Archive for the ‘奇跡体験’ Category

この記事は隔月発刊の機関誌「ザ・伝道」第108号より転載し、編集を加えたものです。

暗い家庭から逃げるように外で遊び回る

いまから20年ほど前のことです。

10代半ばの私は、よく深夜まで外で遊んでいました。友だちとロックバンドを組んだり、ゲームセンターで遊んだり、バイクで暴走族まがいのこともしていました。俗にいう不良少年でした。

自宅には、正直あまり帰りたくありませんでした。両親の仲が悪く、家庭のなかが暗かったからです。

私が小学生のころ、両親は大ゲンカしたことがあって、そこから2人は互いに口を利かなくなっていました。けれども、表面上は仲のよい夫婦を装っており、思春期の私の目には両親が建前や世間体のほうを大切にしているように映りました。

家のなかと外では違うんだ、と私はすごく醒めた気持ちで見ていたので、ことごとく親に反発していました。

悪霊を見る恐怖体験

そして高校1年の夏休み中、私は思いもよらないことに見舞われたのです。

例によって深夜に帰宅した私は、もう寝ようと思って眼鏡をはずしました。そのとき、ふっと視線を窓のほうに向けると、窓の外にボーッと何か見えます。近眼の私には見えるはずのないものでしたが、人の顔のようでした。

ちょっと異様な感じはしたものの、とにかく床に就きました。しばらくすると、急に体が固まったように動かなくなりました。いわゆる、“金縛り”でした。

それを契機に、私は四六時中、恐ろしいものが見えるようになったのです。人のような、鬼のようなものが、いきなり牙を剥いて襲いかかってきます。私は恐怖に震えました。それは夕方以降、周囲が暗くなると激しくなります。

幼いころ信心深い祖母から、仏神や天国地獄の話を聞いたことがありました。

そこで、もしかすると幽霊かもしれないと気付いたのです。

当時の私は、霊を見たくない一心で、そのころから家に帰らず、友だちの家を転々と泊まり歩くようになったのです。いまでこそ幸福の科学で、「霊的な悪影響から離れるには、まず悪霊を呼び込むような心のあり方を正すことが大切」と学んでいますが、あのころは霊現象への対処の方法が分からなかったため、とにかく恐くてしかたありませんでした。

霊が襲ってくることを分かってもらえない

私が家に帰らなくなったことを不審に思った両親に問い詰められました。

私は正直に、家のなかに幽霊がいて、自分に襲いかかってくることを話しました。しかし、信じてもらえません。そんなことあるわけないじゃない、と一蹴されてしまいます。

「ほらっ!いま隣で大きな音が聞こえただろう?」と言っても、「いや、何も聞こえないよ」と両親はまるで気が付かない様子。

私は必死になって自分の状況を何度も訴えました。しかし、あの世など信じていない両親に何度言っても、全く取り合ってくれません。それどころか、遊びたいからそんな嘘をつくんだろうと決めつけられてしまいました。

私は孤独でした。

唯一、気の休まるのは不良仲間といるときだけです。

どんどん生活は乱れ、ケンカは日常茶飯事。気持ちをまぎらそうと遊びに熱中するうち、ますます悪の道に入ってゆきました。そんななか高校のほうは出席日数が足りなくなり、結局、中退してしまいました。

霊能者のもとを訪れても精神世界の本を読んでも解決せず

「—Nには、悪いものが憑いてるのかもしれないよ」

私を案じた祖母は、人づてに聞いたという霊能者のところに何回か連れていってくれました。しかし効き目がなかったり、一瞬、よくなったかに見えても、しばらくすると元に戻ったりしました。

私自身も、何とか逃げ出したいと、精神世界の本を読んでみたりしました。ところが霊界の様子がいろいろ述べられていても、どうしたら悪霊から逃れられるかは、ついに分からないままでした。

地獄霊が見える原因がわかった

霊が見えるようになって3年が過ぎ、私が18歳になった冬のある日。

「Nちゃん、これ読んでみて。いい本よ」

私のことを心配してくれていた従姉妹が、大川隆法総裁『太陽の法』を貸してくれました。その本を何気なく読み始めたのですが、やがて全身に衝撃が走りました。

あの世と心が連動しているという教えは、これまで読んだ本とは全く違っていました。

地獄の霊が見えているのも、僕の心が地獄の方向に向いているからなのかと気付きはじめた私は、むさぼるように読んでいきました。

これで救われる!と感じました。

暗闇のなかで苦しんでいた私に一条の光が射してきたようで、涙がボロボロ流れます。

不良の道に入り、とても短気で、よく怒鳴ったり、ケンカしたりしていた自分がすぐに思い当たりました。

それまでは襲ってくる霊が悪いとか、理解してくれない親がいけないとか、恨む気持ちがありました。けれども、本当は自分の心のあり方が問題だとわかりました。

自分を変えていく努力を始めた

『太陽の法』は、それからも毎日ていねいに読み返し、内容を心に叩き込んでゆきました。

自分を正さないと悪霊は見えつづけるのだと肝に銘じ、何か言われて一瞬カッとしたときも、冷静になるよう自分に言い聞かせ、すぐに言い返さないようにしました。しばらく我慢すれば、怒りは自然と鎮まってゆくものだと分かりました。

