に支えられて幸福の科学の支部にたどり着き、「悪霊撃退祈願」を受けさせてもらいました。

すると、発作がスッとおさまり、呼吸ができるようになったのです。
「あれ? A、本当に治ったの?」
夫は、私の病状が急に回復した様子を目の当たりにして、とても驚いていました。

それからは、ひどい発作が起きると、夫は私を支部に運んでくれるようになり、祈願によって急場をしのいでいたのです。

病気の原因を見つめて

ところが、1年ほど経ったころ。
「Aさん、これ以上仕事を続けては命に関わります。自宅で療養してください」

医師から生命の危機を警告され、泣く泣く居酒屋を畳むことに―。
(はぁ、これからどうしようかな・・・)

心を切り替えようと、別の町に引っ越しましたが、閉店を惜しんでくれた常連さんたちの顔を思い出すたびに、後悔の思いが湧いてきます。気持ちが沈みがちなせいか、病状もなかなか回復せず、一進一退をくり返すばかり・・・。

(苦しいなぁ。どうしたらいいの)

私は、救いを求めるように大川隆法総裁の著書を手に取り、パラパラとめくりながら健康や癒しに関する箇所を拾い読みしていきました。

『心と体のほんとうの関係。』

「現代のようなストレス社会においては、心のコントロールが難しく、知らず知らずのうちに無理を重ねてしまい、精神的な疲労、恐怖心、取り越し苦労、心配など、さまざまな圧迫を受けて病気になることが多いのです」(大川隆法 著『心と体のほんとうの関係。より)

(ストレスが病気をつくる・・・?)

私は居酒屋の仕事が好きでしたが、お酒の入ったお客さんにつらく当たられたり、常連さん同士の難しい人間関係があったりと、実際はいろいろな葛藤のなかで、無理に笑顔を作っていることも多くありました。

また、常に経営の不安が心を離れず、毎日3時間ほどしか眠れていなかったのです。

「病人には、たいてい感謝の心がありません。不平不満や愚痴は出ますが、感謝の思いは出ないことが多いのです。したがって、病気になりたくなければ、いろいろな人に感謝をすることが大事です」(大川隆法 著『超・絶対健康法より』)

(確かに、いまの私は愚痴ばっかり・・・)

振り返ってみれば、毎日通ってくれたお客さんや、遠方から手伝いに来てくれた両親、つらいときに明るい言葉で励ましてくれた夫など、たくさんの人が支えてくれたからこそ、居酒屋の経営が成り立っていたのです。

(私はがむしゃらになっていて、みんなへの感謝を忘れていたのかもしれない・・・)

大川総裁の教えを学ぶと、自分を客観的に見直せるようになりました。そして、反省が深まるにつれ、「心の安らぎ」を感じるようになっていったのです。

(もっと、大川総裁の教えを学んでいこう)

私に臨んだ奇跡

人生を変えた映画 幸福の科学の映画で病気が治った!【体験談】

そんなある日、幸福の科学の支部長から電話がありました。仙台で大川総裁の講演会が開催されることを知らせてくれたのです。

(総裁に間近で会える! こんなチャンス二度とないかもしれない)

2016年5月24日の朝。私は車で講演会場に向かいました。しかし、運転中も咳が止まりません。

(大丈夫かなぁ。講演中に咳が止まらなくなったらどうしよう・・・)

会場についた私は、案内された席に座り、極力咳が出ないように、口元を大きなタオルで押さえて、開演を待ちました。その間も、喉が苦しく、ひっきりなしに咳が続きます。

(く、苦しい。でも、どうしてもお会いしたい・・・)

事前プログラムが終わり、美しい奉納曲が流れました。そして満場の拍手のなか、ついに大川総裁が、にこやかに手を振りながら登壇されたのです。

(“本物”の大川総裁だ・・・。やっとお会いできた・・・)

その日の演題は、「救いのメカニズム」。大川総裁は、日本の政治の正しいあり方や、人間として生きるべき道などを、力強く語られました。その一言一言が心に響き、私のほほをハラハラと暖かい涙が流れ落ちます。

(ああ、心が洗われていくみたい。なんだかすごく幸せだなぁ・・・)