悪霊を見たくない気持ちでせっぱつまっていた私は、一つひとつ行動に起こして、自分の心のあり方を確かめていきました。

実家の両親にも、『太陽の法』の感動を伝えずにはいられませんでした。でも全然相手にされず、ガックリきました。

ちゃんと生活を立て直さなければ話を聞いてくれないんだとわかり、反省した私は、実家に戻ることにしました。両親はそんな私に戸惑ったようでしたが、黙って迎えてくれました。

実家に戻った私がまず取り組んだのは、父や母への言葉遣いでした。ただ、言葉や表情、生活の仕方は意識して少しずつ変えていけても、問題は“心のなか”でした。波立つ心は、自分自身、なかなか思うようになりません。

心をおだやかにするにはどうしたらいいんだろうと思っていると、あるとき、大川隆法総裁の本に、こういう一節があるのを知りました。

「幸福にならんとする人は、まず、みずからの心のなかに、静かなる湖面のごとき、平らかで光り輝く水鏡を持っていなくてはなりません」『人生の王道を語る』第2章「平静心」

私は以前、友達と何度も遊びに行った近くの湖を思い出しました。

明け方ごろに見たその静かな湖は本当にきれいなものでした。

それからはイライラすると、「湖面のような心」という言葉を思い返し、あの湖の静かな湖面をイメージするようになりました。そのうちに、心が落ち着いた状態という感じがだんだん分かってきました。

自分が変わると、両親の様子にも変化が

1年が過ぎると、私はひんぱんに悪霊に攻撃されることがなくなってきました。

仏法真理への信頼が深まりました。

私は次第に道を踏みはずすようなところへは近づかなくなり、不良仲間とも自然に疎遠になってゆきました。そして大学入試資格検定の勉強に積極的に取り組むようになりました。その後、大検に無事合格することができたのです。

私が落ち着き始めると、「お前、なかなかいいこと言うじゃないか。なんか変わってきたな」と言って、父が私の話に耳を傾けてくれるようになりました。

やがて思いがけないことに、父も幸福の科学の本を熱心に読むようになったのです。父は、知人からも幸福の科学を勧められ、最初は半信半疑ながら読み出したようです。

もともと読書好きの父です。ほどなく過去の古今東西の聖賢からのメッセージである霊言集の多様さと内容の高度さに、夢中になりました。「人間として生きる道をきちんと教えてくれるな」と言って、家に仏法真理の本がみるみる増えていきます。

私はうれしくなり、父と感想を話し合ったりするようになりました。唯物論だった父も、目には見えないけれどもあの世の世界があり、人は死後に霊となってあの世で生きていることを信じるようになりました。

そして書店で購入できる幸福の科学の書籍を全部揃えた父は、地元の支部に通うようになり、私より先に入会してしまったのです。しばらくすると母も入会しました。

幸福の科学で活動するようになった両親の仲がどんどん良くなり、家庭の雰囲気が変わっていったのには驚きました。ほどなく自宅に御本尊を安置し、書籍やテープ、ビデオがズラッと並ぶようになったのです。

あるとき母が、「あなたが高校生のころ、苦しんでいたのに信じてあげられなくてごめんね」と言ってくれました。

やっと理解してもらえた嬉しさで胸がいっぱいになりました。

「お前も三帰しなさい」

今度は、両親からたびたび三帰誓願の勧めを受けました。けれども私は、以前は霊を全く信じてくれなかった両親が、先に入信してしまったことで、ちょっと意地になっていました。

悩みの種だった霊現象もはるかに少なくなっていたので入会しなくても、本を読むだけでいいと思ってもいました。

交通事故をきっかけに入会を決めた

ある日、私は不注意で交通事故を起こしてしまいました。

猛スピードで走っていた車。急カーブを曲がったところまでは覚えていますが、そこで記憶は途切れてしまいました。車のエンジン音でわれに返って目を開けると数センチ前に家の門柱が倒れてきていました。

朦朧(もうろう)とした意識のなか、交通事故を起こしたことがわかりました。

後になって知ったことですが、私はカーブで急ハンドルを切ったとたん、頭を強打して意識を失ったのです。車は制御不能となり、200メートル先の民家に飛び込んだのでした。

警察では「生きていることが信じられない」と驚かれました。普通は即死だそうです。

しかし実際の私は幸いにも、頭が切れて骨が見えている状態でしたが、3日間の入院と1カ月の自宅療養で済みました。

「きっと“助けて”もらったんだよ」とみんなが口々に言い、私も目に見えない存在に守ってもらったんだと思いました。その事故をきっかけに、私は入会を決意。初めて『太陽の法』を読んでから、7年が過ぎていました。

入会後は、支部活動や仏法真理の学びがとても新鮮に感じられました。「意地を張らずに、もっと早く入っていればよかった」というのが本音です。

自分が生まれてきた意味を知る

入信から半年ほど過ぎたころです。私は以前の事故の夢をみました。

それは、私が意識を失ってから民家に飛び込むまでの200メートルのシーンでした。意識を失った瞬間、私の身体がフワッと上方に持ちあげられています。

そのとき霊人が現れ、私に問いかけました。

「地上に降りたお前は、やらなければいけないことがいっぱいある。だけどこのままではとうてい駄目だ。お前のためにもならないから、このままあの世に還るか。それとも、もう一度やり直して、仏の役に立つか。どうだ、どっちなんだ?」ときびしく問い詰めてきます。

「僕は、地上に残って人々のお役に立ちます。仏のお役に立ちます」

そう叫んだとき、私の体はスーと地上に降りてゆきました—。

目覚めたとき、忘れていたとても大事なことを思い出したようでした。

今世、生まれてきたのは不良をするためでも、自分勝手に生きるためでもない。仏弟子として自分の命を燃焼させて生きるためだと、霊現象や事故で助けられたことの意味がようやく納得できました。

幸福の科学のさまざまな活動に参加して毎日が充実

それからは支部の青年の取りまとめ役として、いっそう活動に励みました。仕事との両立はたいへんなところもありましたが、毎日が充実していました。

昔の仲間にも伝道していき、そのなかで入会する人が出てきました。同じ信仰を持つことで、両親とも共通の話題ができ、会話が増えていきました。

その後、私は支部の青年部で知り合った女性と結婚して、いま2歳になる長男と共に幸せな家庭生活を送っています。

総本山・日光精舎研修を受けたとき、私は親の心に気づいて涙が止まりませんでした。

10代の頃、仲間と夜中まで遊んでいた私を、父と母は何度も迎えに来ました。当時、あまり仲がよくなかったはずの両親が手を取り合って、私の居場所を探してくれたのだと思います。

うちの親は世間体が大事だからだと思っていたのですが、私も経験を積み、自分が親になったいま、あれは両親の愛の強さだったんだとわかりました。

あの愛があったから、私は最終的に道を踏みはずさずに済んだと思います。何より、仏に出会えて、私の人生行路は幸福の方向に大きく舵を切ってゆきました。

「あれっ?そういえば、全然見てない」

あるとき、気づいて驚きました。入会後、私は悪霊を見ることが全くなくなっていたのです。悪霊におびえていた日からすっかり抜け出せ、いまでは普通の人と変わりません。

もし仏法真理と出会うことがなかったら、私はいまごろどうなっていたかと思います。

大川隆法総裁の生まれた今の時代に、同じく生まれることを許されたことに感謝して、これからも幸福の科学の学びに活動に、力の限り精進していこうと誓っています。

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(Aさん/女性/月刊「幸福の科学」第365号より転載・編集)

居酒屋の経営に悩む日々

「Aちゃん、居酒屋をやってみない?」4年ほど前、私は知人の勧めで小さな居酒屋を引き継ぎました。しかし、私が店主になり、メニューも変えたためか、以前のお得意様が離れてしまい、経営は赤字続きに・・・。

(今月も売上が減ってる。どうしよう)

何とか挽回(ばんかい)しようと、毎日、明け方まで新しいメニューの開発や店舗経営の勉強に取り組み、店が休みの日には、他の居酒屋に足を運んで研究を続けました。しかし、成果にはつながらず、客足は遠のくばかり・・・。
(何か“起死回生”の方法はないかな)
そんな折、ふと、十数年前に他界した祖母の言葉がよみがえってきました。

―このあいだ、幸福の科学の「経済繁栄祈願」を受けたら、仕事がじゃんじゃん来るようになったんよ。ありがたいねぇ―

祖母は生前、熱心な幸福の科学の信者で、私によく幸福の科学の教えや祈願の功徳を語ってくれました。そんな祖母に導かれて、私も幸福の科学に入信はしていたのです。
(そうだ、ばあちゃんが言ってた祈願を受けよう。もう、神様にお願いするしか・・・)

私は早速幸福の科学の支部に行き、「経済繁栄祈願」と「千客万来(せんきゃくばんらい)祈願」を受けました。
(どうか、うちの居酒屋が繁盛して、多くのお客さんに喜んでもらえますように―)

すると驚いたことに、本当に売上げが上向き始めたのです。毎月祈願を重ねつつ、経営改善の努力を続けていくと、2年後にはなんと、売り上げが当初の3倍にまで伸びました。
(ああ、ありがたい。幸福の科学の祈願って、本当にすごいんだ!)

私はますますやる気が高まり、睡眠時間を削ってまで仕事に励むようになりました。また、以前から交際していた今の夫と結婚し、仕事も家庭も、充実した毎日を過ごしていたのです。

突然の発作

人生を変えた映画 幸福の科学の映画で病気が治った!【体験談】

ある日、いつものように仕事を終えて、明け方ごろにベッドに横になったとき。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」 

突然、喉の奥に石が挟まっているような違和感を感じ、私は激しく咳き込みました。

(な、なにこれ!?息が苦し・・・)
溺れているような感じで、呼吸ができません。
「A、大丈夫か?」

隣で休んでいた夫が背中をさすってくれましたが、とてもしゃべれる状態ではありません。夫は私を車に乗せて、救急病院に運んでくれました。

「血中の酸素濃度がかなり低いですよ。これは、喘息ですね」
診察室で医師に告げられた病名は、重度の成人気管支喘息。仕事のストレスが原因ではないかと言われました。

「大人になってかかる喘息は、ほぼ治りません。無理をせず、気長につき合うつもりで治療していきましょう」
医師からは、仕事を休んで療養するように勧められましたが―。

(せっかくお店が繁盛しはじめたのに・・・)

結局私は居酒屋を続け、発作が起きるたびに薬を多めに服用したり、病院で点滴を打ってもらったりしていました。しかし、治療の効果は思わしくなく、心身ともにストレスがつのっていく一方です。