大川総裁のお話を聞いている間、とても不思議な感覚に包まれました。私の周りに、目に見えない透明な“結界”が張り巡らされ、護られているような感じがしていたのです。

講演が終わり、大川総裁が演壇を去って行かれても、私は感動のあまり立ち上がることができませんでした。

「・・・あれっ?」
その時ふと、講演直前まで続いていた苦しい咳が、まったく出ていないことに気づきました。喉の詰まりが、嘘のように消え去っているのです。

(ウソ⁉ 喘息が治ってる・・・ )
帰りの車中でも咳は一切出ず、体がとてもポカポカして、晴れやかな気分でした。

家につくと、真っ先に夫に報告しました。
「すごいよ! 喘息治っちゃった!」
「あれ? A、咳が全然出てないよ・・・。本当に治ったんだね!」

(ああ、本当の奇跡だ。なんてありがたいんだろう・・・)
思いがけない奇跡をいただいたことを、夫と喜び合い、神仏に感謝しました。

多くの方に、“運命が変わる奇跡”を―

その日を境に、喘息の症状は消え、薬もまったく必要なくなりました。そこで、ひと月ほど経ってから、念のため診察を受けてみると・・・。

「Aさん、血中の酸素濃度が正常値になってますよ! 大人の喘息って、普通は治らないものなんですけどねぇ。何かあったんですか?」

普通ではありえない回復ぶりに、医師も目を丸くしていました。

私は、今回の体験を通して、何ものにも代えがたい「心の幸福」の大切さに気づくことができました。いま振り返ると、喘息にかかって居酒屋を廃業したことも、私が本当の幸福に気づくために、天が与えてくれた試練だったのかもしれないと思うのです。

現在は、夫も三帰誓願(※)をさせていただき、夫婦一緒に心の教えを学びながら、地域の方々に心の幸福をお伝えしています。

以前の私のように、病気や仕事の悩みなど、人生の苦難に直面している方に、大川総裁の教えに出合っていただきたい―。

今年の8月2日には、東京ドームで大川総裁の講演会が開催され、世界中の会場で放映されます。この機に、一人でも多くの方が〝運命が変わる奇跡〞を実感されることを願っています。


※仏・法・僧の三宝に帰依することを誓い、幸福の科学の信者になること

◆この記事は、月刊「幸福の科学」第365号(2017年7月号)に掲載された体験談をもとに編集しています

書籍で学ぶ医学の常識を超えた「奇跡の力」

『超・絶対健康法』(大川隆法 著/幸福の科学出版)より抜粋したメッセージ

現代に奇跡は起きるのか

『超・絶対健康法』(大川隆法著/幸福の科学出版)

病気が、基本的に、この世のルールを超えて治ることがないのは、人々が唯物的な教育を受けていて、そういう唯物的な認識を持っている人が大多数だからです。

「奇跡などというものは信じられない」という教育を受け、「奇跡によって病気が治ったりするようなことはない」という“常識”を持っている人が多数なので、その念波に押されて、奇跡が起きにくくなっているのです。

しかし、信仰する人がだんだん増えてくると、「信ずる力」が一定のパワーを持つようになり、その信仰者の団体のなかでは、ある種の霊界というか、異次元の世界が出来上がってきます。そうすると、三次元(この世)の常識では起きなかったようなことが起き始めるようになります。

三次元の常識に負けているうちは、奇跡は起きませんが、「三次元を超えたパワーのほうが当たり前である」という気持ちが強くなってくると、じわじわと、いろいろな奇跡が起きるようになります。(中略)

病気が治るかどうかは、「心の力」の使い方にかかっている

「信じる力によって病気が治る」ということは、それほど不思議なことではありません。
人々は、「病気を治す力」はなかなか持てませんが、「病気をつくる力」なら、ほとんどの人が持っています。

ガンを治す力は持てなくても、ガンをつくる力は、ほぼ全員が持っているのです。無理をしたり、不養生をしたり、ものすごく感情を乱して破壊的な生き方をしたりすれば、おそらくガンができるはずです。

「体のなかにガン細胞をつくり出す」ということは、本当は難しいことです。そういう悪い方向のことならできるのですが、「ガンをなくす」という、良い方向については、なかなかできないわけです。

これは、人々が、「自分の体が自分の想念によって形成される」という、念の力、心の形成力というものを知らず、想念の使い方を十分にマスターしていないことを意味します。
破壊的な想念のほうは、いくらでも出せるのですが、良いほうの想念、調和的で建設的な想念の使い方を、ほとんどの人は教わっていないために、病気を治せないでいるのが現状です。

病気をつくることができるのですから、病気を自分で治すことも、本来は可能なはずなのです。
まず、そのように考えることが病気を治す第一歩になります。

※この記事は、月刊「幸福の科学」第365号(2017年7月号)に掲載された体験談をもとに編集しています

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