(つらいなぁ。やっぱり、病院の治療だけじゃダメなんだ)

そう思った私は、次の発作が起きたとき、思い切って夫に、幸福の科学の支部に連れて行って欲しいと頼みました。

「え、幸福の科学の支部⁉ なんで?」
「お願い。とにかく連れてって・・・」
私は、夫に支えられて幸福の科学の支部にたどり着き、「悪霊撃退祈願」を受けさせてもらいました。

すると、発作がスッとおさまり、呼吸ができるようになったのです。
「あれ? A、本当に治ったの?」
夫は、私の病状が急に回復した様子を目の当たりにして、とても驚いていました。

それからは、ひどい発作が起きると、夫は私を支部に運んでくれるようになり、祈願によって急場をしのいでいたのです。

病気の原因を見つめて

ところが、1年ほど経ったころ。
「Aさん、これ以上仕事を続けては命に関わります。自宅で療養してください」

医師から生命の危機を警告され、泣く泣く居酒屋を畳むことに―。
(はぁ、これからどうしようかな・・・)

心を切り替えようと、別の町に引っ越しましたが、閉店を惜しんでくれた常連さんたちの顔を思い出すたびに、後悔の思いが湧いてきます。気持ちが沈みがちなせいか、病状もなかなか回復せず、一進一退をくり返すばかり・・・。

(苦しいなぁ。どうしたらいいの)

私は、救いを求めるように大川隆法総裁の著書を手に取り、パラパラとめくりながら健康や癒しに関する箇所を拾い読みしていきました。

『心と体のほんとうの関係。』

「現代のようなストレス社会においては、心のコントロールが難しく、知らず知らずのうちに無理を重ねてしまい、精神的な疲労、恐怖心、取り越し苦労、心配など、さまざまな圧迫を受けて病気になることが多いのです」(大川隆法 著『心と体のほんとうの関係。より)

(ストレスが病気をつくる・・・?)

私は居酒屋の仕事が好きでしたが、お酒の入ったお客さんにつらく当たられたり、常連さん同士の難しい人間関係があったりと、実際はいろいろな葛藤のなかで、無理に笑顔を作っていることも多くありました。

また、常に経営の不安が心を離れず、毎日3時間ほどしか眠れていなかったのです。

「病人には、たいてい感謝の心がありません。不平不満や愚痴は出ますが、感謝の思いは出ないことが多いのです。したがって、病気になりたくなければ、いろいろな人に感謝をすることが大事です」(大川隆法 著『超・絶対健康法より』)

(確かに、いまの私は愚痴ばっかり・・・)

振り返ってみれば、毎日通ってくれたお客さんや、遠方から手伝いに来てくれた両親、つらいときに明るい言葉で励ましてくれた夫など、たくさんの人が支えてくれたからこそ、居酒屋の経営が成り立っていたのです。

(私はがむしゃらになっていて、みんなへの感謝を忘れていたのかもしれない・・・)

大川総裁の教えを学ぶと、自分を客観的に見直せるようになりました。そして、反省が深まるにつれ、「心の安らぎ」を感じるようになっていったのです。

(もっと、大川総裁の教えを学んでいこう)

私に臨んだ奇跡

人生を変えた映画 幸福の科学の映画で病気が治った!【体験談】

そんなある日、幸福の科学の支部長から電話がありました。仙台で大川総裁の講演会が開催されることを知らせてくれたのです。

(総裁に間近で会える! こんなチャンス二度とないかもしれない)

2016年5月24日の朝。私は車で講演会場に向かいました。しかし、運転中も咳が止まりません。

(大丈夫かなぁ。講演中に咳が止まらなくなったらどうしよう・・・)

会場についた私は、案内された席に座り、極力咳が出ないように、口元を大きなタオルで押さえて、開演を待ちました。その間も、喉が苦しく、ひっきりなしに咳が続きます。

(く、苦しい。でも、どうしてもお会いしたい・・・)

事前プログラムが終わり、美しい奉納曲が流れました。そして満場の拍手のなか、ついに大川総裁が、にこやかに手を振りながら登壇されたのです。

(“本物”の大川総裁だ・・・。やっとお会いできた・・・)

その日の演題は、「救いのメカニズム」。大川総裁は、日本の政治の正しいあり方や、人間として生きるべき道などを、力強く語られました。その一言一言が心に響き、私のほほをハラハラと暖かい涙が流れ落ちます。

(ああ、心が洗われていくみたい。なんだかすごく幸せだなぁ・・・)

大川総裁のお話を聞いている間、とても不思議な感覚に包まれました。私の周りに、目に見えない透明な“結界”が張り巡らされ、護られているような感じがしていたのです。

講演が終わり、大川総裁が演壇を去って行かれても、私は感動のあまり立ち上がることができませんでした。

「・・・あれっ?」
その時ふと、講演直前まで続いていた苦しい咳が、まったく出ていないことに気づきました。喉の詰まりが、嘘のように消え去っているのです。

(ウソ⁉ 喘息が治ってる・・・ )
帰りの車中でも咳は一切出ず、体がとてもポカポカして、晴れやかな気分でした。

家につくと、真っ先に夫に報告しました。
「すごいよ! 喘息治っちゃった!」
「あれ? A、咳が全然出てないよ・・・。本当に治ったんだね!」

(ああ、本当の奇跡だ。なんてありがたいんだろう・・・)
思いがけない奇跡をいただいたことを、夫と喜び合い、神仏に感謝しました。

多くの方に、“運命が変わる奇跡”を―

その日を境に、喘息の症状は消え、薬もまったく必要なくなりました。そこで、ひと月ほど経ってから、念のため診察を受けてみると・・・。

「Aさん、血中の酸素濃度が正常値になってますよ! 大人の喘息って、普通は治らないものなんですけどねぇ。何かあったんですか?」

普通ではありえない回復ぶりに、医師も目を丸くしていました。

私は、今回の体験を通して、何ものにも代えがたい「心の幸福」の大切さに気づくことができました。いま振り返ると、喘息にかかって居酒屋を廃業したことも、私が本当の幸福に気づくために、天が与えてくれた試練だったのかもしれないと思うのです。

現在は、夫も三帰誓願(※)をさせていただき、夫婦一緒に心の教えを学びながら、地域の方々に心の幸福をお伝えしています。

以前の私のように、病気や仕事の悩みなど、人生の苦難に直面している方に、大川総裁の教えに出合っていただきたい―。

今年の8月2日には、東京ドームで大川総裁の講演会が開催され、世界中の会場で放映されます。この機に、一人でも多くの方が〝運命が変わる奇跡〞を実感されることを願っています。


※仏・法・僧の三宝に帰依することを誓い、幸福の科学の信者になること

◆この記事は、月刊「幸福の科学」第365号(2017年7月号)に掲載された体験談をもとに編集しています

書籍で学ぶ医学の常識を超えた「奇跡の力」

『超・絶対健康法』(大川隆法 著/幸福の科学出版)より抜粋したメッセージ

現代に奇跡は起きるのか

『超・絶対健康法』(大川隆法著/幸福の科学出版)

病気が、基本的に、この世のルールを超えて治ることがないのは、人々が唯物的な教育を受けていて、そういう唯物的な認識を持っている人が大多数だからです。

「奇跡などというものは信じられない」という教育を受け、「奇跡によって病気が治ったりするようなことはない」という“常識”を持っている人が多数なので、その念波に押されて、奇跡が起きにくくなっているのです。

しかし、信仰する人がだんだん増えてくると、「信ずる力」が一定のパワーを持つようになり、その信仰者の団体のなかでは、ある種の霊界というか、異次元の世界が出来上がってきます。そうすると、三次元(この世)の常識では起きなかったようなことが起き始めるようになります。

三次元の常識に負けているうちは、奇跡は起きませんが、「三次元を超えたパワーのほうが当たり前である」という気持ちが強くなってくると、じわじわと、いろいろな奇跡が起きるようになります。(中略)

病気が治るかどうかは、「心の力」の使い方にかかっている

「信じる力によって病気が治る」ということは、それほど不思議なことではありません。
人々は、「病気を治す力」はなかなか持てませんが、「病気をつくる力」なら、ほとんどの人が持っています。

ガンを治す力は持てなくても、ガンをつくる力は、ほぼ全員が持っているのです。無理をしたり、不養生をしたり、ものすごく感情を乱して破壊的な生き方をしたりすれば、おそらくガンができるはずです。

「体のなかにガン細胞をつくり出す」ということは、本当は難しいことです。そういう悪い方向のことならできるのですが、「ガンをなくす」という、良い方向については、なかなかできないわけです。

これは、人々が、「自分の体が自分の想念によって形成される」という、念の力、心の形成力というものを知らず、想念の使い方を十分にマスターしていないことを意味します。
破壊的な想念のほうは、いくらでも出せるのですが、良いほうの想念、調和的で建設的な想念の使い方を、ほとんどの人は教わっていないために、病気を治せないでいるのが現状です。

病気をつくることができるのですから、病気を自分で治すことも、本来は可能なはずなのです。
まず、そのように考えることが病気を治す第一歩になります。

※この記事は、月刊「幸福の科学」第365号(2017年7月号)に掲載された体験談をもとに編集しています

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ラジオ番組「天使のモーニングコール」
大川隆法総裁 公開法話・霊言一覧
幸福の科学出版
幸福の科学の研修施設(精舎)
幸福の科学 機関誌 隔月刊「ザ・伝道」一覧

霊が視え、声が聴こえる苦しみから立ち直った

人生を変えた映画 幸福の科学の映画で病気が治った!【体験談】

もともと霊が視(み)える体質だったJさんは、離婚問題をきっかけに、心身ともに霊に苦しめられる状態に陥ってしまいました。お祓(はら)いをしてもラクになるのはその場限り。しかし、幸福の科学の仏法真理を学び、悪霊を呼び寄せていた「自分の心」を変えたことで、悪霊の影響から自由になることができたのです。

(Jさん/女性/月刊「幸福の科学」第225号より転載・編集)

体験談悪霊の憑依をはずした「感謝の心」

「死ね」というささやき

今から20年以上前のこと。私は離婚して、郷里の沖縄に帰ってきていました。離婚の原因は、夫の浮気です。

「捨てられた」という思いから、生きる気力をなくし、自分がその日ご飯を食べたかどうかさえ分からなくなるほど虚(うつ)ろな日々を送っていました。体は常に重く、頭痛は毎日のように襲ってきます。

さらには、耳元で「死ね」という不気味なささやきが聴こえてくるようになりました。もともと私は、高校生の頃から「霊」が時々視えていました。しかし、この時ばかりは、四六時中ほかの誰かに支配されているような七転八倒の苦しみを味わっていたのです。

募る不安を抱えながら病院に行きましたが、検査の結果は全くの異常なし。思い悩んだ末、沖縄の伝統的なユタ信仰の祈祷師のもとを訪れ、「うーとーとー(祈祷)」をしてもらうようになりました。

祈祷して邪霊をとってもらうと、確かに体は軽くなりますが、すぐに発狂しそうなほど苦しい状態に戻ってしまいます。なんとか自分で治せないものかと思いましたが、他に為(な)すすべもなく、しばらく祈祷に頼って生活する状態が続きました。

理解者が欲しい

霊に心身の状態を妨害される状態がひどくなってきてからは、孤独感がいっそう増し、誰かに理解して欲しいという思いが募りました。ある日、思い余った私は、幼い頃から、仲の良かった従姉妹を頼って、彼女の経営する花屋に駆け込みました。

「私は、霊の声が聞こえてしまうの。あなただけは信じてくれるよね?」
すると思いがけず、店にいたお客さんが「Sさんて人が幸福の科学やってるから、聞いてみたら」と声をかけてくれたのです。近くに住むSさんは同級生だったこともあり、あの方だったらと、早速Sさんのお宅を訪れ、これまでの苦しい胸の内を打ち明けました。

熱心に聞いてくれるSさんご夫妻のあふれるような優しさと愛にふれ、私の心は久しぶりに安らぎを取り戻していきました。その時、自分もこのご夫婦のようになりたいと、心から思ったのでした。ほどなくして、私は幸福の科学に入会し、信仰の道に入りました。

自分をコントロールできない

教えを学び始めてすぐ「波長同通の法則」(心の状態が似ている者同士は引き寄せ合うという法則)を知った私は、悪霊が憑いているのは、自分の心が原因だと分かり、ショックを受けました。

そこで、毎日の学びと反省を徹底し、悪霊を呼び込む暗い心と決別しようと決意したのです。ところが、いざ幸福の科学の書籍を開くと、とたんに猛烈な睡魔に襲われてしまいます。それでもようやく『太陽の法』を読んだ私は、素晴らしい心の教えがたくさん説かれていることにただごとではない感じを受けました。

もっと勉強したいという気持ちは湧いてくるものの、法話のCDを聴こうとスイッチを入れたとたん眠り込んでしまいます。大川総裁の講演を聴きに衛生中継会場へ行こうにも、体が重く、起き上がることすらできません。
どうしてこんなに自分をコントロールできないのかと、歯がゆさで、悔し涙に暮れました。

母の愛を求めていた自分

自分を立て直したい一心で大川総裁の書籍を読み込むうち、『太陽の法』の「愛の本質とは、まず、与えることなのです」という一節に、はっとしました。私は、愛が欲しくて仕方がなかったのです。そんな自分を変えたいと思い、深く自分の心を見つめてみました。そうするうちに、母との葛藤に思い至ったのです。

私は小さな頃から、母に愛されていないと感じていました。4人きょうだいのうち、他の3人にはいつも優しく接する母でしたが、私に対しては、愚痴や不満などを、まるで「ゴミ箱」のように次々と吐き出してくるのです。

また、常に優秀な兄と比べられ、「あんたは駄目な子だ」と言われ続けていました。自分でも知らず知らずの間に、「私は必要のない子だ」と思い、卑屈になっていたのです。

そうした劣等感を隠すかのように、人より先に意見を言うなど、いつしか自分の優秀性を誇示するような傾向が身についていました。自分を肯定してほしいという思いから、前夫に対しても自分の考えを押し付けてばかりいたのです。

母への感謝で悪霊が取れた

悪霊が自分に憑依している原因は、劣等感からくる奪う愛だったと分かり、私は母との葛藤を何とか解決しようと、総本山・正心館の「両親に対する反省と感謝」研修に参加しました。

自分と似た性格だった父親への感謝はたくさん出てくるものの、母親には憎しみの気持ちばかりが出てきてしまいます。研修後、私は母の良いところを探して、ノートに書いてみようと思いました。

次第に見えてきたのは、母が女手ひとつで4人きょうだいを育ててくれた姿でした。父の女性問題が原因で別居してからというもの、母は必死で働いて私たちきょうだいを養ってくれました。辛いこと、苦しいことがいっぱいあったに違いありません。

しかし、ある頃からスナックを始めた母を許すことができず、「そんな商売やめてよね」と、ずっと責め続けていた私。それでも母は、何も言わずにじっと耐えていました。

そして、経済的理由から高校には行かないという私に、「私があなたに残してあげられる財産は、教育しかないから」と苦しい家計をやり繰りして、高校を卒業させてくれたのです。そこまで思い返した時、私は気づいたのです。母が私に愚痴をこぼしていたのは、きょうだいの中でもしっかりしていた私を信頼してくれていたからだということに。

自分は、こんなにも愛されていたんだ――。ポロポロとこぼれ続ける涙に洗われ、心の中に、感謝の気持ちが満ちてくるのを感じました。すると、バリッという感覚と共に、体の重さや頭痛が嘘のように消えていったのです。

再出発

その後、憑依状態は完全に直ったわけではなく、半年間は自分との闘いでした。ふとしたことで悲観的になると、また体が重くなって頭痛が始まってしまいます。それでも経典を読み、反省をしていくと、しばらくして心が明るくなり、ポカポカしてきます。そしてバリッ、と悪霊が離れた感覚があり、また憑依されていたんだとガクッとくることもしばしばでした。

それでも、めげずにコツコツと仏法真理の勉強やお祈りを続けていきました。そんな日々の中で、大川総裁の書籍にあった「家庭ユートピア」という言葉が心に留まりました。一度は結婚に失敗した私ですが、再婚し、多くの方々に光を手向けられるような家庭を築きたい、と心から思ったのです。

その後、同じ信仰を持つ主人と出会い、再婚することができました。今は、主人や子供たちと「おはよう」「ありがとうね」などと、顔を合わせる度に笑顔で言葉を交わす、楽しい家庭を営んでいます。信仰に出会い、私は本当に強くなれたと思います。

それは、自らが仏の子であることを確信し、同じ仏の子である他の人々の幸福のために生きる人生に変わったからです。感謝に満ちた心こそ、悪霊憑依から立ち直る道――。この教訓を胸に、正しき心を探究しながら生きていくことの大切さを多くの方にお伝えしていきたいです。

書籍で学ぶ悪霊が寄ってきやすい原因

『神秘の法』(大川隆法 著/幸福の科学出版)より抜粋したメッセージ

『神秘の法』(大川隆法著/幸福の科学出版)

「暗い心」が地獄霊を引き寄せる

心は、はっきり言えば、電磁石のようなものです。みなさんは、その心から出ている波長、調べによって、霊界のいろいろなものと交流し、互いに影響を与え合っています。
それでは、主として、どういう心がいけないのでしょうか。それは、たとえば妬みの心です。人に対して妬む心です。それから、愚痴や不平不満を言う心です。また、人を罵り、罵倒したり、傷つけたりする悪い言葉が延々と出るような心です。あるいは、ひがむ心です。そして、被害妄想です。霊障になりやすい人には、基本的に、被害妄想の人が多いのです。「自分は、いつも、いじめられている。被害を受けている。損をしている」と思うわけです。
その被害妄想とセットになっているのは、「あの人が悪い」「周りが悪い」と、ほかの人のせいにする心です。とにかく、悪い現実について、自分の責任としないで、必ず、ほかの人などのせいにします。こういう、「自分には、一切、責任はないのだ」とする傾向が強い人のところには、やはり地獄霊が来やすいのです。
さらには、怒る心です。誰しも、たまには怒りも出るでしょうが、いつも怒ってばかりいる人は、だいたい地獄界と通じてきます。怒る癖がある人、理不尽な怒り方をする人のところには、地獄霊が来るでしょう。
 また、その逆に、自己意識、自己認識、自己評価が非常に低くて、「自分なんか、だめなのだ。ほんとうに人間のくずなのだ。もう、どうしようもないのだ。生まれてこないほうがよかったのだ」というようなことを言っている人にも、やはり地獄霊が寄ってきます。

※憑依について、詳しくはこちらの記事もお読みください。
どうすれば憑依霊を祓えますか?【霊的世界のほんとうの話】

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三途の川、照魔の鏡……本当にあった臨死体験

人生を変えた映画 幸福の科学の映画で病気が治った!【体験談】

トラックにはねられ、意識不明の重体に陥ったYさんは、幽体離脱により、三途の川や、自分の人生を映し出される“照魔の鏡”を経験します。何も知らずに経験したその臨死体験は、なんと幸福の科学で説かれる死後の世界そのものだったと言います。霊界の真実を描いた映画「永遠の法」の世界そのままの、死後の世界の体験談です。

(Yさん/女性/月刊「幸福の科学」第238号より転載・編集

体験談映画「永遠の法」は“実話”だった

トラックにはねられ、意識不明の重体に

天職-02

当時高校1年だった私は、いつものように自転車で通学路を走っていました。横断歩道を渡っていた時のことです。気がついた時には左からみるみるトラックが迫ってきていました。私は急いで右によけようとして――。
その後の記憶はありません。
あとで知ったのですが、私は自転車ごとはねられ、全身8箇所を複雑骨折。くも膜下出血と脳挫傷で、意識不明の重体に陥りました。救急隊が来た時には、瞳孔が開いてしまっていて、その場にいた誰もが「もうダメだ」と思ったそうです。
それから3週間。生死の境をさ迷った後、やっと意識がはっきりしてきました。気がつくと全身に激痛が走っていました。

蘇った事故の記憶

あの事故から歳月は流れ、社会人になったある日のこと。大川隆法総裁の本を読みながら、あの世に思いを馳せていると、不思議なことにあの事故の時の空白の記憶が蘇り始めたのです。さらに、映画「永遠の法」を観て、本当に驚きました。自分が体験した内容が、映画のシーンそっくりだったからです。事故に遭った高1当時の私は、死後の世界や魂について、はっきりとした知識はありませんでした。しかし、私が実体験したことは、大川総裁の説く仏法真理の通りだったのです。

私の手が母の肩の中に……幽体離脱

天職-02

病院でふと気がつくと、私は、ベッドに横たわる自分を天井から見下ろしていました。 自分の横で母がひざまづき、私の名前を呼んで泣き叫んでいるのが見えます。私は母のそばに下りていって「ここにいるよ」と言いながら、肩に手をかけました。しかし、私の手は母の肩の中にすっと入ってしまったのです。その上、母は私に全然気づきません。(あれ、私、透明人間になってるの?)と思いました。それに、(私、ここにいるのに、なんで下でも自分が寝てるんだろう)とも……。
そればかりではありません。事故直後、救急隊員の方から「大丈夫ですか!」と聞かれ、「はい、大丈夫です」と何度も言っているのに、聞こえていないようで、おかしな感じがしたのも思い出しました。

川底にお金や通帳が……三途の川

気がつくと、大きな川の岸辺にいました。「これが三途の川なんだ」となぜか分かりました。川の色は澄んだ淡いブルー。ザブン! と入ってみました。水かさはひざ位です。ところが、周りを見渡すと、首まで浸かりながら苦しそうに渡っている人もいました。
周りには10人ほどいたのですが、皆、中腰になって何かを拾おうとしていました。よく見ると、川底にはお金や通帳が……。その中で1人だけ、川面を片足で滑るように渡る人がいました。その人は全身が輝き、渡った後は光がキラキラと尾を引いていきます。「あんな風に渡れたら」とうらやましく思いました。

行き先は地獄! 照魔の鏡

天職-02

ふと気がつくと、鏡が置いてある静かな所にいました。映画「永遠の法」にあった“照魔シアター”のように、近代的な施設ではありませんでしたが、鏡の前に立つと、自分が誕生した時から高校1年生だったその時までに思ったことや行ったことが、洗いざらい映し出されていくのは同じです。映画「永遠の法」の中で、登場人物が病人の世話をしていて「なんだよ、こっちだって精一杯やってるのに……」と心の中でつぶやくシーンがありますが、あのように、私が友達のことを悪く思ったことや、両親にウソをついた時の心の動きなどが、再現フィルムのように映し出されていきました。私はどんどん青ざめていきました。
(恥ずかしい、このまま死んだら私の行き先は天国ではなく地獄だ――)
と、その時。前方が、まばゆく光っていることに気づきました。目を凝らしてよく見ると、黄金に輝く仏像です。なぜか私は、この方にお願いしなくては自分は死んでしまうと、とっさに思いました。「どうか、私を生き返らせてください」と、お願いしました。しかしその仏様は、穏やかな表情で目を瞑ったままです。

あの世で聞こえた、この世の祈り

「どうか、お願いです」
その時でした。遠くの方から、祈りのような声が聞こえてきたのです。それは、両親をはじめ、大勢の人が 私のために祈ってくださっている声でした。
「私が帰ることは、両親や皆さんの願いでもあるんだ。このまま死んだら絶対後悔する!」
後で聞いたのですが、私が意識不明の間中、両親が何度も祈願をし支部の皆さんも祈ってくださったそうです。「生き返らせてください、お願いです!」
私は仏様に土下座し、懇願しました。すると仏様は、ゆっくりと目を開かれました。そして、「分かりました」と仰り、「頑張ってきなさい」と言葉をかけてくださったのです。この後、意識がふーっとしたかと思うと、目が開き、とたんに体中が激痛に襲われました。あれが、幽体離脱していた魂が、この世に戻ってきた瞬間だったのだと思います。

死んだあと困らない生き方を

あの臨死体験から数年。その記憶は、幸福の科学の教えを学び始めた今、ますます鮮明になっています。映画「永遠の法」も友達と観に行き、感想を語り合いました。やはり、関心の的は三途の川の渡り方。執着があると川を渡れないのだと、つい熱く語っている自分がいます。自分自身、あの体験を思い出すことで、「ガラス張りの心で生きていこう」と原点に帰れるのです。人はいつかあの世に帰っていく存在。誰もが体験することだからこそ、この真実を出会う人に伝えていきたいです。

書籍で学ぶ死後の世界はごまかしの利かない世界

『正しい供養 まちがった供養』(大川隆法 著/幸福の科学出版)より抜粋したメッセージ

死後に下される判定は公平そのもの

『正しい供養 まちがった供養』(大川隆法著/幸福の科学出版)

あの世は、非常にフェア(公平)な世界です。この世では、フェアでないこともあります。実直に、正しく、一生懸命に生きたのに、この世では、それほど報われない人もいれば、うまいことをやって成功する人もいます。この世では、いろいろなケースがあろうと思いますが、あの世の世界というのは、かなりフェアに判定が出るのです。
神、仏の創った世界は、決して、人間の生き方を裏切るようなことはありません。この世で苦労したら、「損をした」と思うかもしれませんが、その苦労が、それなりに正しいものであれば、あの世で報われることになります。一方、この世で楽をして、「うまくいった」と思ったとしても、それが正当なものではない場合は、死後、あの世で必ず反省させられるようになるのです。

死後の世界は疑う余地なく存在する

こうした霊的人生観を受け入れて生きている人と、受け入れずに生きている人とでは、やはり人生に大きな差が出てきます。霊的人生観を持っている人にとっては、日々の仕事や生活が、学びの場になります。一方、「こんなものは信じられない」と思っている人にとっては、すべてが偶然の連続になります。「死後の世界など分からないから、考えても無駄だ」と思うのでしょうが、結局、あとで大きなつけが回ってくるのです。
このことについては、私自身の三十年近い経験から見て、「疑う余地はない」と述べておきたいと思います。

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